#マーケティング #カテゴリーエントリーポイント #ブランドエントリーポイント
自社の商品やサービスは、お客さんに思い出してもらえているでしょうか?
企業が直面する問題は 「良い商品なのに選ばれない」 という現実です。
消費者やお客さんから選ばれるためには、2つの重要な 「入口」 があります。それが 「カテゴリーエントリーポイント」 と 「ブランドエントリーポイント」 です。
消費者が 「これが必要だ」 と思う2つの瞬間を捉え、その時に真っ先に思い浮かべてもらえるブランドになることが大事です。この文脈で、三井住友海上火災保険の事例をケーススタディに、普段意識されにくい商品カテゴリーでも売上を伸ばす方法を紐解きます。
三井住友海上火災保険の課題感
商品やサービスの特性として、多くの人にとって、普段はあまり考えないカテゴリーがあります。何か特別なきっかけがない限り、そのカテゴリーの商品やサービスのことを積極的に調べたり、比較検討したりする対象にはなりにくいものです。
そうしたカテゴリーのひとつが保険サービスです。保険という商品カテゴリーは、消費者が真剣に考えたり、すぐに必要性を感じないなど、なかなか興味関心を惹きにくい特徴があります。
こうした 「自分ごと化されにくい」 「思い出してもらいにくい」 という保険サービスのカテゴリーの市場特性に対し、消費者が自社ブランドを 「思い出すきっかけ (想起) 」 を戦略的につくり出そうと取り組んだのが、三井住友海上火災保険です。
カテゴリーエントリーポイント
では、三井住友海上火災保険の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
今回の話は 「カテゴリーエントリーポイント (Category Entry Points (CEPs) 」 を起点に、どのようにブランドが想起され、そして自社ブランドが消費者やお客さんから選ばれるのかへの示唆が得られる事例です。
カテゴリーエントリーポイントとは
カテゴリーエントリーポイントは、消費者や企業が特定の商品カテゴリー (今回の事例では自動車保険や火災保険など) について、何かのきっかけで 「必要かも」 「サービスの乗り換えを考えてもいいかもしれない」 と思う特定の瞬間や状況のことを指します。
エントリーという文字通り、カテゴリーへの "入口" が開く瞬間です。
普段意識していない商品カテゴリーでも、カテゴリーエントリーポイントを的確に捉え、効果的なコミュニケーションを行うことで、生活者の意識に 「フック」 をかけることができるようになります。
三井住友海上火災保険が見出したカテゴリーエントリーポイント
保険の場合、そもそも生活の中で意識しづらい商品ジャンルです。であるがゆえに、どんな時に保険が必要だと思うかを見極め、その瞬間ごとにアプローチしていくのがポイントです。
三井住友海上火災保険が直面していたのは、保険への必要性を感じるシーンが限られているという難題でした。自動車保険や火災保険は、事故や火事が起こるのは現実的にはイメージできず、積極的に関心が向けられたり検討されることが限られます。
そこで三井住友海上保険は、保険は自分ごと化されにくいからこそ、思い出される瞬間の設計が重要であると考え、カテゴリーエントリーポイントの特定に注力しました (参考情報) 。
まず、80人の顧客を対象にカスタマージャーニーを詳細に調べマップ化しました。どんなライフイベントや見聞きするニュース、身近な出来事が保険を思い出したり必要だと強く感じる瞬間につながるのか――。丹念に洗い出し、部内のワークショップで仮説を立てたのです。
具体例として挙がった保険のことが想起されるシーンは、「運転免許を返納する親の話を聞いたとき」 「近所での火事のニュースを聞いたとき」 「子どもが自転車に乗り始めたとき」 などでした。
三井住友海上保険はこうしたリアルな消費者の生活シーンや場面を拾い上げ、合計20個以上のカテゴリーエントリーポイントを抽出しました。カテゴリーエントリーポイントへの仮説をもとに、競合他社との比較やブランド想起率を定量調査し、有効性が高いと思われるポイントを優先的に検討していったのです。
ブランドエントリーポイント
カテゴリーエントリーポイントにおいて、消費者は 「保険についてちゃんと考えなければ」 とカテゴリー自体を思い出すきっかけを得ます。ただし、それだけでは自社の商品が選ばれるとは限りません。
カテゴリーを想起した後、消費者の頭の中では 「じゃあ、どこの保険会社 (ブランド) にしようか?」 という次の選択への思考段階に移ります。これが 「ブランドエントリーポイント」 です。
カテゴリー想起の後にあるブランドの想起
マーケティングには 「想起集合 (Evoked Set) 」 という概念があります。
想起集合とは、特定のカテゴリーについて何かを思い立った時に、比較検討の候補として自然に頭に浮かぶ好意的なブランドのリストのことです。
多くのカテゴリーにおいて、この想起集合に含まれるブランド数は、多くてもせいぜい 2 ~ 3 つ程度と言われています。
わずか 2 ~ 3 個が意味するのは、カテゴリーエントリーポイントという入口をくぐった後に、次にブランドレベルで思い浮かべてもらう段階で自社ブランドが選択候補リストに入れなければ、その後のブランド間の比較検討の土俵にすら上がれないということです。
カテゴリーエントリーポイントとブランドエントリーポイントの関係
カテゴリーエントリーポイントとブランドエントリーポイント (ブランド想起) の2つは密接に関連します。
カテゴリーエントリーポイントは消費者や企業が特定のカテゴリーを思い出す状況や瞬間です。
ブランドエントリーポイントは、カテゴリーエントリーポイントの後に、ブランド名を真っ先に、あるいは上位に思い出してもらうシーンのことです。
2つの関係性は、カテゴリーエントリーポイントは 「ブランドを思い出してもらうための舞台設定」 であり、ブランド想起はその舞台で 「いかに自社を目立たせるか」 という関係です。
保険サービスで言えば、せっかく 「親の免許返納」 という保険へのカテゴリーエントリーポイントを捉えたとしても、その瞬間に他社の保険しか思い浮かばなければ、三井住友海上保険が選ばれる可能性は低くなります。親の免許返納というきっかけで 「三井住友海上保険の保険がいいかも」 と思ってもらう必要があるわけです。
三井住友海上火災保険が行ったブランド想起施策
三井住友海上火災保険は、先ほど挙げたような20以上のカテゴリーエントリーポイントをリスト化し、それぞれについてどう自社ブランドを具体的に想起してもらうかをマーケティング施策に落とし込みました。
- 免許返納や高齢ドライバーの安全運転サポートを訴求し、「見守る安心」 のキーワードを自動車保険の文脈につなげる
- 火災リスクに対する予防策の紹介と合わせて 「いざという時に備えるなら三井住友海上火災保険」 というメッセージを発信
- 自転車関連の事故防止を啓蒙するキャンペーンで、子どもを持つ親御さんに向けて 「三井住友海上」 というブランドを認知してもらう
ただ単に 「保険に入りましょう」 と広く呼びかけるのではありません。「〇〇 な時 (カテゴリーエントリーポイント) には、三井住友海上保険があなたの役に立ちます」 と、具体的な状況とブランドを結びつけることによって、カテゴリーエントリーポイントでのブランド想起率を高めようとしたのです。
全体像を俯瞰すると、次のようになります。
- カテゴリーエントリーポイントの特定
- 注力するカテゴリーエントリーポイントの絞り込み
- カテゴリーエントリーポイントに最適化されたブランド想起施策 (ブランドエントリーポイント) の実施
一連の流れがきれいにつながっています。
消費者の多段階の意思決定プロセス
では、これまでの話を消費者の意思決定プロセスという観点から整理してみましょう。
消費者の選び方
多くの場合、保険のような即断即決をしないカテゴリーにおいては、消費者は何を買うために選ぶに当たって、次のようなプロセスが段階的に進みます。
- カテゴリーを思い出す: 「○○ をしなきゃ」 「必要かもしれない」 と認識し、自分ごと化する
- ブランド候補を挙げる: 「では、どこがいいだろう?」 と複数の会社や商品・サービスを思い浮かべたり調べはじめる
- 比較検討: 複数候補を比べ、絞り込んでいく
- 最終決定: 実際に買ったり、申し込みをする
保険サービスは日常で繰り返し買い換えるものではありません。そのため、保険というカテゴリーへの想起の入口となる 「カテゴリーエントリーポイント」 、会社やブランドのことを思い出しブランドの入口となる 「ブランドエントリーポイント」 の両方でリードを取ることが、ビジネスでは重要です。
消費者やお客さんのブランド想起集合に入らなければ、その後の比較・評価の対象にはなりません。逆に、特定のカテゴリーエントリーポイントで自社ブランドが第一想起されるような強いポジションを築くことができれば、指名買いされる確率もあります。
三井住友海上保険が行ったのは、消費者が保険を意識するであろう様々なカテゴリーエントリーポイントを特定し、その瞬間に自社ブランドが自然と思い浮かびブランドエントリーポイントに入ってもらえるように、コミュニケーションを設計・最適化したのです。
三井住友海上火災保険の成果
ブランド好意度や NPS (顧客が 「友人や家族に勧めたいと思う度合い」 を示す指標) が改善し、三井住友海上火災保険は 「頼れる保険会社」 というポジションの確立につながりました。
自分ごと化されにくいという特性の保険カテゴリーにおいて、「特定の瞬間 (カテゴリーエントリーポイント) 」 と 「三井住友海上保険 (ブランドエントリーポイント) 」 が、消費者の頭の中で結びついた結果と言えるでしょう。
どんな業界であっても、消費者や顧客目線で見れば思い出す新たなきっかけは存在するはずです。あとは、きちんと掘り出していき、2つの "入口" の設計をし、お客さんに入ってきてもらうようマーケティングを展開できるかです。
まとめ
今回は、三井住友海上火災保険の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- カテゴリーエントリーポイントは、消費者が特定の商品カテゴリーを 「必要かも」 と思い出す瞬間や状況。普段意識されないカテゴリーでは重要な 「入口」 となる
- ブランドエントリーポイントは、カテゴリーを想起した後に、見込み顧客が具体的な 「ブランド名」 を思い浮かべる段階、またはそのきっかけとなる接点
- 消費者の意思決定は 「カテゴリー想起 → ブランド候補想起 → 比較検討 → 最終決定」 という段階を無意識的にも踏む。カテゴリー想起の後、どのブランドを選ぶかという段階で、消費者の想起集合 (頭に浮かぶブランドリスト) に自社が含まれることが重要
- そこで、まずカテゴリーエントリーポイントを特定し、次にその瞬間に自社ブランドが想起されるようブランドエントリーポイントへのコミュニケーションを設計する二段階のアプローチが有効
- 具体的な生活シーンや状況と自社ブランドを結びつけるコミュニケーションにより、カテゴリーが必要となった瞬間に自社ブランドが頭に浮かぶ条件反射的な状況をつくる
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