投稿日 2025/05/10

クラシコムのインサイトの掘り下げ。「本質直観」 が拓く新しい顧客価値

#マーケティング #顧客理解 #本質直観

膨大なデータを集め、入念な市場調査を実施し、それでもなお 「本当にお客様が求めているものは何か」 という壁の前で立ち止まってしまう…。

その答えを求めるあまり、外部のデータばかりに目を向け、自分自身の内なる声に耳を傾けることを忘れてはいないでしょうか?

今回ご紹介する味の素とクラシコムな協業事例は、「本質直観」 によってビジネスの常識を "ひっくり返す" 可能性を秘めています。ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

味の素社とクラシコムの協働事例


ビジネスでは、一般的には 「顧客ニーズをいかに的確につかむか」 が重要です。

お客さんはどのようなニーズを持っているのか、顧客ニーズに応えるにはどんな商品がふさわしいのか――。その手がかりを得るために、企業は大規模な定量調査、インタビュー調査など、外部から情報収集に多くの労力を費やします。

今回ご紹介したい味の素社とクラシコム (EC サイト 「北欧、暮らしの道具店」 を運営) の協働事例は、その流れをひっくり返すような示唆を与えてくれます。

 「実際に協働を始めたところ、衝撃がたくさんあった」 と味の素社の岡本さんは語ります。例えば味の素社は歴史ある企業として、確立されたマーケティングフレームワークや商品開発プロセスを持っています。しかし、そのような既存の枠組みは、時として 「穴埋め問題」 のようになり、思考停止に陥るリスクがあったとのことです。

一方、クラシコムのプロセスは、味の素社の手法とは全く異なるものでした。最大の違いは、他者のインサイトを探るのではなく、自分自身のインサイトと向き合うというアプローチです。このアプローチの転換は、味の素社の担当者たちにとって考え方を 「ひっくり返す」 ような体験となりました。

クラシコムでは、これまで自社のお客さまを社員として採用してきた背景があります。そのため、社員自身の内面を掘り下げることがお客さまの理解に結びつくという確信が社内で共有されています。担当者自身の感想が、「あなたはターゲットではないから」 という理由で却下されることもありません。


クラシコムは、自社のお客さまに近い価値観や生活背景を持つ人材を採用し、社員一人ひとりが自らの内面を深く掘り下げることによって、お客さま像を理解しようとしています。

ここで注目したいのが、他者の声を媒介として顧客理解に至るよりも、「自分自身の感じ方、違和感、直観に焦点を当て、それをきっかけに掘り下げる」 という方法です。

このアプローチは 「本質直観」 という概念に通じます。

本質直観


本質直観とは、自分が何かを思ったことについて、その根拠や理由を自分自身に問い直す行為です。

直観について自らの内側に問い直す

本質直観は、直観的に感じたことの根っこにある答えを他者に頼るのではなく、なぜ生じたのかを自問するアプローチです。

本質直観の 「ちょっかん」 には直観という字が用いられていますが、日常的な言葉である直感 (instinct) ではなく、直観 (intuition) を使います。

本質直観は、自分の中で 「本質を捉えた」 と確信していることについて、それをゴールではなくむしろきっかけとなるスタートにして、その根拠を疑い、問い直していきます。自分の確信がどのようにして生まれ成り立っているのかを確認していく思考プロセスです。

ちなみに、本質直観と逆のやり方は、自分が思ったことが正しいかどうかを、他人も同じように思うかを確認することです。向く矢印の方向は他者です。これに対して本質直観では、自分が何かを思った直観について、そう思った理由や背景への掘り下げを、自分自身に対して行います。矢印は自分に向きます。

従来のアプローチと本質直観の違い

本質直観では自分が驚いたり違和感を感じたことに対して、その原因や意味を自分自身の中から答えを見出していきます。

  1. 自分の感情や違和感に注目する
  2.  「なぜそう感じるのか」 を自分自身に問い直す
  3. 自分への掘り下げから直観の先の洞察を得る


一方でビジネスの世界では、直観的な判断は 「あなたとお客さんは別の人である」 や 「その意見は感想であり主観にすぎない」 などと却下されやすい傾向があります。客観性やデータを重視する風潮では、個人の主観は議論や意思決定の材料になりにくいと考えられているからです。

クラシコムの本質直観

しかし、味の素とクラシコムの事例は、そのような固定観念へ一石を投じます。

特にクラシコムのアプローチは、社員自身がひとりの生活者として感じる違和感や欲求、不満や喜びに対し、なぜそのように思うのかを 「本質直観」 によって問い直し、より深くお客さんのものの見方や価値観、顧客体験に迫っていくというものです。

ここで大事なのは、自問自答を他者への説明責任のためというよりも、自分自身が腹落ちするために行う点です。

自分が感じたことを自分の内的な思考や考察から直観の根拠を探索する行為は、表面的なお客さんの声だけでは捉えきれない、本質的な欲求を引き出す可能性を秘めています。

本質直観を取り入れる意義


ビジネスの世界で本質直観を活用することは、単に思いつきの強化ではありません。

ひらめいた自分ならでは直観を入口にし、背後にある思考、価値観、生活やビジネス文脈を再点検し、新たな着想を生み出す手法です。

 「平均値」 からの脱却

従来はビジネスの現場では、顧客理解はもっぱら 「外部への調査」 によって行われてきました。

しかし、この手法は 「集計された平均像」 や 「特定条件下の回答」 に偏りがちです。平均化されたデータは、確かに安全策で間違いの少ない施策を導くことができますが、その一方で、お客さんの本音や潜在的欲求には行き着かず、型にはまった発想にとどまりやすくなります。

クラシコムが重視するように、自分自身の感覚を起点に 「なぜそう感じるのか?」 と問い続けることによって、平均の背後に隠れた多様性や、まだ顕在化されていない顧客文脈に迫ることができるのです。

他者確認型から自己探求型へ

本質直観のアプローチは、マーケター自身の成長を促します。

外部データだけに依存するだけでなく、自らの思考プロセスを解きほぐし、自分が持つバイアスや価値観を自覚することによって、柔軟で創造的な発想が可能になります。単なる技術のスキルや分析手法のアップデートとは異なる、思考そのものの質的転換です。

市場分析や顧客セグメントを語る以前に、「自分がこの商品やサービスをどう感じるのか?」 「心からほしいと思うか?」 という問いを突き詰めることで、商品開発やブランド戦略に新しい光が差し込むでしょう。

顧客理解について、他者確認型 (顧客調査によって他者も同じように感じるのか) から、「自分自身の直観への追求型」 という本質直観へのシフトは、マーケティングの可能性を拓く試みです。

本質直観を活用することによって、顧客理解をより深く、より本質的な領域へ進めることができるでしょう。そして、本質直観を活用して生まれる商品・サービスは、表面的なニーズへの充足だけではなく、人の心に自然と根付く価値を帯び始めます。

お客さんのことを 「分析対象」 として扱う従来型のアプローチから、お客さんを 「同じ世界を共有しているパートナー」 として捉える新しいマーケティング観の萌芽といえます。

本質直観から普遍性への洞察

もし 「こういう商品があったらいいな」 とふとあなたが思った時、通常なら 「それは少数派の意見では?」 、「データで裏付けられるニーズなのか?」 と訊き返されてしまうでしょう。

しかし本質直観を活用するなら、「なぜ自分はそのように思ったのか?」 や 「その気づきの裏には、囚われていた常識があるか?」 、「どんなライフスタイルや価値観があるのか?」 、「これは他の多くの人も潜在的に感じているが、まだ言語化されていない欲求ではないか?」 と自分の内面に踏み込んでいくことができます。

ここで大事なのは、本質直観からの自分の内側への掘り下げが 「自分勝手な主張」 ではなく、普遍的な顧客心理や価値観へ到達するための手がかりとして期待できることです。

というのは、ひとりの生活者としての感性や経験から生じる欲求や違和感は、特定の人だけのものではなく、普遍性を帯びやすいからです。むしろ、他人の声やデータを "外付け" で集めるより、自分の心の中に潜む気づきを丁寧に紐解く行為は、データの海に埋もれがちな 「本当に求められている価値」 を浮かび上がらせる可能性があります。

クラシコムが社員一人ひとりの内的な感覚を重視する狙いには、「自分自身が驚いたり、喜んだり、違和感をもったりすることこそが、顧客が抱える声なき声に近づくカギとなる」 という信念があるからでしょう。

お客さんは自分とは異なる 「他人」 ではあるものの、全くの別世界の住人ではありません。私たち自身が生活者として持っている欲求や理想、解決したい問題、その中には共通する種が潜んでいるはずです。

本質直観の意義

本質直観が導くマーケティングは、データ主導の時代にあってこそ意義を持ちます。

膨大な情報が溢れる中、私たちはしばしば 「正しさ」 「答え」 を外部に頼りがちです。しかし、正しさや価値は必ずしも外から与えられるものではありません。

自分の感じた違和感、共感、憧れといった感情の奥にこそ、入口となる直観をきっかけに自分自身の内側に向けて問うことで、新たな洞察が得られるのです。

まとめ


今回は、味の素とクラシコムの協業事例を取り上げ、「本質直感」 をキーワードに学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

✓ 本質直観
  • 本質直観とは、自分が何かを思ったことについて、その根拠や理由を他者ではなく自分自身に問い直す行為
  • 自分の中で 「本質を捉えた」 と確信したときに、それをゴールではなくきっかけにすることで、その根拠を疑い、問い直していく

✓ 本質直観を取り入れる意義
  • 平均値から脱却でき、本質に迫れる
  • 他者確認型から自己探求型への転換により新たなアイデアにつながる
  •  「自分がなぜそう感じたか」 を突き詰めることにより、個人の直観が普遍的な顧客欲求に転化でき、本当の価値を浮かび上がらせる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。