#マーケティング #商品開発 #横展開
業界で 「当たり前」 とされていることは、本当に最適な選択なのでしょうか?長年続いてきた常識こそ、その奥にはイノベーションの種が眠っているかもしれません。
野球用のスパイクシューズは、これまでずっと軽くて素足感覚のあるものが良いとされてきましたが、その当たり前に一石を投じたのが、ミズノでした。
異業種のトレンドを野球に持ち込むという発想はいかに生まれ、どう実現されたのでしょうか?
ミズノの事例には、異なる業界・業種の常識を新しいアイデアに変えるヒントがあります。
ミズノの野球用厚底スパイク 「CUSHIONREVO PRO」
ご紹介したいのはミズノの野球用スパイクシューズの 「CUSHIONREVO PRO (クッションレボプロ) 」 です。
特徴は、なんといってもその厚底にあります。従来の野球スパイクは、軽さと素足感覚が求められていましたが、 CUSHIONREVO PRO は、厚底によるクッション性を重視しています。
CUSHIONREVO PRO の開発は、2017年ごろに本格的に登場したナイキの厚底ランニングシューズから着想を得ています。
ナイキの厚底ランニングシューズは、足の負担を軽減したいというトップランナーのニーズに応え、マラソンランナーや駅伝ランナーに人気を集めました。ミズノは、この厚底ランニングシューズを野球に応用できないかと考え、厚底の野球シューズの開発に着手しました (参考情報) 。
開発は順調に進んだわけではありません。
クッション性と反発力の両立に苦戦し、プロ野球選手60人以上に試し履きをお願いしては 「反発が足りない」 「柔らかすぎて足がぐらつく」 、ときには 「全然ダメ」 といった指摘を受けました。しかし、ミズノはプロ野球選手との関係性を活かし、試行錯誤を繰り返すことにより CUSHIONREVO PRO を完成させました。
他のスポーツ分野からのヒント
では、CUSHIONREVO PRO という野球用の厚底スパイクが誕生した経緯から、その背景をさらに深掘りしていきます。
ランニング界を席巻した厚底シューズ
ランニング界では、2017年頃からナイキの厚底シューズが大きな話題を呼び、箱根駅伝の出場選手の大半が着用するほどの現象を起こしました。
厚底のランニングシューズは、厚めのミッドソール内部にカーボンプレートを仕込み、軽量かつ高い反発力を得る設計です。
他社もこぞって厚底・高反発型のランニングシューズを開発・発売し、今や市民ランナーにも広く普及しました。走行時の衝撃を緩和し、疲れを軽減してくれる厚底シューズは、マラソンやランニングのシーンではすっかり市民権を得た存在です。
野球用スパイクへの応用
ひろがえって野球の世界では、野球用のスパイクは 「軽い方が動きやすい」 や 「素足感覚が大事」 という考え方が長らくありました。しかしミズノは、ランニングシューズの厚底トレンドに着目し、野球用スパイクにも応用できるのではないかと考えたのです。
野球というスポーツも、走る、踏み込む、止まるといった動作の中で、選手たちの足には負担がかかります。特に硬いグラウンドや人工芝でのプレーは、膝や足首への衝撃を与え、疲労の蓄積や怪我の可能性を高める要因となっていました。
ランニング分野で証明された厚底シューズのパフォーマンス向上や疲労軽減は、野球にも通じるのではないか――。この疑問からミズノが着想を得て、実際に試作を重ね、トップレベルの選手たちにトライアルしてもらい誕生したのが CUSHIONREVO PRO なのです。
異業種の "当たり前" が、自社業界のイノベーションに
それでは最後のパートでは、ミズノの厚底スパイク CUSHIONREVO PRO から学べることを整理します。
厚底シューズはランニングでは当たり前だが、野球界では前例がなかった
ランニングシューズにおける厚底シューズは、今や当たり前のものとして広く浸透しています。
一方、こと野球スパイクにおいては軽量性や地面との一体感といった要素が重視されてきたことから、野球スパイクを厚底にするという発想はほとんど存在しませんでした。
ミズノは野球シューズの慣習や当たり前に気づき、疑い、試行錯誤を通じて常識を打ち破り、ランニングシューズの成功事例を野球界に持ち込みました。異業種の "当たり前" を自らの業界に応用することで生まれたイノベーションです。
異業種からの着想 + 自社のノウハウ
もちろん、ただ単にランニングシューズのデザインをそのまま野球スパイクに転用すればいいかというと、そう簡単ではありません。
野球特有の足の動き、例えば、走塁時の瞬発力、守備時の急なストップ、投球時の軸足の安定性といった要素を考慮する必要があります。
そこでミズノは、長年にわたり野球用品を開発してきた中で培ってきた独自の知見やノウハウ、そしてプロ野球選手との密な関係構築と連携によって得られたスパイクの試し履きの感想やフィードバックを活かしました。ランニングシューズの厚底の利点を活かしつつ、野球に必要な機能を両立させることに成功しました。
異業種からの着想に、自社が持つノウハウを組み合わせたわけです。
アイデアは 「異なるもの同士の組み合わせ」 から
ミズノの野球用の厚底スパイク CUSHIONREVO PRO の事例は、アイデアが 「異なるもの同士の組み合わせから生まれる」 ということをあらためて教えてくれます。
確かに同じシューズの部類ですが、スポーツとしては近くない存在であるランニングと野球という異なる世界のことをつなげ、ランニングシューズの厚底トレンドと、野球スパイクという自社製品を組み合わせることによって、ミズノは今までにはないシューズを生み出しました。
この事例は新しいビジネスやサービスを考える上でも示唆を与えてくれます。既存の枠にとらわれず、異なる分野の技術やトレンド、考え方をかけ合わせることで、新しいアイデアが生まれる可能性を秘めています。
異業種のヒントを得ながらも、自分たちの業界特有のノウハウや自社の事業能力 (ケイパビリティ) をフルに活かすことで、既存の常識を覆す画期的な製品を生み出す──。この組み合わせがイノベーションを起こす際のカギになります。
まとめ
今回は、ミズノの厚底の野球スパイク CUSHIONREVO PRO (クッションレボプロ) を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 他分野の常識を自分の業界に持ち込む。ランニング界で当たり前になった厚底シューズを、野球スパイクという異なる領域に応用し、今までになかった CUSHIONREVO PRO が生まれた
- 既存の常識を疑ってみる。業界の当たり前や慣習に疑問を持ち、本当にそれが最適なのかを問い直すことがアイデアの第一歩となる
- 異なる分野からヒントを得る。自分たちのいる業界とは異なる分野のトレンドや技術、成功事例に目を向け、応用できる視点を探す
- 異なる要素を組み合わせる。一見すると関連性の低いアイデアや技術を掛け合わせたり、自社の強みと新しい発想を融合させることにより、新しい価値や解決策が生まれる可能性がある
- 徹底的なユーザー視点を持つ。消費者や顧客の困りごとや潜在的な望みを叶えるという顧客目線を忘れない
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