投稿日 2025/05/18

金麦の Spotify 音声広告 「待ち麦物語」 。"状況ターゲティング" で選ばれる存在になる方法

#マーケティング #状況ターゲティング #想起

ターゲット顧客層に向けて広告を打っても、なかなか響かない...。そんな悩みを抱えている企業は少なくないのではないでしょうか?

これまでの 「誰に」 という視点だけでは、効果的なマーケティングコミュニケーションは難しくなってきています。そこで注目したいのが 「状況ターゲティング」 という新しいアプローチです。

今回は、サントリーの金麦が実施した Spotify での音声広告キャンペーンから、状況ターゲティングの可能性と実践のヒントを探ってみましょう。

金麦の 「待ち麦物語」 


 「家でゆっくりくつろぎながら、晩酌を楽しむ」 。

サントリーの金麦は、そんな日常のリラックスタイムに寄り添うビール系飲料として、多くのファンを獲得してきました。金麦の課題感として、生活者が膨大な情報に接する中で、どのように金麦を消費者の印象に残ってもらえるかでした。

サントリーが着目したのが、音楽ストリーミングサービス Spotify での音声広告です (参考記事) 。リスナーが 「ながら聞き」 をしているときに自然に金麦の世界観が入り込むことによって、映像を見られない場面でもブランド想起を促すことを狙いました。

状況ターゲティング


金麦の事例は 「状況ターゲティング」 に学びが得られます。

なぜ 「人」 だけでなく 「状況」 を絞るのか

通常、ターゲット顧客設定は、年齢・性別・職業・趣味嗜好などのデモグラフィックやサイコグラフィックを切り口にします。しかし、多様化し細分化する消費行動の中ではこうした 「誰が」 だけではなく、「いつ・どんなシチュエーションを狙うのか」 を的確につかむことが大事になります。

ビール系飲料の場合、家で飲む晩酌のタイミングを狙ってマーケティングコミュニケーションを設計することで、その瞬間に消費者が自社商品のことを知ったり思い出し、「飲もうかな」 と思い立ち、手に取りやすくなることを狙います。

 「状況」 を捉えてのブランド想起化

人は毎日の習慣的な行動 (食事, 通勤, 就寝前の習慣など) を無意識的にもとっています。注力するお客さんの行動パターンの中で顧客接点を持てれば、自社ブランドのことを思い出してもらう確率を高められます。

サントリーの金麦の事例では、家に帰る途中での 「晩酌へと気分が高まる瞬間」 に狙いを定めました。この瞬間に金麦を思い出してもらうことを目指し 「帰宅 → 食事や入浴 → 晩酌」 という流れから逆算し、サントリーは帰宅途中に金麦をイメージできるように仕掛けたのです。

金麦の Spotify 音声広告


サントリーが見出したのは、仕事や外出を終えて家に帰る時間帯でした。 

捉えた瞬間

このシチュエーションでは、気持ちの解放感や、ほっとひと息つく気分になりやすい状況です。金麦からのコミュニケーションが入ることにより、晩酌のことを自然と考えることが期待できます。

帰宅中の、家に帰ってリラックスしたいという気持ちが無意識的にも高まるである状況をターゲティングし、Spotify の音声広告を展開しました。

帰宅シーンに最適したコミュニケーション

サントリーは、ターゲットとなる 「帰宅中に音楽を聴いている状況」 に合わせて、Spotify の音声広告を17時 ~ 24時に限定して配信しました。スクリーンを見ない移動時間やながら聞きの習慣に自然に溶け込むかたちでブランド想起を狙ったコミュニケーションです。

  • 移動中は手や目がふさがりがちであるため、音声を通じたアプローチがしやすい
  • 帰宅途中の徐々にリラックスに向かう心理状態から、そのまま晩酌への気持ちを後押しする


音声広告を使った 「待ち麦物語」 で状況とストーリーをつなげる


出典: MarkeZine

サントリーは 「待ち麦物語」 というテーマから、日替わりストーリーを合計15本用意しました。家で待っている金麦が帰宅してきた主人公に語り掛けるような設定です。

音声コンテンツは 「帰宅の電車の中」 などルーティンで聴かれることが多いため、毎日異なる場面を描くことで、シリーズ全体に対する愛着の醸成を図りました。

音声広告では金麦のビール系飲料本来の味や特徴を前面に押し出すよりも、帰宅後のひと息という 「そうなれる気持ち」 を強調しました。帰宅途中に音声広告からの物語を聴けば、「家に帰ったら金麦が待っている」 というイメージが具体的に浮かぶようなコミュニケーションです。より深い共感を得てもらい、「金麦で一息つきたい」 という気持ちを喚起することを狙いました。

状況を絞ったことで想起率や購買意向が高まる

では、Spotify の音声広告からの具体的な成果を見ていきましょう。

サントリーは 「待ち麦物語」 を配信した結果、次のように各種指標が伸びました (参考記事) 。

事前の想定に対しては、

  • 完全聴取数: 想定対比 102%
  • リーチ: 想定対比 144%
  • キャンペーンサイトへのクリック: 想定対比 231%


また、Spotify 広告の平均に対しては、

  • 広告認知リフト: Spotify 平均対比 +250%
  • 購買意向リフト: Spotify 平均対比 +20%


Spotify は、リーチ数は動画広告と比較するとやや少なくなるものの、広告認知率が高く、今回の金麦の事例は、Spotify の平均の広告認知リフトよりもさらに高かったのが特徴的です。

音声広告では映像を見ていないぶん、耳からの情報にじっくり浸れます。広告認知だけではなく購入意向にも効果があったのは、広告を耳にする 「状況」 と、商品を想起してほしい 「帰宅後の晩酌準備」 が結びついているからこそ得られた成果でしょう。

状況ターゲティングのメリットと活用ポイント


それでは、注力顧客の 「状況」 まで定める 「状況ターゲティング」 について、汎用化して整理してみます。

メリット

順に見ていくと、1つ目は 「想起タイミングの的確化」 にあります。

闇雲にコミュニケーションを図るのではなく、自社商品を必要とする文脈や場面という 「お客さんの状況」 をピンポイントで狙うため、購買意欲を高めやすいです。

また、「広告による押しつけ感の減らせること」 が2つ目です。

注力顧客に対して 「このシーンで飲んでみませんか?」 というシチュエーションで提案するストーリーになっているので、お客さんに自然に受け入れられてもらえることが期待できます。

他には、家に帰るときに音楽を聴いているという行動パターンで抽出することによって、属性情報によるマス広告では捉えきれない層に届くこともメリットになるでしょう。

活用ポイント

状況ターゲティングを有効に活用するポイントも整理しておきましょう。

  • ブランドが目指す "使用シーン" を明確化

    お客さんに 「どんなときに、どんな気持ちで商品を思い出してほしいか、使ってほしいか」 をはっきりさせる


  • 使用シーンの行動パターンや心理を把握

    定めたシーンを起点に理解を深める。例えば 「平日の夕方から深夜までの交通機関での帰宅時」 や 「自宅でリラックスしているとき」 などの具体的なシチュエーションにおいて、どんなメディアを見聴きするのか、どんな習慣的な行動をしているか、そのときの心理までを理解する


  • 「シチュエーション × ストーリー」 を用意

    商品スペックや機能の訴求ではなく、そのシーンや状況などの顧客文脈に合った物語で演出する


  • モーメント・クリエイティブ・メディアの三位一体設計

    コミュニケーションの設計として 「モーメント (状況) 」 × 「クリエイティブ」 × 「メディア」 の組合せで一貫性のあるものにする。金麦の事例では、帰宅時のながら聞きのときに (モーメント) 、待ち麦物語という音声ストーリー (クリエイティブ) 、Spotify (メディア) 


以上が、サントリー金麦の Spotify 音声広告を例にした 「状況ターゲティング」 の考え方と成功の秘訣です。

注力顧客をプロフィール情報だけではなく、いつ・どこで・どのような気分のときに商品を思い出してもらえるか、使ってほしいかという 「お客さんの状況」 を定めるアプローチが、商品の想起や購買意欲を高めるカギとなります。

まとめ


今回は、サントリーの金麦の Spotify の音声広告の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 状況ターゲティングは、顧客の年齢や性別といった属性情報だけでなく、「いつ・どこで・どんな気分のとき」 に商品を必要とするかという文脈に着目する。商品やサービスが思い出される・使われる具体的な場面や気分に沿った最適なアプローチを行う方法

  • 従来のマス広告では届かなかった潜在顧客層にもリーチできる。商品やサービスを必要とする瞬間に的確に訴求でき、顧客の自然な行動文脈に沿った提案となるため、広告の押しつけ感が少なく感じてもらえる

  • 状況ターゲティングの活用には、顧客の行動と心理を理解し、商品の価値が最大限発揮される使用シーンを明確にする

  • そのうえで、状況 (モーメント) 、物語 (クリエイティブ) 、媒体 (メディア) を三位一体で設計し、一貫性のある体験を提供する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。