投稿日 2025/05/12

赤字から V 字回復。パリミキに学ぶ NPS を活用した CX 改革

#マーケティング #顧客体験 #NPS

 「あなたは、この商品またはサービスを親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」 

これは、NPS (ネットプロモータースコア) をアンケートで訊くための質問です。

多くの場合、NPS はスコアを算出しても、「改善の仕方がわからない」 「ビジネスでの成果と結びつかない」 といった声が挙がりがちです。そんな中、メガネチェーン大手のパリミキは、NPS を全社的に導入し見事に V 字回復を果たしました。

今回は、パリミキの事例から NPS を活用した顧客体験を向上させるヒントを探ります。ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

NPS


顧客体験 (Custoer Experiment) を定量的な指標のひとつが 「NPS (ネット・プロモーター・スコア) 」 です。

NPS とは



NPS は、お客さんが商品やサービスを 「知人・友人や家族にどれほど勧めたいか」 を 0 から 10 までの11段階で回答してもらいます。推奨者 (9, 10点) 、中立者 (7, 8点) 、批判者 (0 ~ 6点) の3つの区分で分類し、推奨者の割合の値から批判者割合を引いた数字が NPS のスコアです (中立者の値は使わない) 。

たとえば、推薦者が 20% 、批判者が 15% なら、NPS は 5 (= 20 - 15) となります。

NPS は、お客さんが本心から推薦したいと思うかどうかで顧客ロイヤルティを測る指標です。

NPS の難しさ

NPS はシンプルな構造ですが、実際にビジネスで NPS を日々の事業運営へと組み込み、継続的な改善アクションへと昇華するのは難しいと感じる方も多いのではないでしょうか。

その要因のひとつに 「日本人は中間回答を好む傾向がある」 と言われることが挙げられます。NPS は推奨度合いを11段階で訊きますが、5, 6点あたりの真ん中の点数を付けた人は、NPS では 「批判者」 とみなされます。中立者は7点と8点なので、10点中8点の通常ならば高得点を得ても 「推奨者」 にはならないわけです。

ここに 「日本人は中間的な回答をしがち」 という傾向がかけあわさると、NPS のスコアは推奨者より批判者の多い状態であるマイナスの点数となってしまいます。たとえマイナススコアになったとしても、継続的にスコアを経年比較をして相対的に見ることが NPS の本来の使い方ですが、一度のマイナス結果だけが独り歩きし、NPS を敬遠したくなるという心理や状態になってしまうわけです。

パリミキの CX 改革


出典: パリミキ

そんな中で、今回取り上げたいパリミキの事例は示唆に富みます。

メガネ販売チェーンの老舗であるパリミキは、かつて1200店舗以上を展開していた全盛期から店舗数は半減し、一時は赤字転落まで追い込まれました (参考記事) 。背景には 「売上至上主義」 に陥りがちだった体質があり、結果として顧客目線を見失っていたとのことです。

パリミキは自社の企業文化を根本から見直し、NPS を起点とした顧客体験 (CX) 改善を目指しました。

結果から先に言うと、「お客さんが他者に薦めたいほど満足できる店舗体験」 を追求し、NPS を有効に活用することによって、業績を V 字回復させました。

では時計の針を戻して順番に背景から見ていきましょう。

パリミキの苦境

パリミキの改革は、2023年4月に社長に就任した恒吉 (つねよし) 裕司氏による 「NPS を基本指標に据えた CX 重視経営」 を中核に据えました。

もともとパリミキは 「第一にお客様とその未来のために」 という理念を持ち、コンサルティング販売、具体的には、眼鏡をかける人の視力や希望する見え方にあわせて、ベストな度数やレンズ、用途にあわせたフレームを店舗スタッフと相談のうえで決めていく販売アプローチを強みとしていました。

しかし、上場後や競争激化の中で数字優先の姿勢が次第に強まり、顧客視点が軽視される流れが加速し、その結果、店舗数規模が全盛期から半減し、一時は赤字にまで陥ってしまったのです。

NPS を取り入れた事業運営

パリミキは原点回帰を目指しました。

具体的には、次のようなプロセスから NPS を取り入れた事業運営からの顧客体験の改善です。

■ NPS を KPI として指標化

NPS を店舗ごとの重要指標 (KPI) として設定しました。

売上ではなく、NPS を最重要の指標と明確化し、店長やスタッフが 「まず NPS を上げよう」 と考える土壌をつくりました。

加えて、経営トップが明示的に 「売上の優先順位を下げる」 と発言し、実際の目標管理にも反映させたことで 「会社として本気で CX 改善に取り組む」 というメッセージを現場に示したのです。

■ 新部署の設置

パリミキは NPS の定着を支援するため専門組織である 「顧客満足推進部」 を新設しました。NPS のアンケート設計、店舗からのフィードバック収集、データ分析、改善策の横展開まで、一元的にサポートする体制を整えたのです。

組織変更によって、NPS 導入は局所的で一過性の施策で終わらず、継続的な取り組みとして進められました。

■ 回収率向上から始める

NPS を全社をあげて積極的に導入する一方で、いきなり NPS のスコアそのものの向上を追わなかったことは示唆的です。

まずは NPS のアンケート回答数を増やすことに注力しました。店舗の販売員が来店客にアンケートへの協力を呼びかけ、リアルな顧客の声を収集。その際に、良い評価だけでなく厳しい評価も大歓迎という姿勢で臨み、顧客体験の実態を正しく把握できる環境をつくりました。

■ 顧客データとの突き合わせ

パリミキは NPS のデータを顧客の再来店率や購買履歴と照合し、NPS との関係性を探りました。

NPS が高い店舗ほどお客さんが再来店し、また紹介客を呼び込みやすいことがわかりました。これにより、NPS を向上させることがいかにビジネスの成果につながるかを社内に示したのです。

■ 基本行動の徹底による改善

NPS 低迷店舗の課題を分析すると、挨拶不足や店内清掃の不備、従業員が手元の業務用スマートフォンの操作をしていることで接客対応がおろそかになるなど、基礎的な接客品質に問題があることが判明しました。

そこで、基本動作を 「パリミキ基準」 として再定義し、現場に浸透させることで CX 全体の底上げを目指しました。小手先のキャンペーンや値下げではなく、お客さんがまた来たいと思う 「当たり前の接客」 を一から見直したわけです。

こうした一連の取り組みにより、パリミキは NPS 改善から再来店率と紹介率が高まり、そして売上増加につなげる好循環を生み出しました。

NPS を起点とした売上増加へのロジック

ここまで見てきたパリミキの事例では、NPS を全社的に導入したことにより売上の伸ばすというロジックが見て取れます。

  1. アンケート回収率向上

    まずはお客さんの NPS を十分なサンプルサイズで集めることで、現状を正しく把握する。パリミキは、スタッフが積極的に回答を促す仕組みを作った。良い意見も悪い意見も集まるようにすれば、実態が浮かび上がる


  2. 顧客満足度ドライバーへの注力

    回収データから、NPS を左右する要因 (顧客満足度へのドライバー) を洗い出す。パリミキの場合、出迎えや挨拶、清潔感など、顧客接点の質がドライバーだったことが判明した


  3. NPS の向上

    顧客満足度へのドライバーを改善すれば、NPS が向上するという認識をそろえ、接客品質を改善する行動に注力する。そして NPS が上がるということは、お客さんが 「パリミキの眼鏡やお店を他人に勧めてもいい」 という状態に近づいているわけで、顧客体験の向上を意味する


  4. 再来店率の上昇

    NPS が高い店舗は顧客ロイヤルティが上がり、自然と 「また来よう」 という気持ちから再来店率が上昇した


  5. 紹介率の向上

    推奨したくなるほど満足しているお客さんは、パリミキのことを家族や友人へと伝える。結果、紹介経由の来店客が増加。お客さんはファンとなってお店に新しいお客さんを呼び込む役割を果たしてくれる


  6. 売上の増加

    顧客体験の改善、再来店率と紹介率の向上は、売上拡大へとつながる。NPS を軸にした顧客体験を良くする一連の取り組みにより、カンフル剤のような短期的な値引きなどよりも持続的なビジネス成長を見込める


パリミキは NPS を現場への丸投げ、やりっぱなしにすることなく、継続的な経営戦略の一部として機能させたのです。

汎用化できる学び


今回のパリミキの事例からは、NPS という目標指標を継続的な顧客体験 (CX) への改善サイクルに組み込み、事業全体の起点として機能させるための秘訣が浮かび上がってきます。

パリミキの場合、NPS を主導する新組織の整備によって NPS 改善を全社で推進できる下地をつくりました。その背景には顧客視点になり、 NPS を中長期的な成長戦略の根幹と捉える考え方がありました。

最後のパートでは、パリミキの事例から汎用的な学びを掘り下げます。

顧客体験の目指す基準を 「他者に薦めてもらえるレベル」 と定義した

一般的に企業では、売上や利益の数値が目標として掲げれ、顧客満足や顧客体験は 「付随的な要素」 になりがちです。

一方でパリミキは店舗の顧客体験を良くするという顧客起点になることを決め、その目標水準を NPS からの店舗評価を最優先 KPI と位置づけました。他方で売上指標の優先順位を意図的に下げました。この決断によって、顧客ロイヤルティを高めることを目指すスタンスを明確にし、収益への転化は後から付いてくるとしたのです。

お客さんが他者に薦めたいと思う度合いである NPS は、顧客体験の良さを示すロイヤルティ指標であり、将来のリピートや紹介、ブランド支持につながる予兆でもあります。

NPS を用いて目指す顧客体験のゴールイメージを全社でそろえることにより、NPS の底上げに成功すれば、顧客拡大や持続的な売上増加が期待できるというロジックです。

トップが方向性を示し、現場に 「なぜ NPS なのか」 を腹落ちさせる

パリミキでは、社長自らが 「売上優先順位を下げる」 というメッセージを打ち出しました。NPS 向上を経営戦略の中心に据え、なぜ将来の企業成長にとって不可欠なのかを全社員に繰り返し説明しています。

このようなトップダウンの明確な方針と現場への丁寧な働きかけが、長年染みついてしまっていた売上至上主義の企業カルチャーを変え、スタッフ全員が顧客体験をより良くするための行動をとる素地を生みました。

一般化すれば、NPS 改善を成功させるには、現場だけではなく経営層が NPS の意義を自社のビジョンと結びつけて示すことが欠かせません。

また、トップダウンの方針だけでなく、現場スタッフが 「NPS に注力する意味」 を理解し納得し、日々の行動に活かせるよう仕組みにすることも大事です。こうした全社的な合意形成こそが、NPS を組織の意思決定や行動変容を支える実質的な舵取りツールへと押し上げます。

データから NPS 改善とビジネス成果示す

パリミキは、顧客データや購買履歴との突合・分析を行うことで、NPS と実際の再来店率や紹介率、ひいては売上との関連を示しました。社内での NPS への納得感を生み、現場スタッフが 「NPS を向上させると、本当に自分たちの店舗はより良くなり、結果として売上が上がる」 というロジックを実感できたのです。

NPS を効果的に活用するには、NPS スコアを顧客行動データ、リピート購入率などの結果指標と関連付けることにより、NPS への意味が伝わり信頼が得られるでしょう。NPS 単体を点として見るのではなく、NPS が上がるとどの程度リピートが増え、平均購買金額がどう変化し、また既存顧客が新規顧客を連れてきてくれるという客数増などの成果があるのかをデータで示すことが有効です。

数字での証明があるほど、NPS 改善に向けた投資や業務改善は社内で支持されやすくなります。

改善領域を特定し、基本的な顧客接点から着手する

パリミキの事例では、NPS が低い店舗の課題は、挨拶が十分ではない、店員がスマートフォンを見て顧客対応が後回しにされ、店舗の清潔感不足など、基本的な接客対応の質に起因していたことがわかりました。

お客さんが友人や知人、家族に薦めたくなるお店とは、決して特別な演出や豪華な店舗設計だからというわけではありません。むしろ常日頃の接客態度に好感が持て気軽に来店できる買いもの体験こそが、顧客ロイヤルティを築く基盤となるわけです。

パリミキはそのためのはじめの一歩として、NPS アンケートの回収にまずは力を入れました。

一番最初にやることとなる "センターピン" を明確にするという学びは汎用性が高く、業種を問わず転用できます。

NPS 改善に取り組む際は、お客さんが求める 「基本的な満足 (顧客満足度へのドライバー) 」 を明確にすることが大切です。例えば、出迎えや気持ちよい挨拶、スタッフの親切心、商品のわかりやすい説明、清潔な環境など、シンプルな顧客体験価値を改善することが、NPS を上げる近道です。

組織横断で NPS 改善を推進できる体制づくり

パリミキは 「顧客満足推進部」 という新しい部署を設置し、NPS を使ったデータ分析や店舗支援を横断的に行える体制を整えました。NPS 改善を属人的な取り組みに委ねず、組織での仕組み化まで力を入れたわけです。

他の企業がこの点を参考にするならば、NPS や顧客体験の向上のためには、社内でリーダー役を決め、裁量を高めることが大事です。

必ずしも専任部署を新設する必要はありませんが、マーケティング、カスタマーサクセス、店舗運営、商品開発、カスタマーサポートなどの部門を横断することにより、NPS 改善施策をつなぐことができます。逆に言えば、全社的な取り組みが伴わなければ、NPS の改善は成果につながりにくいでしょう。

顧客ロイヤリティを土台にした好循環モデルの実現

NPS だけではなく、連動する各目標指標を置くことによって、顧客ロイヤルティの向上による好循環モデルが構築できます。

パリミキは、NPS のスコア上位の店舗で、実際にお客さんが他者に薦めた紹介率が上がり、お客さんがお客さんを呼ぶ流れを生み出しました。

企業が今後目指すべきは、ファンのようになってくれるお客さんをひとりでも増やし、新規のお客さんを連れてきてくれる循環を意図的につくり出すことです。

顧客体験の改善という地道な取り組みを続けることで実現するわけですが、NPS を中心に PDCA を回しながら取り組みを積み重ねれば、安定した事業が醸成されるでしょう。

* * *

以上の学びを踏まえれば、NPS 導入は顧客体験改善のための継続的な組織変革プロセスへと昇華させることが重要です。

お客さんの立場に立った思考・行動を続け、NPS を通じて成果を確認し、また改善する。この継続サイクルが、やがては顧客基盤の拡大とブランド価値の向上をもたらし、持続的な事業成長への道を拓くことになるのです。

まとめ


今回は、眼鏡のパリミキの NPS による顧客体験向上への全社的な取り組みから、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • パリミキは、売上より顧客ロイヤルティを重視する方針を明確化し、NPS (ネットプロモータースコア) の導入により、長年続いた売上至上主義を転換。施策を実行できるよう部署横断の連携体制や NPS の専任部署を整備した

  • 経営トップ自らが NPS を重視する姿勢を示し NPS を最優先の指標とした。なぜ顧客体験の向上が重要なのかを全社員に説明し、顧客満足度の向上が長期的な売上増加につながるロジックを社内に共有した

  • パリミキは、特別な施策や派手な取り組みよりも、店頭でのお客さんへの挨拶、店内の清潔さ、丁寧な接客対応といった基本的な顧客接点の質を向上させることで NPS を改善させた

  • NPS を中心に PDCA を回し、当たり前の接客品質を全店舗で底上げしていくことによって、自然と紹介率や再来店率が高まり、持続的な事業成長を実現している


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。