投稿日 2025/05/08

シャウエッセン 夜味。新しい利用シーンを打ち出し、新規顧客の獲得と既存顧客の利用頻度向上へ

#マーケティング #新しい利用シーン #カテゴリーエントリーポイント

長年愛されているロングセラーの商品やサービスには、思わぬ落とし穴が潜んでいます。

それは、成功がもたらした制約です。

朝食の定番のソーセージ 「シャウエッセン」 は、40年以上にわたり、多くの家庭で愛されてきました。しかし、朝食のソーセージとして確固たる地位を築いたことで、新たな顧客層の開拓が難しくなっていました。

そんな 「成功のジレンマ」 から抜け出すために、シャウエッセンはどんなマーケティングを展開したのでしょうか?

シャウエッセンの戦略


長く支持されている定番ブランドを運営する際には、特定の顧客層や利用シーンが固まっていないかは注意すべき視点です。

今回取り上げる日本ハムの 「シャウエッセン」 は、発売から約40年を迎えるロングセラーブランドで、主な購入層は50代以上の家庭持ち女性です。

シャウエッセンを食べるシーンは多くが朝と昼でした。日本ハムが 「食 MAP」 を活用して独自に調べたところ (2018年4月 ~ 2024年3月) 、シャウエッセンは 「朝と昼に食べる人が約8割を占める」 という実態が判明したとのことです (参考情報) 。 シャウエッセンの利用シーンは朝食やランチといった日中を中心に定着していたわけです。

朝や昼に自社商品が選ばれているというのは、一見すると良い状況に思えます。しかし、市場成長や若年層へのアプローチ、新規顧客の獲得を目指すうえでは、固定化された客層と利用シーンはむしろ成長のボトルネックになります。

このような状況で取れる有効なアプローチが、自社商品の 「新しい利用シチュエーション」 の創出です。

新たなカテゴリーエントリーポイント (CEP) の重要性

商品が継続的に成長するには、消費者がその商品のことを思い出し、購入を検討する 「きっかけ」 を増やす必要があります。このきっかけのことをマーケティングでは 「カテゴリーエントリーポイント (CEP) 」 と呼びます。

シャウエッセンは従来、朝ごはんやお昼ごはんといったシチュエーションで強い CEP を築いてきましたが、一方で顧客層が固定化し、これ以上の拡大が簡単ではない状態でした。

新たな思い出してもらえるきっかけとなる CEP として、日本ハムは 「夜に食べるソーセージ」 というテーマに取り組みました。一部の消費者はすでに 「夕食用のおかず」 としてシャウエッセンを食べていたものの、広くは 「夜にソーセージを食べる」 というシャウエッセンへのイメージはまだ一般には浸透していなかったからです。

そこで日本ハムはシャウエッセンを 「夜味」 という商品名にすることで、夜ごはんというシーンがブランド想起の新たなきっかけになることを目指しました。誕生したのが、シャウエッセンの商品名としてハーブなどの味ではなく、「夜」 という初めてシーンを打ち出した 「シャウエッセン 夜味」 です。

出典: PR TIMES

消費者から 「夜に食べるソーセージ」 として、いちばんにシャウエッセンが第一想起されるよう市場拡大への扉を開いたのです。

新規顧客獲得への波及

新たな利用シチュエーションを示し、CEP を拡大することは、新規顧客獲得に有効です。

今回のシャウエッセンの事例で言えば、若年層や独身層、共働きで忙しい層などの中には、朝食の定番としてのシャウエッセンは刺さりにくかった人は一定数いたことでしょう。

ここに 「夜にシャウエッセンを食べる」 という新たな利用文脈を提案することで、潜在顧客にも商品を手に取ってもらいやすくなることが期待できます。たとえば仕事から帰って、夕食のおかずを探している際に 「夜味」 を見かければ、「あ、ソーセージを晩ごはんや夜食にしてもいいかも」 と新たな発見をもたらします。

これまで取り込めなかった層にもブランドが届き、新規顧客の獲得につながります。

既存顧客の利用頻度向上

新しいシーンを提示することは、既存顧客の利用頻度向上にも効果的です。

これまでシャウエッセンを朝食やランチ用として食べていた既存顧客は、商品には満足している一方で、利用シーンが固定化していたため、それ以上は使用回数が増えないという状態でした。

ここに 「夜に食べる専用のシャウエッセン」 が提示されれば、いつもの朝ごはん用としてだけではなく 「夕飯時にもシャウエッセンを使ってみてもいいかも」 と考える余地が生まれます。

週に1パックだった購入が、夜用の追加購入によって週に2パックになるなど、既存顧客のシャウエッセンブランドの購買頻度と食べる回数が増える可能性が高まります。夜という新たな CEP が既存顧客の選択肢を広げ、ブランドの売上を押し上げる効果を発揮するわけです。

カテゴリー全体への影響とブランドポジショニングの変化

新たな利用シーンを提案することによって、カテゴリー全体に影響を及ぼす可能性もあります。

今後 「夜専用のソーセージ」 という発想の商品が消費者の間で当たり前になれば、他社ブランドの商品の夜利用も増え、ソーセージというカテゴリー全体の需要が広がるかもしれません。

その場合、先んじて 「夜味」 で利用シーン拡大に成功した日本ハムのシャウエッセンは、パイオニアとして市場で有利なポジションを築けます。

新しい利用シーンをつくる方法


では、新しい利用シーンをつくり出すためには、具体的にどのようなアプローチをとるといいのでしょうか?

シーンに合うコンセプトの構築

商品やサービスの新たな利用シーンを示す際には、そのシーンに最適化した顧客価値の定義が重要です。

 「シャウエッセン 夜味」 では、夜というキーワードにふさわしく、よりスパイスを効かせた濃厚な風味を追求しました。夕食のおかずで満足感を得たい人、夜にお酒と合わせて楽しむ人にとっては魅力です。

ただ名前に夜とつけるだけでなく、味わい自体が消費者に 「夜に食べたい」 と思わせたり、夜専用のものだとイメージしやすくすることによって、新たなシーンでより定着させやすくなります。こうした 「利用シーンを踏まえた商品開発」 は、CEP 拡大をより確実なものにするでしょう。

注目を集める文脈づくり

シャウエッセンは、日本ハムにとっての 「不文律 (禁じ手) の解禁」 とも言える、大胆なアプローチをとりました。

というのは、これまではシャウエッセンの調理にはボイル調理を推奨して、ソーセージを焼くことやレンジ加熱は、日本ハムでの社内的な不文律として "禁じ手" のように扱ってきたという経緯があります。

しかし、シャウエッセンの夜味の登場に合わせて、「焼いてもよい」 「レンジ加熱でも OK」 とする大きな方針転換を行いました。

出典: PR TIMES

消費者へは 「今まで公式には認められていなかった調理法が、ついにお墨付きがついた」 と新鮮な驚きを覚えます。

これがファンの間でにわかに 「禁じ手解禁」 という話題をつくり出しました。禁じ手の解禁という出来事自体が、世の中からの興味を引き、夜味への注目度を高めるきっかけになります。

このようなシャウエッセンの調理法の多様化、そして夜という新たな利用シーンでの新しい味わい方が生まれ、既存顧客の利用頻度増加や新規顧客の興味喚起へとつながるわけです。

SNS による話題性の喚起

新しい利用のシチュエーションを定着させるには、消費者の関心と話題を呼ぶコミュニケーションも大事になります。

 「シャウエッセン 夜味」 は、ティザー広告で味を伏せ、X では 「まさかの?味」 とポストました。そして、夜味だということを明らかにすると、次は 「夜味って何?」 という表現で消費者の想像力を掻き立てました。

出典: PR TIMES

消費者は新しいシャウエッセンに対し、「どんな味か?」 と気になり、SNS 上で大喜利的な投稿まで生まれる現象が起こりました。発売日の2024年10月1日、満を持して公式アカウントが、商品名が 「夜味」 だと公表すると、今度は 「夜ということは、うなぎパイだったりして」 「ガーリックだと、うれしい」 「スパイシーなら大歓迎」 といった、夜味の風味を予想する SNS での投稿が広がりました。

この一連の出来事を通して、消費者は商品を受動的に知るのではなく、自ら関与し、新たな利用シーンを自分ごととして捉えやすくなったことでしょう。

SNS を介したブランドからの能動的なコミュニケーションは、商品が新しい利用シーンを提案するにあたって、話題化をつくり拡大する手段となります。

まとめ


今回は、日本ハムのシャウエッセンの夜味を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • シャウエッセンは 「夜専用」 という新しい利用シーンを打ち出した 「シャウエッセン 夜味」 によって、新規顧客と既存顧客の両方のお客さんに対して 「夜に食べるソーセージ」 という新しい体験をもたらした

  • 新規顧客に対しては、これまでの 「朝食の定番」 というイメージではアプローチできなかった若年層や独身層に、「簡単な夕食のおかず」 や 「夜のおつまみ」 という新たな文脈で価値を提案した

  • 既存顧客には、これまでの朝食やランチ用という固定化された利用シーンに加え、「夕食時にも使える」 という新たな選択肢を提供。夜用の追加購入が期待でき、購買頻度の向上に貢献する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。