投稿日 2025/09/28

キリン生茶から学ぶジョブ理論。リブランディングを成功させる 「状況」 と 「ジョブ」 への理解

#マーケティング #価値の再定義 #ジョブ理論

消費者は日々、どんな気持ちで商品やサービスを手に取っているのでしょうか?

価格や機能だけでは語りきれない選択の裏には、「その商品を通じて自分の状況を少しでも良くしたい」 という消費者の思いが隠れているかもしれません。

今回は、キリン生茶のリブランディング事例から、「ジョブ理論」 というレンズを通してマーケティングへの学びを掘り下げます。お客さんのジョブを理解し、本当に選ばれる存在になるためのヒントを、ぜひ一緒に見つけていきましょう。

キリン生茶


出典: AdverTimes

キリンの生茶が新しくなりました。

背景と課題

キリンビバレッジが展開する 「キリン生茶」 は、もともと無糖茶市場において他のお茶商品と同質化し、目立たず埋もれやすいという解決すべき問題を抱えていました。

消費者からすると緑茶はどれも同じというイメージがつきまとい、パッケージやブランドメッセージで差異化を図っても、機能的な違いだけではインパクトを与えにくい状態だったからです。

こうした状況を打破するためにキリンビバレッジは、お茶のことをこれまでとはまったく違う視点で捉えようとしました。

上質な 「持ち物」 として再定義

キリン生茶が新たにリブランディングで打ち出したのは、緑茶を喉を潤す飲料にとどまらず、上質なデザインをまとった 「持ち歩きたくなるアイテム」 に昇華させることでした。

具体的には、高級感を演出する洗練されたパッケージデザインや、手に取ったときに気分が上がるような色合いと形状としました。

興味深いのは、デザイン刷新で参考にしたのが 「洗剤」 や 「歯磨き粉」 のように、飲料とは異なるカテゴリーのデザイン性です。

洗剤や歯磨き粉のような日用品という生活感のある商品も、見せ方やコンセプト次第でファッション性やライフスタイル性を高めることができるという洞察を、お茶のカテゴリーに応用したわけです。

ジョブ理論


では、キリンの生茶から学べることを掘り下げていきましょう。

キリン生茶の事例を読み解くうえで、カギとなるマーケティング理論の 「ジョブ理論」 を使って見ていきます。

ジョブとは

ジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。

ジョブには 「人が置かれた状況をどう変えたいか・より良く進歩したいか」 という視点が含まれます。

商品・サービスはジョブを完了させる 「ワーカー」 

ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを終わらせるために 「雇うもの」 ととらえることにあります。お客さんが商品を働き手である 「ワーカー」 として雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、顧客の状況が進歩するという考え方です。

お客さんが商品を買って期待するのはプログレス (進歩) であって、商品そのものではありません。この認識が大事です。

ジョブが生じる 「状況」 の理解

ジョブを捉えるためには、ジョブがどのような 「状況」 で生じているかを理解することが大事です。状況という原因があってジョブという結果が表れるという因果関係の理解です。

お客さんが心から雇用したいと思い、そして繰り返し雇用したくなる働き手である 「ワーカー」 となるためには、お客さんの片づけるべき 「ジョブの文脈」 まで深く理解することが重要です。

ジョブ理論から見る 「生茶」 のリブランディング


ではここからは、ジョブ理論をベースに 「キリン生茶」 がどんなジョブを満たしたのかを詳しく見ていきましょう。

洗剤や歯磨き粉などから学んだ視点も含め、リブランディングが成功した理由を探っていきます。

洗剤や歯磨き粉に学んだ視点

キリンの生茶のリブランディングにおいて参考にされたのは、洗剤や歯磨き粉などの違う市場でした。

日用雑貨品なので使えればいいという認識となりやすいカテゴリーです。しかしキリンは、パッケージのデザインやブランドからのストーリーを洗練させることで、置いておきたくなる、見せたくなる、使うときに気分が上がるという新しい魅力を打ち出しせるはずだと捉えました (参考情報) 。

洗剤などの他にも、普段から身に着けているペンや文房具など、消費者が自分の個性を発揮できるアイテムにも注目したとのことです。

キリン生茶はこのトレンドから着想を得て、「ペットボトル飲料をおしゃれに持ち歩きたい」 や 「自分らしさを表現するアイテムがほしい」 という潜在的なジョブを見出しました。朝に購入して日中も手元にあるお茶のことを、ファッションアイテムやライフスタイルアイテムに近づけようという試みです。

 「状況」 と 「ジョブ」 への理解

無糖茶は一日に何度も買い直すというよりも、一本買ったらそのまましばらくは、場合によっては夕方まで持ち歩く人もいるでしょう。

一日中、同じボトルを持ち歩くという状況が消費者にはあり、この状況下では 「喉を潤すだけこと」 だけではなく、「一日の時間を良い気分で過ごしたい」 という上位レイヤーの望みが浮かび上がってきます。

ジョブは、大きく分けると機能的、感情的、社会的の3つの側面があります。キリン生茶を例に挙げると次のように整理できます。

  • 機能的ジョブ: 喉を潤したい、緑茶の味や香りを楽しみたい、身体に良い成分を摂取したい

  • 感情的ジョブ: きれいなデザインのボトルを持ち歩くことで気分を高めたい。どうせなら洗練された雰囲気を持つパッケージで、自分自身の価値観やスタイルに合ったアイテムを使いたい

  • 社会的ジョブ: 周囲からセンスが良い人だと思われたい。オシャレなペットボトルを持っていることで話題作りができ、コミュニケーションのきっかけにもしたい


これらの消費者のジョブを満たす 「ワーカー」 になることを目指したのが、キリン生茶のリブランディングのジョブ理論で見たときの本質です。

デザインとブランディングを 「ジョブ完了」 のために最適化

そこでキリンは、デザイン性の高いボトルや洗練されたロゴを用いて、所有欲や心地よさを追求しました。

自分のセンスを映すアクセサリーのようなものを持ちたいという心理に応えるワーカーとして、新生キリン生茶を "雇ってもらう" という構図をつくったわけです。

キリン生茶の新しいペットボトルのパッケージは、ラベルの透明感や配色の美しさが際立ちます。以前よりも上品な印象を与え、デスクの上やカバンのサイドポケットに収まっていても見せたくなるという気持ちになります。

お茶を飲んで喉を潤すというだけではなく、持って歩いたり置いてあることで持っている自分をポジティブに演出してくれ、感情的なジョブや社会的なジョブを完了させるためのブランディングです。

ジョブを活用するマーケティング


キリン生茶の事例から、ジョブ理論をマーケティングに活かすための重要なポイントが見えてきます。

注力顧客の状況を把握する

消費者や顧客がどのような状況に置かれ、どのような課題や欲求を抱えているのかを、表面的なニーズだけでなく背景にある文脈まで深く理解することが重要です。

朝の通勤途中なのか、オフィスでの作業中なのか、友人との集まりなのかなど、状況が異なればジョブも変わってきます。

ジョブを多面的に捉える

お客さんが商品に期待するジョブは、機能面だけとは限りません。感情的、社会的なジョブにもしっかり目を向けることで、新たな付加価値を見出せます。

多角的な視点から 「ジョブ」 を捉えることが、顧客の心に響くマーケティングにつながります。

顧客の進歩 (プログレス) を重視する

お客さんが最終的に求めているのは商品そのものではありません。商品を保有したり使うことにより得られる進歩です。

仮に商品自体が同じであっても、使う状況、得られる体験が異なれば、まったく違う顧客価値が生まれます。自社の商品が、注力顧客のどういう状況やシーンにおいて、どんな進歩をもたらすのかを考え抜くことが大事です。

固定観念からの脱却し柔軟に対応する

消費者や企業を取り巻く環境は常に変化します。しかし、自社商品・サービスはこうあるべき、これまではこのやり方で成功してきたといった固定観念にとらわれてしまうと、顧客ニーズとのギャップができてしまいます。

固定観念に縛られず、常に顧客のジョブを起点に考えれば、新しい切り口やアイデアが生まれます。ジョブは顧客のライフスタイルやビジネスアプローチ、市場環境の変化とともに変わっていくので、そうした変化に柔軟に対応できる企業こそ、長期的に選ばれ続ける存在となるはずです。

顧客の状況とそれに伴うジョブの変化を捉え、提供する価値を柔軟に進化させていくことが長期的なブランドの成長に貢献できます。

まとめ


今回は、キリンの生茶の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ジョブとは 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 。消費者や顧客が置かれた状況において達成したい目的や解決したい問題を指す。ジョブは機能的・感情的・社会的の3つの側面から構成される

  • 商品やサービスはジョブを完了させるために 「雇われる働き手 (ワーカー) 」 と捉える。人は商品そのものではなく、ワーカーがもたらす進歩を求めている

  • ジョブが生じる 「状況」 まで理解することが重要。状況という要因がジョブという結果を生み出す。同じ商品でも使用状況などの顧客文脈によって発生するジョブは異なる

  • ジョブの変化に応じて商品やメッセージも進化させる。消費者のライフスタイルや企業のビジネス環境、人の価値観は変わり続ける。消費者や顧客のジョブを起点に考えることで、業界の常識や自社の固定観念にとらわれない新しい価値提案が可能になる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。