#マーケティング #デザイン思考 #実行と学習ループ
カシオのサウナー専用腕時計が、クラウドファンディングでわずか 9 分で完売しました。
成功は決して偶然ではなく、ニッチ市場を狙ったら当たったという単純なものではありません。
今回は、カシオのユニークな製品開発とマーケティングに 「デザイン思考」 を当てはめて、学べることを解説します。
カシオのサウナ専用腕時計
出典: カシオ
カシオ計算機が 2025年 10月に発売した 「SAN-100H」 (サ時計) は、サウナ愛好家のために開発されたサウナ専用腕時計です。
特徴
サ時計は、カシオ社内の新規事業提案プログラムから生まれた、サウナ好き社員たちの 「好き」 が形になった商品です。
サ時計が単なる "かっこいい" や "新しいだけ" の時計で終わっていない大きなポイントは、100 度以下での高温のサウナ室において、腕につけたまま耐えられる耐熱性と耐湿性を備えている点です。
サウナ室特有の高温多湿な環境は、通常の防水腕時計でも壊れる可能性があります。そこでサ時計では、透湿性の低い樹脂製のケースや耐熱電池が採用されています。カシオは過酷な状況でテストも実施し、サウナ室の中でも壊れることなく時間を測れる時計を生み出しました。
出典: マクアケ
カシオというと、デジタル表示の腕時計のイメージが強いかもしれませんが、カシオはサウナの薄暗い室内を考慮した結果、サ時計では視認性の高いアナログ表示にしました。針が見やすく、大きめの文字盤と大きな操作ボタンが特徴です。
また、バンド部分にはサウナロッカーの鍵などでおなじみの、伸び縮みするカールバンドを利用しています。サウナ室内で多少動いてもずれにくく、取り外しの煩わしさもないデザインです。
クラウドファンディングでわずか 9 分で完売
カシオのサ時計は、2024 年 12 月 2 日にクラウドファンディングのマクアケでテスト販売がされました (マクアケのサイトはこちら) 。
マクアケでは、予定していた約 2200 個がわずか 9 分で完売するという大盛況でした。
一般向け販売も発売日に即日完売。その後も増産体制を整えているものの人気が供給を上回り、品薄が続いているようです。
サウナ好きの人たちが、いかにサウナ中に自分のペースで時間を測れ、見やすく耐久性のある腕時計を待ち望んでいたかが証明される形となりました。
デザイン思考からの開発とマーケティング
それでは、カシオのサウナー専用腕時計 「サ時計」 から、学べることを掘り下げていきましょう。
サ時計は 「デザイン思考」 に当てはめると、優れたケーススタディとなり示唆に富みます。
デザイン思考とは
デザイン思考は、人間中心のアプローチで問題解決や新たな価値創造を行う手法です。
デザイン思考のプロセス
デザイン思考を実践するフレームは 5 つの要素からなります。
- 共感 (Empathize) : 利用者の潜在的なニーズを理解し共感する
- 問題定義 (Define) : 本質的な解決すべき問題を明確にする
- 創造 (Ideate) : 多様なアイデアを生む
- 試作 (Prototype) : 試作品で形にする
- 検証 (Test) : 試作品を使ってもらいユーザーからフィードバックを得て改善していく
上の図で 「検証」 から 「共感」 に矢印がつながっているように、5 つのステップは一回だけで終わりません。何度も繰り返してブラッシュアップし、最終的にユーザーが本当に求める解決策を導き出します。
では、サ時計の開発では、デザイン思考の 5 つのステップをどのように実践したかを見ていきましょう。
[共感] 利用者の潜在的なニーズを理解し共感する
カシオの開発チーム 「TEAM サ」 のメンバー自身が熱烈なサウナ愛好家です。
着目したのは、「サウナの中で腕時計をしている人が意外に多い」 という事実でした。
通常の時計ではサウナの高温環境で壊れるリスクがあるにもかかわらず着用するのは、サウナ・水風呂・休憩を繰り返してリラックスする 「整う」 というプロセスにおいて、時間管理が不可欠だからです。開発チームはデータ上の数字としてではなく、自分自身の体験として 「サウナ室で時間がわからない不安」 や 「正確に時間を測りたい欲求」 を理解し、ユーザーの潜在的なニーズに共感しました。
サウナ体験の中に 「時間管理への消費者ニーズ」 が埋め込まれているという、現場での実態に共感できたことが、デザイン思考からのサ時計の開発の出発点でした。
[問題定義] 本質的な解決すべき問題を明確にする
次に、この観察を 「どんな問題として定義するか」 が勝負になります。
当初、カシオは 「サウナ施設に売るロッカーとキーの一体型デバイス」 という解決策を想定し、顧客をサウナ施設とする BtoB ビジネスとして位置づけていました。しかし、ユーザーインタビューや市場調査を通じて、「サウナ施設側ではなく、個人のサウナーこそが自分専用のギアを求めている」 という洞察を得ます。
興味深いのは、問題を生活者視点でこう置き直している点です。
既存の時計は壊れる不安があり、サウナでの高温多湿の環境では見づらい、使いづらい。そのためサウナの没入を邪魔され、集中できない。サウナ利用者は自己流の時間管理方法でなんとかしのいでいる。サウナ好きの人たちの中には、こうした不便や我慢が発生していました。
そこで開発チームは課題の本質を 「高温多湿に耐える腕時計の開発」 にとどめず、「サウナの体験を犠牲にすることなく時間を扱えるか」 という体験設計の話として定義しました。
[創造] 多様なアイデアを広げて絞る
問題解決のための方向性としてやるべき課題が明確になったことで、多様なアイデアが生まれました。
カシオの強みである多機能なデジタル時計の技術を活かす案や、約 100 通りものデザイン案が検討されました。ここで重要だったのは機能を 「足す」 のではなく 「引く」 ことでした。
高温多湿な環境下で本当に必要なものは何かを突き詰めた結果、当初の構想から機能として挙がっていたストップウォッチ機能や複雑なモードを排除。最終的に 「サウナ滞在時間を測る 12 分計」 と 「通常の時刻モード」 のみに機能を絞り込むという設計思想に至りました。
デザイン思考における創造の段階は、アイデアを増やすフェーズであると同時に、ユーザー価値に直結しないものを手放すフェーズでもあるというのは示唆的です。
[試作] プロトタイプにして形にする
アイデアを検証するために、カシオの開発担当チームは試作品を作成しました。
2021 年の 「ロッカーキー型」 から始まり、2022 年には 「デジタル型」 の試作機が完成。実際に形にすることにより、オフィスではわからないサウナ現場の 「サイズ感の違和感」 や 「サウナ室での視認性の悪さ」 といった物理的な解決すべき問題点が浮き彫りになりました。
デザイン担当者が 「サイズとの戦い」 だったと振り返るように、サ時計の試作段階では、技術的な制約との戦いでもありました。
耐熱電池と吸湿しにくい樹脂を採用した結果、当初に想定していたサイズよりも大きくなってしまうという事象が発生しました。そこで、底面から文字盤部分にかけて上に行くほどすぼまるデザインとし、視覚的に小さく見えるよう工夫しました。
また、サウナという特殊な環境に対応するため、品質基準そのものをゼロから作る必要がありました。通常の腕時計とは異なる検証プロセスが求められました。
開発チームは実際に試作品を着けて超高温サウナに何度も入り、耐熱性や耐湿性、実際の使用感を確認。体を張った試作の繰り返しによって、製品の完成度を高めていったのです。
[検証] 試作品を使ってもらいユーザーからフィードバックを得て改善していく
試作品であるプロトタイプを使っての検証は、実際の利用シーンの場で確かめることが重要です。
カシオの担当者チームは、ユーザーインタビューから、サウナ専用腕時計の開発の方向性、機能、表示・デザインを検証しました。
インタビューによって、プロトタイプの方向転換は BtoB から BtoC となり、表示もデジタルからアナログへ。機能は削り、デザインもカールバンドの採用と、製品開発の方向性を決め、具体化されていきました。
サウナは特殊な環境なので、実際に着けてサウナに入り検証するなどのテストが欠かせません。現場となるサウナでの検証により、実際の環境での耐熱・耐湿・見やすさもテストしました。
そして、市場での検証により販売テストも行いました。
テストマーケティングの意味合いも込めたクラウドファンディングを実施し、短時間で完売するという成功を収めました。その後の一般販売でも即日の完売が続きました。
テストマーケティングによって 「欲しい人」 を把握し、「狙った体験価値がサウナ好きの人から支持されること」 への強い裏付けになったのです。
実行と学習のループ
サ時計の開発で注目したいのは、テストから改善へとスムーズにつながっていることです。
デザイン思考が威力を発揮するのは、学習のループを継続的にまわす点にあります。
例えば、暗いサウナ内で見にくい等の声を受け改良を検討したり、サウナ施設とのコラボ構想に発展するなど、製品開発やマーケティングにテスト結果が活かされています。
サ時計の事例で大事なのは、サウナー専用というニッチ商品が当たったという表面的な事象ではありません。ユーザーインタビューや現場観察などの顧客理解を通した試行錯誤によって、プロトタイプが段階的に変わり続け、その都度 「注力顧客にとっての価値」 へ近づいていったことです。
デザイン思考の 「共感 → 問題定義 → 創造 → 試作 → 検証」 という 5 つのステップが、一回で終わることなく何度も回ったからこそ、「サウナに行くときはサ時計」 というお客さんから選ばれる理由をつくれたのです。
まとめ
カシオのサウナ専用腕時計 「サ時計」 を題材に、デザイン思考の実践を取り上げました。
学びのポイントをまとめておきます。
- ユーザー自身と同じ立場で共感する当事者性が、深い顧客理解の出発点になる。データだけでは見えない潜在ニーズは、現場での観察や体験から生まれる
- 問題定義では、本質的な問題を捉え解決するための課題を明確にする。当初の仮説にこだわらず、顧客の声にもとづいて問題と課題を再定義する柔軟性が重要
- 創造のプロセスは、アイデアを増やすだけでなく、広げた後にアイデアを削ぎ落とすことでもある。顧客価値に直結しない要素を捨てる勇気が、シンプルで魅力的な顧客価値を生む
- 試作と検証を繰り返すことで、机上では見えなかった課題が明らかになる。実際の利用環境でのテストを通じて、製品は進化していく
- デザイン思考は一度で完結せず、学習のループを継続的にまわすことによって威力を発揮する。顧客からのフィードバックを次の改善につなげる仕組みが成功のカギを握る


