#マーケティング #KPI #ブランディング
設定している KPI は、本当にビジネスの成功につながっているでしょうか?
陥りやすいは 「測定しやすい指標」 を追いかけるあまり、本当に見るべき指標を見失い、成果とのつながりを可視化できないことです。
今回はエアコンメーカーであるダイキンの事例から、KPI 設計への教訓を紐解きます。
ダイキンの KPI 設定
エアコン大手のダイキンは、買い替えサイクルが 10 年以上にもおよぶ耐久消費財を扱っています。
長い買い替えサイクル商品カテゴリーの難しさ
例えばエアコンは買い替えまでの期間が約13年と言われます。消費者はエアコン購入した後は、おおよそ10年前後は自宅のエアコンについては日常的に使うだけで、それ以上のことを考えることはほぼないでしょう。
しかし、エアコンが急に故障した瞬間に状況は一変します。突如として購入意向が高まり、7日間以内に購入する商品まで一気に決まるわけです。エアコンは、10年前後の超低関心状態から、需要発生とともに超高関心へと消費者が変貌する特徴を持つ商材です。
マーケティングの観点でこれを捉えると、エアコンのように消費者の購入サイクルが長い製品カテゴリーでは、販売促進の施策と実際の売上との因果関係を直接結びつけるのが容易ではないということです。
KPI 設定への問題意識
かつてダイキンは、デジタルマーケティングの指標としてクリック率 (Click Through Rate: CTR) などを重視した時期がありました (参考情報) 。
デジタルマーケティングでは、良くも悪くも数字がよく見えるものです。改善の施策の成果も見えやすいため、社内での説明にも使いやすい反面、CTR などのデジタル広告の指標を KPI に据えたことは失敗のひとつだったとダイキンのマーケティング担当者は言います。
表示された広告へのクリック率が上がったとしても、10年後のエアコンが突然に故障したときに、必ずしも消費者が自社ブランドを選ぶ確率が高まるわけではないという見解です。
また、CTR などを追うべき指標 (KPI) にすると、その数値を高めることが目的化してしまい、結果的に高い広告費を払って、ブランドイメージを毀損し続けてしまっていたということになりかねないという危惧もありました。
想起率を軸にしたピラミッド KPI
そこでダイキンは方針を変えました。
一見するとわかりやすい指標となる CTR を追うというやり方ではなく、想起率というブランドをいかに思い出してもらえるかを重要指標として設計を組み直しました。
想起率を5つに分類して KPI として管理するというアプローチです。
- 助成想起: エアコンのメーカーと聞いて思い浮かぶブランドという単純想起
- コーポレートメッセージ認知: ダイキンの会社からのメッセージそのものの認知度
- リンケージ認知: コーポレートメッセージがダイキンのものであると認知しているか
- 納得度: ダイキンが空気で答えを出す会社であるということに納得できるかどうか
- 好意度: ダイキンのことが好きかどうか
ダイキンは消費者のこれらの想起の状態を数字で取得し、ダイキンのブランドと消費者の関係性を5つの階層に振り分けるとのことです。
ピラミッドのようなイメージで、最下層 (5階層) は 「未認知」 、その上の4階層は単にブランド名を認知しているという 「単純認知」 です。3階層は 「嫌いではない」 、2階層はブランドに対して好印象を抱いている 「何となく好き」 、そして1階層は次回購買を 「約束」 した状態とします。
ブランド認知だけでなく、ダイキンは空気の専門メーカーであるという一歩進んだ認知を持つ人はよりブランドに対して信頼が増し、次回の購買でダイキンを選択する可能性が高まるという考え方です。
一番上位の 「約束」 に近づけていくために、助成想起だけではなく納得度や好意度といった指標についても、KPIとして管理しています。
KPI 設計に学べること
では、ダイキンの事例から学べることを掘り下げていきましょう。
ダイキンの取り組みからは、KPI 設計に学びがあります。KPI での陥りがちな落とし穴や、成果を得るためのポイントが見えてきます。
取得しやすい数字を 「追うべき指標」 としてしまうことの弊害
デジタルマーケティングでは、広告のクリック率 (CTR) やランディングページ (広告をクリックした後に遷移する誘導先のウェブページ) の滞在時間が KPI としてよく使われます。
CTR などの指標は広告配信のプラットフォームや広告会社が持つノウハウで、数字を改善することができたりします。
やろうと思えば、画面をスクロールしても広告が追従してくるような仕組みを入れ、サイト訪問者やアプリ利用者の操作を阻害してまで無理やりクリックを誘発するという方法です。これで CTR は見かけ上は数字が上がります。
ここまで露骨ではないにしても、CTR を上げても、実際に商品を買ってもらえるかどうかはわからないというのが実態です。ユーザー体験を損ない、広告に対してネガティブ印象を与えてしまうなら、ブランドイメージを傷つけてしまいます。
ダイキンがかつては CTR を重視したものの、ブランドの選択率向上にはつながらなかったと振り返るのは、まさにここです。CTR などの数値が伸びていると社内で報告しやすくはなる一方、売上やブランド好感度には結びつかないどころか逆効果になることもあるという問題意識からです。
教訓として得られるのは、取得しやすい数字だからと言う理由だけで、追うべき指標としてはいけないということです。
数字を伸ばすための施策と、顧客のブランド選好を高める施策は同じとは限りません。クリックを目標に置きすぎると、ともするとユーザーが不快感を招く広告体験になりかねません。社内説明に使いやすい指標ほど危険な場合があるので注意が必要です。
ゴールから逆算して KPI を設計する
ダイキンの場合、エアコンのような耐久消費財は、消費者の買い替え周期が 10 年を超えます。故障やリフォームなどで買い替えたいと思い立ったときに、わずか数日から一週間ほどで購入を決めてしまうという消費行動が特徴です。
この消費構造を踏まえると、消費者がいざ買おうと思ったときに、自社ブランドが第一想起されるかどうかが勝負です。ここに注目したダイキンは想起率を重要指標とし、想起を軸にブランドメッセージの納得度、好きの度合いなど複数の要素にして測定しています。
なぜダイキンがここまで細かく調べるかというと、ブランドのことを知っている状態から、自社やプランドへの良いイメージを持ってもらえ、好きに至り、次回購入の可能性が高まるまでに複数の階段があるからです。
単純にブランド名を知っているだけでは、いざ購入のときに選んでもらえる確率は高まるとは限りません。コーポレートメッセージとブランドが結び付き、さらに好意度が高い状態になって初めて 「次はダイキンを買ってみよう」 と思ってもらえるわけです。
そこで、マーケティングのゴール、今回のダイキンの場合は 「次回購入時に最有力候補になること」 を明確にし、そこから逆算し、消費者がどの段階を経て最終意思決定に至るのかを理解することが大事です。
その上で、段階ごとに追うべき指標を設け、態度変容や行動変容につなげる施策を打ちます。
短期と長期の視点
エアコンのような購入サイクルの長い商品・サービスでは、短期的に実施するキャンペーンの効果を直ちに売上に反映させるのは簡単ではありません。
そのため、目先の数字を追いかけるだけでなく、消費者の買い替えニーズが高まったときに想起してもらえるといった長期視点でブランド価値を積み上げることが重要です。
ダイキンの事例では、「空調に強い空気の専門メーカー」 といったコーポレートメッセージを発信してきました。認知を醸成してきたからこそ、コロナ禍で需要が高まったときに 「換気といえばダイキン」 という想起で売上増につなげることができたのでしょう。もしそれまでの蓄積がなければ、いくら一時的に広告を出しても、ここまでの効果は得られなかったはずです。
耐久消費財や BtoB (法人向けビジネス) など、商品・サービス購入への長い検討期間を伴う事業領域では、長期的な関係構築が大切です。短期成果にとらわれぎると、ニーズが顕在化した顧客にばかり目が向き、将来的な潜在顧客との接点が軽視されがちになります。
いざ検討や購入意向が高まったときには、長期にわたるブランドからは働きかけ (ブランドイメージ構築へのブランディング) の積み重ねが自社が選ばれるカギを握ります。
まとめ
今回は、ダイキンの KPI 設定の事例から、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 「測りやすい指標」 と 「本当に成果につながる指標」 は異なる。数値が取りやすいからといって、それが追うべき KPI とは限らない
- 取得しやすい数値ではなく、本当の事業目標 (顧客獲得や長期的関係構築など) に直結する指標を選ぶ
- ゴールから逆算して設計する。最終的な成果から逆算し、「誰に・どの段階で・どう変化してもらいたいか」 から指標を設定する
- 短期と長期のバランスを取る。即時的な成果指標だけでなく、長期的な指標 (ブランド価値構築など) も組み合わせる
- 顧客視点を中心に据える。企業側の都合ではなく、顧客の購買行動や心理変化に沿った指標を設計する
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