#マーケティング #差異化 #変えないこと

市場が変わるほど、動かない存在が際立つ。68 年間メニューを変えない居酒屋が、なぜ若者からも支持され続けるのでしょうか。

今回は、ユニークな居酒屋 「もつ焼きばん」 の事例から、「変えない差異化」 の秘密を紐解きます。

もつ焼きばん

出典: もつ焼きばん

東京・五反田や中目黒などに店を構える 「もつ焼きばん」 は、1958 年創業の老舗居酒屋です。レモンサワー発祥の店として知られ、2022 年配信のドラマ 「孤独のグルメ」 配信オリジナル 「五郎、芸人まみれ」 に高田馬場店が登場しました。

出典: 日経 MJ

2026 年 8 月現在、都内に 6 店舗を展開し、6 月には神奈川県川崎市に FC (フランチャイズ) 第 1 号店を開業しました。2027 年 3 月までに 30 店舗を目指しており、2026 年 2 月の日経記事では、さらに 5 年後に国内 400 店舗という目標も掲げています (参考情報) 。

特徴は、創業から 68 年間、約 160 品の定番メニューの味を変えていないことです。主力のもつ焼きは 1 本 88 ~ 165 円で、「きくあぶら」 や 「のど」 など 19 種類。客単価は約 2,150 円ですが、五反田店の坪当たり売上高は月平均 80 万円と一般的な居酒屋の約 2 倍です。

店舗は基本的に 20 坪以下で、五反田店は 15 坪ほど。隣の人と肩がぶつかるほどの狭さです。暗い照明の下で昭和の歌謡曲が流れ、20 代の女性グループから 60 代の一人飲み客まで、幅広い世代でにぎわいます。狭さや古さを取り除くのではなく、店らしさとして残しているのです。

五反田店の営業時間は午前 11 時半から翌朝 4 時まで。昼飲みから深夜の二次会まで需要を取り込み、ピーク時には 1 日 4.8 回転を実現しています。狭い店を高い回転率で使うことが、坪当たり売上高の高さにつながっています。

一見すると 「古臭い」 とも思われそうな店が、なぜ若い世代にも支持され、拡大を続けられるのでしょうか。

その理由は、「変えないこと」 を戦略として貫いているからです。

 「変えないこと」 が差異化になる

差異化というと、常に新しい商品を出したり、流行に合わせて店を変えたりするイメージがあります。しかし、差異化にはもう一つの方法があります。それが 「変えないこと」 です。

もちろん、昔のまま残しておけばいいわけではありません。それでは時代遅れの店になってしまいます。変わらないこと自体が、お客さんにとって替えの効かない価値になっていることが条件です。

もつ焼きばんでは、変えないことがどのように差異化につながっているのでしょうか。四つの側面から見ていきます。

周りが変わるほど、変わらない存在が際立つ

居酒屋各社は、クラフトビールや韓国料理、進化系レモンサワーなど、次々と流行を取り入れます。

そんな市場で、68 年間メニューを変えていない店は目立ちます。競合が新しさを求めて動くほど、変わらない店との違いが大きくなるからです。

差異化は、自分たちが何か新しいことをして生み出すものとは限りません。自分たちは同じ場所に立ったままでも、周囲が動けば相対的なポジションは変わります。

競合が変わるほど、自分たちの一貫性が際立つというのが 「変えない差異化」 の一つ目の側面です。

変わらないことが 「失敗しない安心感」 を生む

初めての店を選ぶときには、「今日の気分に合うだろうか」 「期待外れだったらどうしよう」 「一緒に行った人に喜んでもらえるだろうか」 という小さな不安があります。

変わらない店なら、いつもの味、価格、雰囲気を期待できます。何を頼み、どんな時間を過ごせるかも想像しやすい。自分が行くだけでなく、友人にも紹介しやすくなります。「ここなら外さない」 という安心感が、選ばれる理由になります。

いつも同じだと、思い出されやすい

マーケティングには 「メンタルアベイラビリティ」 という言葉があります。商品やサービスが必要になったときに、そのブランドがどれだけ思い出されやすいかを表す考え方です。

いつ行っても同じ体験ができる店は、記憶の中のイメージがぶれません。

 「もつ焼きが食べたい」 → 「ばんに行こう」 
 「レモンサワーが飲みたい」 → 「ばんだな」 
 「一人でふらっと飲みたい」 → 「ばんがいい」 

同じ体験を重ねるほど、こうした連想は強くなります。お客さんの中で、利用したい場面と店の名前が結びついていくからです。

反対にメニューや雰囲気が頻繁に変わると、その店らしさが分かりにくくなり、記憶の中のイメージもぼやけやすくなります。

変わらないと、常連客ができて定着する

飲食店の魅力は、美味しさや価格だけではありません。「自分の居場所がある」 という感覚も、また来たくなる理由です。

変化が少ない店では、通う理由もぶれません。店の雰囲気や客同士の距離感が保たれることで、顔なじみが増え、親しみも積み重なっていきます。

もつ焼きばんには、15 年以上通う常連客も珍しくありません。味や雰囲気が変わらないからこそ、「ここは自分の場所だ」 と思い続けられます。

もつ焼きばんの顧客価値

差異化で大事なのは、変化そのものではなく、お客さんにとって意味のある価値があることです。競合が変わり続ける市場では、一貫性そのものが希少になります。変えないこと自体に価値があるのではなく、変わらないことでお客さんが得られる安心や親しみが価値です。

相対的な違いがあっても、お客さんにとって意味がなければ選ばれる理由にはなりません。もつ焼きばんでは、変わらないことが大きく四つの価値につながっています。

一つ目は、味や価格、雰囲気がぶれない確実性。二つ目は、「レモンサワー発祥の店」 という歴史が生む物語性です。長く変わらずに続いてきたからこそ、この物語にも説得力が生まれます。

三つ目は、いつもの客が同じカウンターで飲んでいる居場所としての安心感。そして四つ目は、いつ訪れても受け入れてくれる居心地の良さです。

こうした価値が揃っているから、変わらないことが強みになります。「相対的な違い」 と 「お客さんにとっての価値」 が重なることで、独自のポジションができるわけです。

FC で店舗を増やしても、守る軸が明確なら 「ばんらしさ」 を引き継げます。新しい店でも同じ価値を提供し、時間をかけて常連客を育てられます。

変えないもの、変えるもの

ただ昔のまま残すだけでは、「頑固」 や 「時代遅れ」 になりかねません。変えない戦略を機能させるには、何を固定し、何を変えるかを分ける必要があります。

すべてを固定すると、環境の変化に対応できなくなります。反対に何でも変えてしまえば、店らしさが失われます。

原則は、守るのは 「軸」 、変えるのは 「縁」 です。

守るべきもの

軸とは、お客さんがその店を選ぶ理由です。ここを変えると、期待を裏切ってしまいます。店側が残したいものではなく、お客さんにとって失われたら困るものを軸と考える必要があります。

もつ焼きばんで守るべきものは、約 160 品の定番メニュー、狭い店内や昭和歌謡曲、暗めの照明といった体験、そして 「安くて美味い」 という価格の考え方です。

音楽や照明、混雑具合、接客のテンポまで含め、お客さんが感じる 「ばんらしさ」 が軸になります。一つひとつは細かな要素でも、組み合わさることで他の店にはない体験が生まれます。

変えていいもの

一方、縁にあたるのは、軸を守るための手段や成長の仕組みです。お客さんが求める価値を損なわないのであれば、ここは時代に合わせて変えて構いません。むしろ積極的に改善するべき部分です。

セントラルキッチンで仕込み、店舗では焼き上げに集中する仕組みは、味を保ちながら現場の負担を減らします。表から見える体験を変えずに、裏側の仕組みを進化させているわけです。居抜き物件の活用や FC 展開も、「狭くて古い」 という雰囲気を守りつつ店舗を増やす方法です。

宝酒造とのコラボ缶やメディア露出など、物語を伝える方法も変えられます。「ばんばんばんメニュー」 のような日替わり料理も、定番を崩さず飽きさせない工夫です。

何を守り、何を変えるかの見極め

 「変えないこと」 が差異化になる。一見すると逆説的ですが、市場が動くほど、動かない存在は目立ちます。

ただし、その変わらなさが、確実性や安心感、居場所といったお客さんの価値につながっていることが大事です。

大切なのは、目に見えるものをすべて残すことではありません。お客さんが何に価値を感じているかを見極め、その価値につながる部分を守ることです。そのためには、売上だけでなく、常連客の声や利用のされ方を見ることが欠かせません。

中核となる価値は守り、それを支える仕組みは柔軟に変える。この両立によって、「変えないこと」 は独自のポジションをつくり、顧客価値を生み出す源になります。

まとめ

もつ焼きばんの事例から、「変えない差異化」 を考えました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • 差異化は、常に新しいことをするだけではない。市場が変わるほど、変わらない存在の独自性は際立つ
  • 変えないことが差異化になるには、お客さんが求める価値につながっていることが欠かせない
  • 守る 「軸」 を明確にし、手段や仕組みは柔軟に変える。何を守り、何を変えるかの見極めが、持続する差異化をつくる