#マーケティング #顧客インサイト #ジョブ理論
スマートフォンで手軽にスケジュールの管理ができる時代に、手書きの手帳が人気を集めています。
アナログの紙の手帳へのニーズを 「ジョブ理論」 から紐解き、マーケティングへの汎用的な示唆を掘り下げます。ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
手書きの手帳が人気に
スケジュール管理はスマホという人が多い中、手書きの手帳に注目が高まっています。
生活雑貨専門店のロフトでは、ここ数年は手帳の売上が上昇し、渋谷ロフトでは前年から約 140% と手帳の売上がのびているとのことです (参考記事) 。
デジタル全盛の時代だからこそ、消費者は 「手書きの良さ」 に心理的・感情的な価値を求めているわけですが、では、人は手書きの手帳に具体的に何を求めているのでしょうか?
紙の手帳への消費者心理
アナログの手帳に求めること・気持ちを具体的に掘り下げていきましょう。
自分だけの記録や記憶を紙に残しておきたい
手帳を愛用する人に共通して見られるのは、「自分だけの大切な体験や記憶を手書きで紙に残しておきたい」 という心理です。
たとえば、北海道から上京してきた専門学校生の女性は、「生きるって大変だな」 という思いを紙の手帳にひたすら書き留め、後から読み返すことにより、当時の自分の気持ちを再確認できると語っています (参考記事) 。
また、手帳そのものが 「特別な存在」 であると感じる人もいます。
エステサロンを独立開業したある経営者は 「スマホで済ませる方が早いけれど、手帳に手書きすることで愛着が湧く」 と述べ、別の30年以上手帳を使い続けているある男性は、「その手帳が自分の人生の一部になっている」 と語ります。
毎年新しい手帳を選ぶときのワクワク感や、使い続けてページが埋まる喜びも、手帳の魅力のひとつでしょう。自分の思い出や成長を物理的に残すことは、手帳が 「自分だけの人生を刻む特別なアイテム」 となっています。
感情の可視化と気持ちの整え
日々の感情を記録することによって、気持ちを整理し、自分自身を保つために手帳を使う人もいます。
ある30代女性の会社員は、心を管理するツールとして手帳を活用しており、「夜にネガティブな気持ちで眠りたくないから、いいことを書いて気持ちをリセットする」 と言います。
手帳が提供する 「デジタルでは得られない没入感」 も、手書きの魅力として語られています。歌手を目指すある専門学校生は、「手書きをするときは集中しているので、文字を書く行為そのものが心を落ち着けてくれる」 と言います。
忙しい日常の中で 「デジタルに頼りすぎず、アナログな時間を楽しみたい」 と考える人も少なくありません。とある30代女性の会社員は、「手帳に何かを書く時間が、自分と向き合える大切なひととき」 と話し、手書きの行為が癒しや自分自身との対話の時間になっていると感じているとのことです。
このように、紙に触れ、ペンや鉛筆を走らせるその時の手触り感が、心の安定を生みます。
自己表現と自己成長
手帳はまた、自己表現の場であり、その成長を記録するツールとしても活用されています。
歌手を目指して努力を重ねる専門学校生が 「手書きすることで自分の感情や考えをインプットし、前向きになれる」 と話しているように、紙の手帳には自分を励ます力が備わっています。
一方、エステサロンを経営する女性は、開業当初の不安な気持ちを手帳に記録し、それを振り返ることで 「これだけ頑張れた」 という成長を実感しているとのことです。
手帳に書き込む行為は、予定や出来事をただ書くことだけにとどまらず、自分の物語や人生の一部を形にし、自らの歩みを肯定する大切な行為になっています。
アナログ手帳の人気をジョブ理論で紐解く
それでは、紙のアナログの手帳の人気の要因を、マーケティングの観点でさらに紐解いていきましょう。
マーケティングの理論のひとつに 「ジョブ理論」 があり、今回の手帳の話に当てはめると示唆が得られます。
ジョブとワーカー
ジョブの定義は 「人が特定の状況で遂げたい進歩 (progress) 」 です。そして商品・サービスは、お客さんのジョブを成し遂げるために 「雇用されるワーカー」 となる存在なのです。
ジョブという視点で見れば、人が何かを買おうとする時、その商品・サービス自体が欲しいというよりも、自分が望む状況や状態に近づくための働き手 (ワーカー) を求めています。
それではジョブ理論を使って、アナログの紙手帳の人気の要因を紐解いていきましょう。
生活者の置かれた状況
現代の生活者は、デジタル化された日常に取り囲まれています。スマホやアプリを使ったスケジュール管理、SNS や AI などを使った情報収集は便利ではあります。
その一方で、効率性を優先するあまり 「本当に自分にとって大切なこと」 に集中できなくなるというジレンマを抱えています。SNS や各種アプリの通知に気を取られ、自分の感情や思考に向き合う余裕が持てないという状況が生まれているわけです。情報過多の環境では、絶え間ない通知や情報の洪水にさらされ、頭の中が常に散らかっているような感覚に苛まれます。
過密なスケジュールやデジタル疲れの中で、生活者は 「自分らしさ」 を見失う不安を感じ、精神的な余裕や余白を求めていることでしょう。
では、こうした状況にある生活者は、どんなジョブ (遂げたい進歩) を持っているのでしょうか?
この状況での生活者のジョブ
結論から言うと、生活者のジョブは 「日々の感情や思考を整理し、自分自身を取り戻すこと」 です。
現代のデジタル環境では、絶え間ない通知や多忙なスケジュールが、人が立ち止まって深く内省する時間を奪っています。感情や思考を整理するためには、デジタルツールが提供する効率性ではなく、アナログの手帳のようにゆっくりと没頭できる時間や手書きの行為そのものが必要とされているのでしょう。
自分の感情に向き合い、生活の中で重要なことを明確にし、自分だけの物語を形にすることで精神的な安定を手に入れたいと願っています。また、そうして記録をした 「自分の足跡」 を振り返りながら成長を実感し、前に進むための力を得たいとも考えています。さらに、手書きの行為そのものが、人にとって 「没頭する時間」 や 「心を落ち着けるプロセス」 として機能します。
このように生活者のジョブの背後には 「効率ではなく豊かさを求める」 という望みが潜んでいるのです。
ジョブを完了させるワーカーとなるアナログ手帳
アナログの紙の手帳は、デジタルの手帳やアプリでは達成できない次のような特性を持っているので、生活者のジョブである 「日々の感情や思考を整理し、自分自身を取り戻すこと」 を遂げるための理想的なワーカーとして機能します。
感情や記憶を紙に保存し、特別な存在として機能する手帳は、利用者にとって記録するツールを超えて、人生そのものを映し出す 「鏡」 のような存在です。
何年も手帳を使い続ける人は、手帳が自分の人生の一部となり、振り返った際にその瞬間の感覚が蘇り、そこに綴られた文字や思い出が 「自分自身を形作る要素」 だと感じることでしょう。
手書きをすることにより、思考が整理されるだけでなく、手触り感やインクの香りが感覚を刺激し、心を落ち着ける作用もあります。手書きをすることで励まされたような気持ちになり、前に向かって前進したいと思える力を与えてくれます。
書き留めた記録を振り返ることで、自分の進歩や努力を確認し、未来への自信を高める効果もあることでしょう。手帳に手書きで書いた内容は、未来の自分と過去の自分をつなぐ役割を果たします。まるで自己表現のキャンバスのようなものであり、成長を記録する場所でもあります。
デジタルとの違いが生む価値
デジタル手帳やアプリが効率性や利便性をもたらす一方で、アナログの紙の手帳は 「感情的な深み」 や 「触れることで実感する価値」 を提供しています。
ペンを走らせるときの摩擦感や紙の質感は、手書きでしか得られない独特の体験を生み出します。手帳をめくる行為自体が感覚的な喜びや充実感を生み、デジタルでは得られない没入感や親近感をもたらします。
アナログの手帳は、消費者に 「自分だけの特別な物語」 を紡ぐ手助けをするワーカーになることで、生活者の 「日々の感情や思考を整理し、自分自身を取り戻すこと」 というジョブを完了させているのです。
まとめ
今回は、紙のアナログの手帳を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 消費者は、① 自分だけの体験や記憶を物理的に残したい、② 感情を整理して気持ちを整えたい、③ 自己表現や成長を記録したいというニーズを持っている。アナログの紙の手帳はこれらを満たす存在として愛用されている
- デジタルツールが効率性を提供するのに対し、アナログ手帳は 「感情的な深み」 と 「触れることで実感する価値」 をもたらす
- 手帳に手書きをする行為が没頭感により精神的な余白を提供する。手帳は消費者の 「感情や思考を整理し、自分自身を取り戻す」 というジョブを完了させるワーカーとして機能する
マーケティングレターのご紹介
マーケティングのニュースレターを配信しています。
気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。
マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。
ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。
こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!