#マーケティング #ブランディング #ゲーミフィケーション
指定された範囲で電柱を撮影するだけでお金が稼げるゲーム。東京電力グループが仕掛けた 「電柱撮影ゲーム」 が、新しいマーケティングの可能性を示しています。
背景にあるアプローチを掘り下げると、他の業界にも応用できるビジネスのヒントが見えてきます。
ゲーミフィケーションを取り入れ、社会貢献と地域活性化までをも実現した取り組みから、ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
東電の 「インフラ × Web3 ゲーム」
ここ数年、ブロックチェーンや Web3 といった分野が注目を集める中、新しい技術が消費者参加型ビジネスやエンターテインメント領域と結びつく動きが見られます。
その中でも、東京電力グループ傘下の送配電事業を行う東京電力パワーグリッド (東電 PG) と、ブロックチェーンゲームの Web3 ゲームを手掛けるスタートアップの Digital Entertainment Asset (DEA) との取り組みは、興味深い事例です。
インフラ保守の課題と新たなアプローチ
東電 PG は、首都圏を中心に約600万本もの電柱を保有し管理する送配電事業者です。
運用コストは大きく、年間20 ~ 30億円規模の外部委託費用を点検業務に投じています。通常、電柱点検は5年に1度程度の頻度で行われるもの、老朽化、他には鳥の巣や植物のツタなどによるトラブルをリアルタイムで把握するのは困難でした。
こうしたインフラ保守の課題は、労働力不足やコスト高の観点から、今後はますます深刻化することが予想されます。
Web3 ゲーム 「ピクトレ」 がもたらす新しい解決策
そのような中で東電 PG が DEA とタッグを組み開発したのが、「ピクトレ ~ ぼくとわたしの電柱合戦 ~」 という Web3 ゲームです。電柱や電気設備をスマホで撮影することでコイン (報酬) が得られるというユニークなゲームです。
ピクトレのプレイヤーは 「ボルト」 「アンペア」 「ワット」 の3チームに分かれ、対象エリア内の電柱を撮影して 「陣地」 を取り合い、貢献度に応じて報酬コインを獲得できます。
報酬が生むモチベーションとコミュニティ
ピクトレで報酬として得たコインは Amazon ギフト券や独自の暗号資産 (DEP) と交換ができ、実質的に 「ゲームをプレイすること = お金を稼ぐこと」 になっています。
2024年に群馬県前橋市で実施された実証試験では、1本の電柱撮影で約30円相当の報酬が得られ、2万本近い電柱が短期間のうちにプレイヤーから次々に撮影されました。中には、数十万円相当を稼ぎだした猛者もいたとのことです (参考記事) 。
その後、東京の千代田区・港区・中央区で、さらには秋田県でも展開されました。秋田のシーズンでは1電柱あたり200円相当という高額設定です。
単純なコスト面から見ても、東電 PG がこれまでかけていた点検コストの一部をゲーム参加者への報酬に転換し、リアルタイムでのインフラ監視へとつなげられる可能性は魅力です。
地域活性化やブランディングへの波及効果
ピクトレの試みは、電柱撮影ゲームにとどまりません。撮影画像は、災害時や停電時の原因把握、事故後の電柱確認など、従来は人手をかけて行っていた点検作業の一部をアウトソースする役割を果たします。
また、ユーザー同士が SNS を通じて情報交換をしたり、遠い現地まで遠征してまで撮影を行う事例も報告されています。こうしたプレイヤーコミュニティの存在は、観光振興や地域経済の観点からも影響を生み出しているわけです。
これまで、電力というインフラサービスは生活の土台にありながら、東京電力のような電力会社は消費者との積極的な接点を持ちにくい状況にありました。電気は社会的必需品であるがゆえに、その存在は電気があることが当たり前と捉えられやすく、消費者が電力会社に対して、愛着や親近感を感じる場面は多くありません。
一方で今回のピクトレというインフラゲームの事例では、報酬付きのゲームというわかりやすいモチベーションを活かして、ユーザーが主体的に自ら進んで参加する新たな顧客接点として機能します。
マーケティングへの示唆
では今回のピクトレの事例から、マーケティングの観点で学べることを掘り下げていきましょう。
日常的価値からブランドエンゲージメントへの昇華
ピクトレの事例は、マーケティング領域においても示唆を与えてくれます。
社会インフラは、生活者が日常的に利用していながら、普段ほとんど意識されない存在です。電気や水道、ガスなどは、止まってしまうなどのよほどのトラブルでもない限り、普通に消費されています。
インフラ企業は生活に溶け込みすぎており、ブランドとして差異化しづらいという状態です。当たり前過ぎる存在であるがゆえに、顧客接点は希薄で、ブランド好意度を高めるチャンスを持てずにいたわけです。
しかし、今回の事例では電柱をゲームのターゲットにすることで、意識されない必需品を 「積極的に関わりたい対象」 へと変換します。ユーザーはゲームによって、日常では見過ごしていた電柱や電線に意識を向けるようになり、その結果、東電という企業や事業活動に対して、消費者は初めて能動的な関心を寄せることになるでしょう。
楽しさと社会貢献が融合する顧客体験
マーケティング的に注目したいポイントは 「日常の当たり前」 を顧客体験へと転換させた点です。
普段気にも留めないインフラ設備が報酬が稼げるゲームとなり、社会貢献に参加していることが実感できるものになるわけです。ゲームを通じてブランドと結びつくことにより、ユーザー体験そのものがブランドエンゲージメントの土壌になります。
ここでは 「楽しさ」 と 「社会貢献」 という二軸が組み合わさっています。ただおもしろいゲームをやるだけではなく、撮影データがインフラ点検に役立ち、災害時の対応や事故確認を容易にします。自分の行為が社会の役に立っているという充足感を得られるところに、他にはない顧客体験価値があります。
エコシステム創造型マーケティングへの拡張
ピクトレの今回の取り組みは、地域経済や観光への貢献をし、社会的に活性化させる可能性を秘めています。
例えば前橋市で行われた実証テストでは、参加したユーザーが東京からバスツアーを組んで現地に赴き、宿泊や飲食を楽しむケースが見られました。地域には新たな消費が生まれ、コミュニティの交流が促進されたということです。
Web3 ゲームが自社ブランドの周知を超え、インフラ維持、地域振興、観光誘致など多面的な価値創出につながっています。企業や自治体、ユーザーが多方面で Win-Win を構築する新たなビジネスモデルとなり得ます。
コモディティ市場での差別化とロイヤルティ獲得
他との差異化が難しいコモディティ領域において、ユーザー参加型かつ社会貢献的なブランド体験は、ブランドへのロイヤルティを高める武器になります。
電力自由化などで消費者の電力サービス提供者への選択肢が増えた中、なぜ東電を選ぶのかという問いに対して、ゲームを介して社会をより良くする共創体験を提供できることは、差異化要因となるでしょう。
エンタメ性、社会性、地域性という複数の観点でブランド価値を再定義することで、顧客生涯価値 (LTV) の向上にも貢献します。
東電 PG の事例は 「いかに顧客接点をつくり、ブランド価値を再定義するか」 というマーケティング上の課題に対する、ゲーミフィケーションによるユニークなひとつの回答を示しています。
まとめ
今回は、東京電力パワーグリッドと、Digital Entertainment Asset のインフラゲーム 「ピクトレ」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 電気のような当たり前すぎて意識されない商材でも、ゲーミフィケーションによって能動的な関与を引き出すことができる
- 楽しさと社会貢献が融合する顧客体験は、ユーザーが自身の行為に意義を感じながらエンタメを享受できる仕組みになる
- 地域や観光要素を入れるエコシステムの創造によって、企業の取り組みが宣伝にとどまらず、地域経済やコミュニティとの双方向的な関係を育む
- 価格以外の差別化が難しい市場において、独自の顧客体験をもたらすことによって顧客価値を生み出せる
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