投稿日 2023/12/25

サントリー 「タコハイ」 。インサイト発掘からの削ぎ落とされた美学

#マーケティング #顧客理解 #戦略

一口にマーケティングと言っても、背後には生活者の声を探るための多くの取り組みや、数々の試行錯誤が隠れています。

今回は、サントリーの 「こだわり酒場のタコハイ」 を取り上げます。

消費者アンケートから始まり、地道な現場観察、新商品の方向性の決定と開発、そしてユニークなコミュニケーション展開までの旅をめぐりながら、商品開発やマーケティングのおもしろさを見ていければと思います。

ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

サントリー 「こだわり酒場のタコハイ」 



サントリーのお酒 「こだわり酒場のタコハイ」 が人気です。

飲食店で親しまれている無糖のアルコール飲料に、食事に合うように香味をつけてアレンジされているのが特徴です。

タコハイは、発売初月の2023年3月に当初の販売計画の2.5倍である100万ケースを達成しました。その後も順調に売れ続け、発売初年度で500万ケースを達成する見通しです (参考記事) 。


顧客理解からの価値定義


ではタコハイの開発について詳しく見ていきましょう。

タコハイは、消費者の声がきっかけになって生まれました。

消費者の声から


開発は消費者アンケートから始まりました。

サントリーが行ったアンケート調査では、1480人のうち 「レモンサワー以外の食事に合う RTD (Ready to drink: 蓋を開けてすぐに飲める飲料) が欲しい」 と回答した人は 66.5% でした。約3人に2人がレモンサワー以外のフレーバーを求めていることが判明したのです (調査は2022年12月に20 ~ 60代の飲用ユーザーが対象) 。

ではレモンサワーではない味とは、消費者は何を求めていたのでしょうか?

見出した開発の方向性


この探求が、タコハイのヒットにつながりました。

サントリーの開発チームは、居酒屋をはじめ食事がメインの業態の飲食店を150店舗以上まわったとのことです (参考記事) 。

新型コロナウイルス禍だったので感染対策を徹底しながら調査を続け、現場に足を運んで実感したのは、プレーンサワーが酒場で浸透しているという状況でした。

プレーンサワーをそのまま飲む以外にも、カットレモンや梅干しなど、アレンジを加えて楽しむ人もいました。

こうした光景を目の当たりにしたことで、新商品開発の味の方向性が見えてきました。無味無臭でシンプルな味覚ではなく、プレーンサワーに若干の 「香味」 をつけて、アレンジをしなくてもそれ自体でもおいしい飲み物となる味覚設計にすることにしたのです。

 「答え」 は自らが見出す


今回の事例で注目したいのは、自分たちが知りたい 「答え」 を自らが見出したことです。

商品開発のきっかけは消費者アンケートでの 「レモンサワー以外のサワーが飲みたい」 という声が多数あったものの、では具体的にどんな味がいいのかまでは、お客さんからは教えてもらっていません。

というよりも、そもそもお客さんの中でも明確な答えはないのが普通でしょう。レモンサワー以外という 「これではない」 というニーズは明確なものの、では代わりに飲みたい味は何かはお客さんの中でもはっきりしていなかったわけです。

サントリーがすばらしいと思うのは徹底した現場主義にあります。タコハイの開発担当者のメンバーは、お客さんが普段から食事とお酒を楽しんでいるお店に自ら行って、150店舗という数の現場の様子をつぶさに観察しました。

お客さんの飲食シーンの実態を把握し、洞察から見出した方向性が香味のあるプレーンサワーでした。自分たちが求める 「答え」 を見出したのは作り手の側だったのです。


コミュニケーションに見る戦略


今回の事例でもう1つ注目したいのは、マーケティングコミュニケーションです。

サントリーが懸念したのは、新商品のタコハイが名称から商品のイメージが湧きづらい人も多く、コンビニなどのお店では埋もれてしまうことでした。

あえて説明しない CM


サントリーは商品の伝え方で賭けに出ました。

タコハイで打ち出したのは 「あえて味を訴求しない CM」 です。


CM では田中みな実さんと梅沢富美男さんを起用し、タイトルは 「なに味なの?」 篇です。

この CM では、「タコハイとはどんな味なのか?」 という疑問が CM の15秒の中で強調されています。

CM の冒頭で、田中さんが 「タコハイってなに味なの?って思うよね」 と問いかけ、梅沢さんが 「なに味?なに味?」 と興味津々に聞き返します。

しかし、田中さんは具体的に味については何も言わず、最後まで梅沢さんが 「なに味?」 と問い続けるという展開です。商品説明はなく、「味わいプレーンサワー」 というテロップが流れる程度です。

タコハイの特徴は 「香味のあるブレーンサワー」 ですが、味の説明などを CM のような短い中で具体的に説明することは難しいでしょう。

なぜ味をプレーンにしたのか、なぜ焙煎麦焼酎を使ったのか、どのように食事と合うのか、それは食事の味を邪魔しないという意味なのか、それとも引き立てるという意味なのか。こうした説明をするには時間がかかり、話も小難しくなってしまいます。

よくありがちなのは、今回のタコハイのような新しい味を世に生み出した側にとっては、そのすばらしさを声を大にして伝えたくなることです。しかしサントリーはそうはしませんでした。

削ぎ落とす美学


もし15秒の短い CM で商品の詳しい説明をすると、かえって視聴者が興味を失ってしまう可能性もあります。

タコハイの15秒の CM では、あえて割り切った潔さがあります。

CM を見た人になってほしい心理状態として、タコハイの味に興味をそそることという明確なゴールを設定しているように見えます。

まずは興味を引くことができれば、消費者は一度は手に取ってくれるはず。飲んでもらえればリピートにもつながるだろう。ここにはサントリーのタコハイへの味についての自信も垣間見えます。

この CM の伝え方ではもちろん十分ではないので、タコハイの缶や瓶には詳細に商品説明を入れています。まず消費者が CM を見て興味を抱く、お店でタコハイを目にし思い出す、そして手に取った時に商品の詳しいことを把握するという流れが設計されています。

タコハイの CM には 「削ぎ落とす美学」 のようなものを感じます。引き算の戦略と言ってもいいでしょう。

サントリーの事例から学べるのは、「やらないこと」 を決める重要性です。

意図を持って 「やらないこと」 があるからこそ、残った 「本当にやるべきこと」 に集中できるのです。


まとめ


今回はサントリーの 「こだわり酒場のタコハイ」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後に、タコハイで展開されたマーケティングのポイントをまとめておきます。

  • 顕在化したニーズを消費者アンケートから発見 (レモンサワー以外が飲みたい) 
  • 消費者が本当に望んでいることを探るために、150店舗以上の飲食店をまわり飲用シーンを観察。現場ならではの発見を得た

  • ↓↓↓

  • 生活者理解への洞察から新商品の味は香味のあるプレーンサワーに。「答え」 は自分たちで見出した

  • ↓↓↓


  • 今までにないユニークな味であるがゆえに、飲んだことのない人に言葉で説明してもクドくなるだけと考え、そこで CM ではあえて味を秘密にするコミュニケーションを展開
  • パッケージには詳細を説明。お店でタコハイを目にし手に取った時に商品を詳しく把握するという流れを設計した


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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。