投稿日 2025/09/03

午後の紅茶。ライトユーザーとブランドのすれ違いを埋めるマーケティング

#マーケティング #ブランドイメージ #インターナルマーケティング

うちの商品、昔と比べて良くなっているのに、なかなかその良さが伝わらない…。

ヘビーユーザーは商品の最新事情を理解していても、大多数のライトユーザーや離反ユーザーは古いイメージのままというギャップ。このギャップを埋められれば、新たな市場が広がります。

キリンビバレッジの 「午後の紅茶」 は、このギャップを見抜き、顧客目線の価値訴求によって紅茶を夏の定番商品にもブランドイメージを拡張しました。

成功の裏には、顧客視点でのブランド再定義と社内外への丁寧な働きかけがありました。

午後の紅茶


キリンビバレッジの主力ブランド 「午後の紅茶」 。長年親しまれてきた紅茶飲料です。

2023年から取り組んでいる 「夏にアイスティーを飲む」 という新しい提案によって、2023年、2024年と2年連続で、販売数量5000万ケースを突破しました (参考情報) 。

特に午後の紅茶のラインナップ全体の中で売上の約6割を占める定番3品 (ストレートティー, レモンティー, ミルクティー) は、2024年の販売数量が前年比 103% と伸長しました。

もともと紅茶は 「冬向け」 「リラックスできる甘い飲み物」 というイメージが根強い飲料カテゴリーでした。この固定観念を覆すために、夏でもごくごく飲める紅茶の爽やかさを前面に押し出したのが功を奏した形です。

学べること


では、午後の紅茶の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

顧客層ごとのブランドイメージの乖離

自社商品の長年のファン、ヘビーユーザーは売上の多くをもたらしてくれる存在です。

ヘビーユーザーは、長く商品を使っている人ほど、商品の改良やパッケージの変更などのこれまでの商品の進化の経緯も理解してくれています。

午後の紅茶の場合がそうでした。キリンビバレッジがヘビーユーザーにインタビューをすると、「最近の午後の紅茶は甘さが抑えられていて、スッキリ飲める」 といった最新の商品特徴を把握しているお客さんがいたことがわかりました。

一方で、たまにしか買わないライトユーザー、あるいは以前はよく買っていたけれど今は離れてしまった離反ユーザーは、「一昔前のイメージ」 をそのまま持っていることがあります。午後の紅茶では、午後の紅茶は冬に飲むあったかい飲み物である、午後の紅茶は昔に飲んだときは甘かったいった印象が残っていました。

キリンビバレッジが顧客調査や消費者調査でわかったのは、夏に紅茶を飲むという発想がない消費者が売り手が思った以上に多いという事実でした。

見えてきたのは、実際の商品と、特にライトユーザーや離反ユーザーが持つ商品イメージへの認識とのギャップです。ヘビーユーザーが午後の紅茶に感じている 「サッパリ飲める紅茶」 という顧客価値が、ライトユーザーや離反ユーザーには届いていなかったわけです。

これらの層にとっては、今の最新商品の味わいや夏向けの飲み方などは、なかなか想像できません。ヘビーユーザーはブランドの変遷を知っている一方、ライトユーザーや離反ユーザーは以前のイメージのままというのが解決すべき問題でした。

このギャップをどうやって埋めるかが、午後の紅茶の夏向け施策の課題になったのです。

乖離を解決する施策

商品実態と消費者が抱く商品のイメージに乖離があるときに、大切なのはお客さんの立場になって、相手が受け取りやすいメッセージや商品づくりを徹底することです。

午後の紅茶では、従来の紅茶へのイメージを変える取り組みを行いました。

ひとつめは 「アイスティー」 という言語化です。

たとえ紅茶と同じ飲み物でも、「紅茶」 と言われると冬っぽいイメージを抱く人が多いという実態はキリンビバレッジは調査から見出したことでした。

紅茶のことを 「アイスティー」 と表現すると、夏の暑い日に冷えた紅茶をゴクゴク飲むイメージに変わりします。午後の紅茶をアイスティーとして前面に出すことで、夏にも飲める清涼感を伝えました。

併せて、午後の紅茶は商品のパッケージ変更やビジュアルの工夫も入れました。

それぞれ左が旧パッケージで右が新パッケージ。「午後の紅茶」 の表記を下げ、柔らかい色合いのデザインに変更 (出典: 日経クロストレンド
午後の紅茶が訴求した 「夏のアイスティー」 のビジュアルイメージ (出典: 日経クロストレンド

透明のカップやアイスキューブ入りの写真を使い、午後の紅茶は夏でも爽やかに楽しめるイメージを視覚的に強調。午後の紅茶はホットで冬に飲むというこれまでの固定観念をなくし、午後の紅茶は冷たい状態でおいしく飲めるという新鮮さを伝えたわけです。

顧客目線でのイメージ再構築

ここまでを振り返ってみると、午後の紅茶の成功要因は、顧客層ごとに自社商品やカテゴリーについて今どう思っているのかを徹底的にリサーチしたうえで、「夏のアイスティー」 というわかりやすい切り口を見つけ、商品開発とマーケティングを展開した点にあります。

こうした一連の取り組みに共通するのは、顧客目線でのイメージ再構築です。

過去の商品イメージをそのまま変わらず持ったままの人たち (ライトユーザーや離反ユーザー) に、商品の新しい特徴や楽しみ方を伝えるときは、既存の先入観を壊すほどわかりやすく丁寧に見せる必要があります。

午後の紅茶で言えば、これまでの 「ホットな冬の飲み物」 という午後の紅茶のイメージから 「ゴクゴク飲むさわやかな夏のアイスティー」 を新たに訴求し、夏場の暑い日にも午後の紅茶を消費者に手にとってもらうことが課題でした。

テキストだけの訴求では伝えきれないことも、視覚に訴えるイメージやキャッチコピーの工夫で一気に普及しやすくなります。午後の紅茶の 「夏のアイスティー」 という打ち出し方が効果を発揮したのは、言葉としても視覚的にもわかりやすく訴求し、多くの人に届きやすかったからこそでしょう。

キリンビバレッジは、午後の紅茶へのブランドイメージのギャップを、お客さんの立場になってお客さんに響くようなメッセージや商品にすることによって乗り越えました。

インターナルマーケティングの実践

もうひとつ、午後の紅茶の事例から学べるのは、社内への働きかけや協力体制の構築を進める 「インターナルマーケティング」 についてです。

キリンビバレッジは、午後の紅茶を夏向けに 「夏のアイスティー」 という位置づけで打ち出していく方針の社内説得のために、社内へのマーケティングを効果的に実践しました。

商品やブランドの方向性をこれまでと変えようとすると、当然ながら社内からも 「それは本当にうまくいくのか?」 と疑問の声が出ます。過去に一度チャレンジして失敗した経験があれば、なおさら乗り越えるハードルは高いでしょう。

そこでキリンビバレッジは、午後の紅茶のマーケティング担当者が地道に社内で説明を続けました。

具体的には、担当者たちは様々な社内会議に出向いて何度も方針や意図、具体的な施策内容を説明し、各販売エリアで午後の紅茶のアイスティーとしての体験会を行ったりしたとのことです。

販売エリアごとのアイスティーの試飲では、「実際にアイスティーとして飲んでみると、昔とは全然違う」 や 「案外すんなり受け入れられるかも」 という感覚を皆で共有していきました。最終的には営業担当者や小売店も、午後の紅茶を 「夏のアイスティー」 で押し出す訴求に協力して盛り上げてくれました。

こういった足並みをそろえるプロセスは、簡単なようで時間と労力がかかり難しいものです。しかし、社内のメンバーや取引先が 「これならいける」 と納得してくれれば、同じ方向を向いて動いてくれ効果を最大限に発揮できます。

商品企画やマーケティングのアイデアを成功させるには、お客さんへの外向きだけでなく、内向きにも社内や関係各社にもしっかり伝え、共感を得ることが大事です。インターナルマーケティング (社内向け) は、最終的に消費者や顧客へのエクスターナルマーケティング (顧客向け) を進めるうえでの強力な推進力になります。

たとえアイデアが斬新であっても、社内で理解やサポートを得られなければ、なかなかスムーズには実行に移せません。

午後の紅茶の 「夏でもアイスティーを楽しもう」 という提案が成功を収めた裏側には、こうした地道な社内外への説明・体験共有がしっかりと支えになっていたのです。

まとめ


今回は、キリン 「午後の紅茶」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客セグメント別の認識ギャップを把握する。ヘビーユーザーと離反やライトユーザーの間には商品の価値認識に差があるため、各セグメントが持つブランドイメージを詳細に調査し理解する

  • ロイヤル顧客やヘビーユーザーの価値実感を、ライト層にも届く形で翻訳し提案する。同じことでも、相手ごとの文脈に合わせて伝え方や切り口を変えることで響きやすくなる

  • 過去の印象をアップデートしてもらうためには、わかりやすく共感される演出が必要。顧客目線でブランドイメージを再構築する視点が欠かせない

  • インターナルマーケティングがエクスターナルマーケティングの成功を支える。何ごとも社内の理解と共感なしには成功しない。地道な説明や体験共有を通じて社内全体の協力体制を構築する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。