#マーケティング #顧客文脈 #市場創出
アメリカでマージャン人気が急拡大しています。
ピンク基調のポップな空間で、ワイン片手にカラフルな牌を囲む。日本の麻雀とはまったく異なる体験が、新たな市場を生み出しました。
この事例をマーケティング視点で読み解きます。
アメリカで広がるマージャン人気
出典: 日経クロストレンド
アメリカでマージャンが広がっています。大都市から地方へも波及し、今やローカルニュースで体験リポートが紹介されるほどの盛り上がりを見せています。
イベント予約サイト 「Eventbrite」 によると、2023 年から 2024 年にかけてマージャン関連イベントは全米で 179% 増加。ヒューストンでは 867% 増と大きな伸びを記録しました。
ブームの火付け役のひとつは、2018 年公開の映画『クレイジー・リッチ!』でマージャンシーンが印象的に描かれたことです。俳優のジュリア・ロバーツが 「週に 1 度マージャンをする」 と語ったことも話題になりました。
日本とはまったく異なるアメリカのマージャン
2025 年秋、ワシントン D.C. 郊外にオープンしたマージャンスタジオ 「Talk Tiles to Me」 を訪ねると、そのマージャンの世界観に驚かされます。
出典: 日経クロストレンド
店内はピンクを基調にしたポップな空間。卓上マットは色鮮やかで、カラフルな牌はガラス瓶に入れられていて、まるでキャンディーのようです。「好きなマットと牌を選んで楽しめる場にしたかった」 とマージャンスタジオ 「Talk Tiles to Me」 創業者のトーリ・リッティンガー氏は言います。
初心者クラスに参加しているのは、子育てが一段落した母親や、一度やってみたかったと言うカップルたちです。マージャンの対戦はワインやチーズをシェアすることもあるなど和やかに進みます。日本での従来の 「男性がたばこ片手に楽しむ」 という麻雀のイメージとは、まったく異なる光景です。
独自ルールも導入
見た目だけではなく、アメリカのマージャンには独自のルールもあります。
1937 年に設立された 「全米マージャンリーグ (NMJL) 」 が統一ルールを策定し、上がり役を毎年更新して変えるという仕組みを採用しています。ジョーカーの使用や開始前の牌交換など、日本の麻雀とは異なるルールが 「難しいけどおもしろい」 と好評です。
店内には Mahjong の略称である 「MAHJ」 のロゴのあるキャップや、麻雀牌をモチーフにしたイヤリングなどのグッズも並びます。SNS での発信も活発で、マージャンは単なるゲームにとどまらず、アメリカではライフスタイルの一部へと変わりつつあります。
マージャンスタジオ 「Talk Tiles to Me」 の創業者リッティンガー氏は、「人は誰でも他の人と交流したい、話したいと思っている。ここがその場になればうれしい」 と語ります。
では、アメリカのマージャンの事例から、マーケティングに学べることを掘り下げていきましょう。
マーケティング視点での読み解き
この事例は、同じ 「麻雀」 という商品でも、顧客文脈を再定義することで新たな市場を創出できることを示しています。
顧客の利用文脈の再定義
日本におけるかつての麻雀の文脈は 「男性がたばこ片手に楽しむもの」 が主流でした。
雀荘という閉じた空間、勝負事としての緊張感、長年の経験者が競い合う場。初心者には敷居が高く、カップルや女性が気軽に足を運べる雰囲気ではありませんでした。
アメリカのマージャンは、こうした文脈とは異なります。
マージャンを 「誰が」 遊ぶのかについては、男性中心ではなく、子育てが一段落した母親やカップル。「どこで」 遊ぶのかはピンク基調のポップなスタジオへ。そして、「何のために」 遊ぶのかでは、勝敗を競うためというよりも、人とつながり居心地のよい時間を過ごすために。
ここで重要なのは、麻雀というゲームの本質は違わないという点です。牌を揃え、役を作り、上がりを目指す。基本構造は同じです。変わったのは、その商品が存在する 「顧客の利用文脈」 のほうなのです。
マーケティングにおいて 「誰に届けるか」 というターゲット顧客を変えることは珍しくありません。ただし、ターゲットとなる注力顧客を変えるだけでは不十分です。
アメリカのマージャンショップの 「Talk Tiles to Me」 は、店内の空間デザイン、グッズ展開、SNS 発信、初心者クラスの開催など、新しい文脈を打ち出して再設計しました。このように顧客文脈の再定義とは、商品を取り巻く体験を一貫して設計し直すことです。
本質的なニーズからの読み解き
アメリカでのマージャンへの表面的な顧客ニーズを見れば、求められているのは 「マージャンを遊びたい」 となります。
しかし、本質的なニーズを掘り下げると、異なる風景が見えてきます。
- 人とつながりたい
- スマホから離れたい (デジタルデトックス)
- 居心地のよい時間を過ごしたい
- 新しいコミュニティに参加したい
- 自分らしい趣味を持ちたい
リッティンガー氏の 「人は誰でも他の人と交流したい、話したいと思っている」 という言葉が象徴的です。マージャンは手段であり、目的は 「つながり」 なのです。
ではなぜ今、これらのニーズが顕在化しているのでしょうか。
コロナ禍でリモートワークやオンライン交流が当たり前になり、そうなると 「画面越しではない、リアルなつながり」 への欲求が顕在化します。同時に、若い世代を中心に 「スマホ疲れ」 が広がっています。常に通知に追われ、SNS で他人と比較し続ける生活への反動です。
マージャンは、これらのニーズに対する解答になっています。対面で卓を囲み、牌に直接触れ、カチャカチャという音を聞く。スマホを置いて、マージャンに勝つために戦略を練る。勝敗だけの世界ではなく、対話も生まれる。デジタルでは得られない 「五感を使った体験」 と 「リアルな人間関係」 がそこにあります。
顧客の本質的なニーズを理解すると、競合の捉え方も変わります。
アメリカでのマージャンの競合は、他のボードゲームやカードゲームではありません。ヨガ教室、ワイン会、読書クラブなど 「大人が新しいコミュニティに参加し、居心地のよい時間を過ごせる場所」 が競合になります。だからこそ、Talk Tiles to Me はゲームの上手さではなく、空間の居心地よさやコミュニティの温かさで勝負しているのです。
価値の二階建て構造
商品やサービスの機能的な価値だけでは差異化しづらい領域において、体験価値と意味的な価値で再構築する。アメリカのマージャンはこの 「価値の二階建て」 を実践しています。
一次ベネフィット (機能的価値)
一次ベネフィットとは、商品の機能や特徴がもたらす直接的な利点です。
マージャンの場合は 「戦略を練り、役を揃え、勝敗を競うゲーム体験」 です。そしてここにアメリカ独自の工夫が加わります。毎年更新される上がり役は 「去年とは違う戦略が必要」 という新鮮さを提供し、飽きさせません。ジョーカーの存在は初心者でも勝てる可能性を高めてくれます。
これらは確かに価値のある工夫です。しかし、機能的価値だけでは 「だから何?」 という問いに答えられません。毎年ルールが変わることが、なぜ私の生活を豊かにするのか。その橋渡しをするのが二次ベネフィットです。
二次ベネフィット (情緒的価値・ライフスタイル価値)
二次ベネフィットとは、商品を通じて得られる 「生活や気持ちの変化」 です。
Talk Tiles to Me が本当に提供しているのは、好きなマットと牌を選ぶワクワク感、ワインを片手に笑い合う時間、「MAHJ MAMA」 のキャップをかぶって SNS に投稿する楽しさ、新しい友人やコミュニティができたという喜びです。
これらによって 「自分らしい趣味を持ち、素敵な仲間と居心地のよい時間を過ごしている私」 という二次ベネフィットが生まれます。
アメリカの住宅専門誌で 「自宅にマージャンスペースを作りたい」 というニーズが紹介されているのは象徴的でしょう。これはもはや 「マージャンというゲームがしたい」 を超え、「このライフスタイルを手に入れたい」 という欲求です。マージャンは単なる娯楽から、自分らしさを表現するアイデンティティの一部へと昇華しているわけです。
一次ベネフィットが 「何ができるか」 を伝えるのに対し、二次ベネフィットは 「どんな自分になれるか」 を伝えます。Talk Tiles to Me は、空間、グッズ、コミュニティのすべてを通じて、この二次ベネフィットを一貫して訴求しているのです。
商品を変えずに市場を創る
アメリカでのマージャンの事例が教えてくれるのは、商品の機能を磨くだけがマーケティングではないということです。
麻雀牌の品質を上げる、ルールをわかりやすくする、アプリで手軽に遊べるようにする。これらは機能的価値の向上であり、もちろん意味のある取り組みです。しかし、Talk Tiles to Me が行ったのは、ここにとどまらないアプローチでした。
顧客が本当に求めているものは何か。その商品が存在する顧客文脈をどう再定義できるか。機能的価値の上に、どんな情緒的価値やライフスタイルへの価値を積み上げられるか。
同じ麻雀でも、顧客文脈が変わればお客さんにとっての意味が変わります。
これは麻雀に限った話ではありません。あなたの商品やサービスも、顧客の利用文脈を再定義することで、まったく新しい顧客に届く可能性があります。
商品を変えずに市場を創る。それがマーケティングの醍醐味です。
まとめ
アメリカでのマージャンブームの事例を取り上げました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 商品の機能を変えなくても、「誰が」 「どこで」 「何のために」 使うかという顧客の利用文脈を再定義することで新たな市場を創出できる
- 表面的なニーズ (○○ がしたい) の奥にある本質的なニーズ (つながりたい, 居心地よく過ごしたい) を捉えることにより、本当の競合と差異化ポイントが見えてくる
- 機能的価値 (一次ベネフィット) だけでは差異化が難しい領域では、情緒的価値やライフスタイル価値 (二次ベネフィット) を積み上げる 「価値の二階建て」 が有効
- 一次ベネフィットは 「何ができるか」 を伝え、二次ベネフィットは 「どんな自分になれるか」 を打ち出す。両方を一貫して訴求することで強いブランドが生まれる
- 顧客の利用文脈が変われば意味が変わる。自社の商品やサービスも、顧客文脈を再定義する視点で見直してみると着想が広がる

