#マーケティング #戦略
ほな、やってみよか――
全国展開よりも、地元に集中する。駅や空港を主要販路にしない。一見すると機会損失に見える選択が、1 億円のヒットを生みました。
今回は、大阪らしいパンの 「おかんパン」 の事例から、戦略のおもしろさを紐解きます。
おかんパン
出典: PR TIMES
出典: 日経クロストレンド
「考えてもしゃあない 笑ろとこ 笑ろとこ」 「あんたの良さはわかる人にはわかるわ。しらんけど。」
パッケージに印刷されたこんな言葉を目にしたら、思わずクスッと笑ってしまうでしょう。
これらは、大阪で新しいお土産として話題になっている 「おかんパン」 のパッケージに書かれた 「おかん語録」 です。
おかんパンの中身は、カスタードが 4 層に織り込まれた手のひらサイズのミルクパンで、表面には 「おかん」 の顔の焼き印が押されています。
価格は 6 個入りで税込み 1080 円。一つ一つのパッケージには、大阪のおかんが言いそうな温かくてユーモラスな言葉が添えられており、箱や外装にも 「気いつけて帰りや」 「ひとり一個やで」 といった言葉があしらわれています。
おかんパンを製造・販売するのは、2026 年に創業 80 年を迎えたダイヤ社が運営するベーカリー 「クックハウス」 です。大阪の駅ナカを中心に 20 店舗を展開する、地元に根差したパン屋さんです。
2024 年 7 月におかんパンの販売を開始すると、語録のユーモアと焼き印のキャラクター性が相まって SNS で情報が自然と拡散。ミルクボーイや岡村隆史さんといった著名人の紹介や関西ローカル番組でも取り上げられました。
発売から 1 年で SNS 投稿 3000 件超、テレビや Web メディアでの露出が 650 件超を記録し、売上が 1 億円を超えました。
おかんパンの戦略
おかんパンの事例は、戦略の観点で学びが得られます。大手ではない会社が勝ち筋を見出すためには、どのような戦略をとればいいかに示唆があります。
おかんパンの成功は、大手企業とは異なる戦い方を選んだからこそ実現したものです。創業 80 年の中小企業が実践した戦略から、小さな会社でも勝てる方法論が見えてきます。
市場を絞り、リソースを集中する
クックハウスは 「全国展開」 という大きな目標を捨て、「地元・大阪」 という絞った市場に経営資源を集中させました。
この決断の背景には、社員満足度調査で明らかになった 「地域に根差した企業としての自負」 という社員の想いがありました。
この調査は、現状把握にとどまらず、会社の進むべき方向性を根本から問い直す機会となりました。クックハウスの多田社長が当初想定していた 「全国展開で会社を大きくすることが社員の喜び」 という仮説は、社員への調査データによって覆されたのです。
社員の本音をもとに経営方針を転換したことが、おかんパンの後の成功の土台となりました。
市場を絞ったことで、クックハウスは 「大阪らしさ」 という独自の価値を深掘りできたわけです。
社員ワークショップで 「大阪のおかん」 という象徴的な存在に着目し、社員が実際に家庭で聞いた 「おかんの口癖」 を集めてパッケージ語録を作成。当初 12 種類だった語録は、一般公募も経て 24 種類へと増え、その後 36 種類まで拡充されました。
徹底した地域密着は、全国展開を目指していたら実現できなかった戦い方です。
さらに、クックハウスは新商品カテゴリーも 「お土産パン」 に絞り込みました。
隠れた人気商品だった 「ミルクパン」 を改良し、「おかん」 の焼き印とユーモア溢れる語録を組み合わせ、他にはないパンとしてのポジションを確立。既存の商品をもとに魅力を打ち出し磨き上げたことは、社員にとっても 「自分たちはいいものをちゃんと作っていた」 という自信を得ることにつながりました。
クックハウスは限られた経営資源を、大阪とミルクパンという市場と商品に一点集中させたのです。
大手と真正面から戦わない
クックハウスの戦略的な判断は、「駅や空港を主要販路にしない」 という選択にも現れていました。
新大阪駅や関西国際空港といった、土産物の主要販路を当初は意図的に避けた形です。この判断は一見、機会損失に見えますが、大手チェーンや大規模流通業者が支配する価格競争を避ける賢明な戦略でした。
駅や空港では、大量生産・大量販売による低価格の争いは避けられません。しかしクックハウスは、「店舗に来てもらう」 「わざわざ買いに行きたくなる」 という価値での競争を選びました。
おかんパン購入者の客単価は通常の約 1.8 倍に。お客さんは 「おかんパンだけ」 を買いに来るのではなく、お店で他の商品も一緒に購入していきます。大手の土産物チェーンには真似できない、店舗体験と結びついた価値提案です。
興味深いのは、クックハウスの 「地元民が選ぶ大阪のお土産」 として話題化した後の展開です。東京・神戸・京都・広島など店舗がない都市の百貨店催事への出展依頼が来るようになり、大阪・関西万博でも出展。おかんパンはパンとして初めて大阪府の 「大阪産 (もん) 名品」 に認証されました。
最初は狭い市場に集中し、そこでの圧倒的な存在感を確立し、結果として全国的な知名度を獲得したのです。これは 「小さく始めて、大きく育てる」 という戦略の好例です。
また、「大阪のおかん」 という独自のブランドの世界観も、大手が簡単に真似できない戦い方です。全国チェーンには地域の生活感や人間味を商品化することは難しく、大阪ならではのローカルな温かみが、価格以外の価値という要素で選ばれる理由になっているのです。
お客さんに直接近づく
クックハウスの強みは、お客さんと直接つながる 「泥臭さ」 にもあります。
レジ横におかん語録が表示されたおかんパンを並べておくことによって、店員とお客さんの会話が自然と生まれ、語録のおもしろさやブランドストーリーが直接伝わります。これは、EC サイトや大規模な流通では実現できない、クックハウスならではの顧客接点です。
商品開発においても、お客さんに直接近づくという姿勢が貫かれています。語録を作る際、社員が実際に家庭のおかんの口癖を持ち寄り、一般公募も実施。消費者からの声を社内の朝礼で共有するなど、テレビや SNS も含めて消費者の反応を全社員が実感できるようにしました。
外部からの評価を社員全員が実感できる機会があることで、組織全体のモチベーションを高める原動力となることでしょう。
もう一つ注目したいのは、商品開発を全員参加型に変えた点です。正社員だけでなくアルバイトのアイデアも商品化される仕組みは、現場の感覚を商品に直結させる強力な武器になります。
大手企業では、本社の企画部門と現場の距離が遠くなりますが、クックハウスは 「ほな、やってみよか」 という現場の一言から商品が生まれる組織文化をつくり上げました。
この変化は、社内の雰囲気を変えました。おかんパンのヒット後、毎月のアイデア会議には前向きなアイデアや提案が並び、「次はこんなことをやってみたい」 という発言が当たり前になったのです。
その成果として、社員発案の 「おとんパン」 (父の日の企画) や、地元高校とのコラボレーション 「ハヤシライスパン」 が形になりました。
お客さんに近づくことは、同時に社員一人ひとりが 「自分のアイデアでお客さんを喜ばせられる」 という実感を持つことにもつながり、クックハウスの継続的なヒットを生み出すサイクルを生んでいるのです。
小さな会社でも、戦略次第で勝てる
クックハウスのおかんパンの成功が示すのは、「大手と同じ戦い方をしない」 という戦略です。
市場を絞ることで 「大阪土産」 の独自性を高め、大手が支配する流通チャネルを避けて価値競争の土俵を選び、店舗での直接の顧客接点という泥臭い方法でお客さんとの関係を深めました。
この事例から読み取れる学びは、小さな会社が大きな成果を出すには 「選択と集中」 が大事だということです。
限られた経営資源を、大手が参入しにくい市場に集中投下し、大手には真似できない独自の商品から他にはない顧客価値をつくり出す。それが、創業 80 年のローカルベーカリーを、「大阪産 (もん) 名品」 の認証を受け、売上 1 億円超のヒット商品を生み出す企業へと変えたのです。
クックハウスの従業員たちの口癖である 「ほな、やってみよか」 という言葉には、大企業の慎重な意思決定プロセスにはない、中小企業ならではのスピード感と実行力があります。
小さいからこそできる戦い方を選び、その強みを最大化する。それが、クックハウスが示した 「小さな会社の勝ち方」 なのです。
まとめ
大阪のベーカリーのクックハウスの 「おかんパン」 の事例から、大手企業にはできない戦略について考えました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 限られたリソースを一点集中させることで、その分野での専門性と独自性を高められる
- 大手が支配する市場を避け、低価格を競うのではなく、適正な価格で価値によって選ばれる土俵を選ぶことが中小企業の生存戦略となる
- お客さんに直接近づく泥臭い戦い方は、大手には真似できない顧客理解と価値提案を実現する

