#マーケティング #使っていないときの価値 #二段階の価値構造
自社の商品やサービス、お客さんが 「使っていない時」 のことまで考えられ、配慮されているでしょうか?
商品開発やマーケティングでは、使用時の機能や性能にばかり目が向きがちです。でも、商品を使わない時間のほうが長く、例えば設置や移動、収納、さらには処分までの商品のライフサイクル全体において、実は様々な不便や負担がお客さんの中に潜んでいるかもしれません。
無印良品の 「空気でできたソファ」 は、使っていない時の顧客体験にも光を当て人気となっています。背景には、商品開発における見過ごされていた価値定義の発想がありました。
ぜひ一緒にビジネスへの学びを紐解いていきましょう。
無印良品 「空気でできたソファ」
2024年、無印良品が全国発売した 「空気でできたソファ」 。従来の常識を覆すソファです。
その名が示す通り、内部には一般的なソファに使われるウレタン材や羽毛などの素材は何もなく、空気が入っているソファです。発売後わずか2週間で4ヶ月分の在庫を完売するほどの人気を博しました。
空気でできたソファは一般的なソファと比べて軽量なので持ち運びも楽にでき、使わない時にはコンパクトに畳め、それでいて座り心地もいいという優れモノです。
開発背景
実は無印良品の 「空気でできたソファ」 は、以前の1997年に無印良品が発売した 「エア・ファニチャー」 という過去の商品からヒントを得ています。
エア・ファニチャーは空気でクッション性を出し、省資源・省スペース・軽量コンパクトであることが売りでした。時代を先取りしたともいえるコンセプトでアイデアこそ斬新でしたが、当時は座り心地や商品の訴求が十分でなく、ヒット商品には至りませんでした。
その後に時代は平成から令和になり、コロナ禍を経て、住環境やライフスタイルが流動的になっています。引越しや部屋の模様替えなど、生活様式も変わり、家具に求められる要件には今までになかった 「軽くて移動がしやすい」 や 「不要になれば処分が簡単」 といった柔軟性も見られるようになりました。
無印良品の開発チームはこうした 「今の時代感」 をつかみ、過去のエア・ファニチャーという商品アイデアをアップデートしたわけです。座り心地の改善や機能的な工夫と合わせ、今だからこそ求められる価値を付与することによって、新たなエアソファである 「空気でできたソファ」 を完成させました。
座り心地と利便性の両立
空気でできたソファは、内部が複数のエアタンクで構成され、付属ポンプで空気を注入します。エアタンクの仕切りや形状、表面加工など細かな調整により、ウレタンやスプリングを使わずとも快適でリラックスできる座り心地を生み出しました。
これにより、ソファに座っていない "未使用時" の扱いやすさにこそ特徴が表れます。
商品をお店から持ち帰るときはまだ空気が入っていなく、購入してそのまま手で持って店頭から持ち帰れます。一度空気を入れた後でも、ソファから空気を抜けばコンパクトに畳むことができるため、部屋の模様替えや掃除、引越しでも手軽に移動できます。そして不要になれば折りたたんで廃棄や譲渡が手間がかかりません。
このように、空気でできたソファはソファを使っている時だけでなく、使っていない時にも利便性があるところが特徴です。
商品を 「使っていない時」 の価値提供
では、無印良品の 「空気でできたソファ」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。
示唆的なのは、商品開発やマーケティングにおいて、お客さんが商品を 「使っている時」 だけでなく、「使っていない時」 の顧客体験にも注目することの重要性です。
普通は、作り手や売り手は商品の使用中の快適性や利便性に注力しますが、無印良品はソファの使われていないシチュエーションで発生するお客さんにとっての煩わしさを軽減することも狙いました。
未使用時の価値が購買ハードルを下げる
一般的なソファは、購入後にそのまま持って返るのは大きさ的に難しく、通常は店舗や倉庫からの自宅への配送を待たねばなりません。
また、いざ届いてもソファを家の中で動かしたり設置するときには重労働が伴います。不要になれば処分の手間もかかります。こうした 「使うための準備」 や 「使い終わった後」 にお客さんが背負う負担が存在しているわけです。
こうした 「不」 には、なんとなくでも消費者は買うのもためらうものです。
- 模様替えで部屋の雰囲気を変えたい時、簡単に移動できるのか。一度設置してしまうと気軽に動かせないかも
- 引越しが多い仕事だが、ソファのような大きく重い家具を増やすと負担になるのではないか
- 将来家族が増える、もしくは減るなどで生活に変化があったときに、柔軟に対応できるか
- いずれ使わなくなった場合、どう処分すればよいのか。大きい家具はそれだけ廃棄費用は結構かかるのでは
消費者はこれらの 「もしものシナリオ」 を頭の中で組み立て、現実的にイメージができてしまうと面倒そうだと感じてしまい、購入への一歩を踏み出しにくくなります。
一方の無印良品の 「空気でできたソファ」 は、使わない時に空気を抜いて小さく畳むことができ、軽量で持ち運びが楽にできます。先ほどのような 「もしものとき」 に対して困らない未来を提示します。
自宅への後日の配送を数日間待つ必要もなく、その日から持ち帰って設置できるので、購買から使用開始までのタイムラグやストレスも最小限におさまります。不要になったときもコンパクトにして処分しやすく、将来の不安を心配することがなくなるでしょう。
こうした 「後で苦労しないこと」 への確信は、 「今買ってみてもいい」 という前向きな気持ちを育みます。使っているときの価値はもちろんのこと、使っていないときの価値がお客さんの潜在的な不安を取り除き、購買ハードルを下げる効果が期待できます。
二段階の価値構造
重要なのは、商品の未使用時の価値が、単独で消費者に魅了するわけではないという点です。
どれほど手軽にお店から持ち帰れ、他には室内での移動が楽にでき、また廃棄も面倒ではないという商品であったとしても、肝心な使用時に満足度が低ければ本末転倒です。まずは使用中の顧客価値がしっかりと確立されていることが前提で、その上で未使用時の利便性などの追加の価値が機能するという 「二段階の価値構造」 になっているのです。
無印良品の 「空気でできたソファ」 は、商品価値のベースとして 「座り心地が良い」 や 「快適にくつろげる」 という基本的な使用時価値があります。
そして、土台となる価値がしっかりと支えているからこそ、使っていない時も 「空気でできたソファ」 のコンパクトに畳めて移動や処分がしやすいという追加価値が光るわけです。
お客さんが求めるのは 「使う時だけ満足できる」 だけでも 「使わない時だけ便利」 だけでもなく、このふたつがバランスを持って成立するトータルでの顧客体験価値です。この二層構造を持つ価値提案が、消費者心理に響くはずです。
まず、商品自体が良いことでお客さんを惹きつけ、使っているときに期待できる価値、そして未使用時の顧客体験から商品のトータルでの便益をつくり出す。これが 「空気でできたソファ」 から学べる、汎用的な商品開発とマーケティングの示唆です。
まとめ
今回は、無印良品の 「空気でできたソファ」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 商品開発やマーケティングにおいて、お客さんが商品を 「使っている時」 だけでなく、「使っていない時」 の顧客体験にも注目する
- 使っていない時にどんなに便利な商品であっても、肝心な使用時に満足度が低ければ選ばれない。まずは使用中の顧客価値がしっかりと確立されていることが前提で、その上で未使用時の利便性などの追加の価値が機能するという 「二段階の価値構造」 になっている
- お客さんが求めるのは 「使う時だけ満足できる」 だけでも 「使わない時だけ便利」 だけでもなく、ふたつが成立するトータルでの顧客体験価値。使っているときに期待できる価値、そして未使用時の顧客体験から商品のトータルでの便益をつくり出す
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