#マーケティング #顧客文脈 #価値創出
お客さんが本当に求めているものを、把握できているでしょうか?
商品やサービスを企画するとき、つい 「こうすれば売れるはず」 と売り手である自分たちの仮説を優先してしまいがちです。もし、お客さんが実際に何を必要としているのかを見誤ると、期待した結果を得られません。
今回は、カシオが開発したサウナ専用腕時計 「サ時計」 の事例から、顧客目線に立った製品開発とマーケティングの秘訣を紐解きます。ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
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カシオのサウナ専用 「サ時計」
サウナの12分計を腕時計化
多くのサウナ室には12分計 (サウナタイマー) が壁に設置されています。
12分計は赤い針と黒い針があり、赤い針は1分間で1周します。黒い針は1周するのに12分かかります。一般的に、サウナ室には5分から12分、水風呂に1, 2分程度が目安とされ、12分計はサウナでの時間管理に便利です。
カシオのサ時計は、この12分計を腕時計の形で実現しました。
盤面のモードを切り替えると、短針 (秒針) と長針 (分針) が連動して、12分で一周するサウナタイマーモードになります。通常の時計モード (60分で一周) とワンプッシュで行き来できるため、サウナの利用時に 「今、何分たったか」 を手元で現在時刻を確認することも簡単にできます。
サウナ室の高温環境に耐えられる設計
サ時計が単なる "かっこいい" や "新しいだけ" の時計で終わっていない大きなポイントは、100度以下での高温のサウナ室において、腕につけたまま耐えられる耐熱性と耐湿性を備えている点です。
サウナ室特有の高温多湿な環境は、通常の防水腕時計でも壊れる可能性があります。しかし、サ時計では、透湿性の低い樹脂製のケースや耐熱電池が採用されています。カシオは過酷な状況でテストも実施し、サウナ室の中でも壊れることなく時間を測れる時計を生み出しました。
視認性重視のアナログ表示とカールバンド
カシオというとデジタル表示の腕時計のイメージが強いかもしれませんが、カシオはサウナの薄暗い室内を考慮した結果、サ時計では視認性の高いアナログ表示にしました。針が見やすく、大きめの文字盤と大きな操作ボタンが特徴です。
また、バンド部分にはサウナロッカーの鍵などでおなじみの、伸び縮みするカールバンドを利用しています。サウナ室内で多少動いてもずれにくく、取り外しの煩わしさもないデザインです。
クラウドファンディングでわずか9分で完売
カシオのサ時計は、2024年12月2日にクラウドファンディングのマクアケでテスト販売がされました (マクアケのサイトはこちら) 。
マクアケでは、3モデルの合計2300本が用意され、カシオオリジナルモデルとして色がブラックとオレンジが各1000本、そしてサウナ検索サイト 「サウナイキタイ」 とコラボした300本の特別モデルという三種類です。
クラウドファンディングでの販売開始から、わずか9分で完売という大盛況でした。サウナ好きの人たちがいかにサウナ中に自分のペースで時間を計れ、見やすく耐久性のある腕時計を待ち望んでいたかが証明される形となりました。
サ時計に学べること
では、ここからの後半のパートでは、カシオのサ時計がなぜこれほど短時間で完売するほどの人気を博したのかについて、マーケティングの視点で紐解いていきます。
「誰が」 の明確化
サ時計では、注力する顧客層が明確です。
カシオの調査によると、20代を中心に、若年層のサウナーが増えていることがわかりました (参考記事) 。
日々のストレス解消や、サウナ特有のととのう感覚を得るためにサウナに通う人々が多いなかで、サ時計は、特に月に1回以上サウナを訪れるような熱心なサウナーを注力顧客にしています。サウナ通いが生活の一部になっている若者が増えているという、確かな市場背景がありました。
どういう状況で使うか
サウナは高温多湿で、服装もほぼ裸に近いという独特の環境です。そこで大切になるのが 「サウナ室でも壊れず、邪魔にならない時計を使いたい」 という注力顧客のサウナを利用するときの 「状況の把握」 でした。
具体的には、単に高い防水性能があればいいというだけではなく、100度近い温度と高い湿度が混在するサウナ特有の条件下です。これを想定して設計しなければいけません。また、薄暗い中で時間を確認しやすいかどうか、汗や水風呂で濡れても問題ないか、といった細やかな注力顧客のサウナでの状況や利用シーンまでの考慮が大事です。
これらの 「誰が、いつ、どこで、どう使うのか」 を徹底的に洗い出し、カシオは実際にサウナ施設でサウナ愛好家の人たちにヒアリングを重ねたからこそ、サウナ室での使用を想定してのアナログ文字盤や、伸び縮みするカールバンドといったデザインを取り入れることができたわけです。
何のために使うのか
サウナは、熱い部屋で汗を流すだけの場所ではありません。利用の流れとして 「サウナ室 → 水風呂 → 外気浴」 を、ときには何回も繰り返し、ととのう感覚を味わうために滞在時間を細かく管理する人が多いです。
のぼせたり冷やしすぎたりしないようにするため、自分の体質や体調に合わせて適切な時間を計ることが大切になります。
その際に重要なのは 「サウナ室に入って何分経過しているか」 や 「水風呂に何分入っているか」 を知ることです。壁掛けのサウナタイマーが見えづらい位置にあったり、自分の座る場所から死角になってしまうケースも少なくありません。体調管理がしにくくなり、サウナでのリラックス体験を損なう可能性があります。
カシオのサ時計はパーソナルタイマーとして腕に着けられ、見やすいアナログ表示で残り時間を手元でパッと確認できるなど、サウナ中の何のために時計を使うのかに合った設計がなされています。
お客さんからの 「これが欲しかった!」 という存在になれるのは、なぜその商品やサービスを必要としているのか、実在する具体的な動機をしっかり掴んでいるからこそです。
未充足ニーズを見極め、新たな価値を創出する
既存の商品やサービスでも、もちろん時計の機能はあり、防水性能をうたった腕時計もたくさんあります。しかし、サウナのときに使うというなニーズは、これまで十分に満たされていませんでした。
防水時計はある程度の耐水性能はあっても、高温で多湿な環境に対応できるかどうかは未知数です。さらに、12分計という仕様を腕時計の形で体現した製品は例がありません。高温多湿のサウナ室に強く、12分計で時間管理がしやすいという要素は、サウナーにとっての未充足ニーズでした。
カシオはここをしっかり捉えたことにより、他にはないサ時計によってサウナでの新しい顧客価値を生み出し、カシオのサ時計がほしい思われる商品になったのです。何の変哲もない耐熱時計ではなく、サウナでのととのう体験のサポートをするサウナ専門の腕時計が、大きく支持を集めた理由です。
マーケティング視点での開発プロセス
サ時計の開発には、カシオ内で新規事業を生み出すためのプログラム 「IBP (Idea Booster Program) 」 が関わっています。
カシオは、これまでのように半導体の進化や技術力に合わせて製品をつくるだけでは差異化が難しくなってきたという問題意識から、社内の技術者や社員が消費者が本当に必要としているものを見つけ、提案できる環境を整えました。
IBP というプログラムによって、 サウナタイマーを腕時計化するという着想を得た社員たちは、実際にサウナ施設を訪れて利用者やオーナーにヒアリングを実施しました。見えてきたのは、多機能すぎる時計はかえって邪魔になり、リラックスできる時間を損ねかねないというリアルな声です。ニーズとして確認できたのは、高い温度と湿度への耐久性、シンプルな時間管理、アナログ表示の視認性への需要でした。
リアルなサウナーの人たちへの聞き取りや観察をベースに、プロトタイプでテストを行い、クラウドファンディングで最終的な市場の反応を確かめた結果が、わずか9分での完売という成果につながりました。
以上のように、カシオが開発したサ時計は、注力顧客を明確にし徹底したユーザー目線と、既存製品にはない新たな付加価値を生み出した事例です。
サウナのようなニッチにも見える領域でも、実際には強いニーズが眠っていて、そのニーズに特化することで選ばれる存在になれることを証明しました。その裏には、「誰が」 「いつ・どこで (状況) 」 、「何のためにどう使うのか」 という利用シーンの洗い出しと、既存の商品やサービスではまだ満たせていない未充足ニーズの発掘がありました。
こうしたマーケティング視点は、腕時計のビジネスに限らず、あらゆる製品・サービスの新規開発においても欠かせないアプローチです。
まとめ
今回は、カシオのサウナ専用腕時計の 「サ時計」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 注力顧客という 「顧客は誰か」 を明確にする。実際のユーザー調査にもとづく確かな市場把握が大事
- 利用シーンの深掘り。「いつ・どこで・どのような場面で」 の状況を掘り下げ、そのシーンで生じるニーズの顧客文脈まで理解する
- 未充足ニーズの発掘。既存の商品やサービスでは満たされていないニーズを見つけ、それに応える新しい価値を提供する
- 顧客目線での開発。現場でのヒアリングや実証テストにより実在するユーザーからのリアルな声を集める。製品化前にクラウドファンディングなどで市場や顧客の反応を検証するのも有効
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