投稿日 2025/05/30

サッポロビールの黒ラベルに学ぶブランディングの秘訣

#マーケティング #ブランディング #顧客体験

サッポロビールの 「黒ラベル」 は、若者のビール離れが言われる中で、売上を伸ばしているブランドです。

背景には、従来の 「ビール = 安さや量」 を軸とする訴求とは異なる、黒ラベルの独自の価値観と体験を重視した長期的なブランディング戦略があります。

今回は、ブランディングをテーマに、サッポロビールの黒ラベルがいかにして消費者の心をつかむブランドになったのか、その過程を紐解き、マーケティングへの学びを見ていきましょう。

ブランドとブランディング


黒ラベルの詳しい事例の中身に入る前に、ブランドとブランディングについて整理をしておきましょう。

ブランドとは

ブランドとは 「お客さんからの好ましい感情が伴った商品やサービス、あるいは企業」 のことです。

好ましい感情には、好き、満足、共感、誇り、憧れ、応援したい気持ちなどが含まれます。深く根付いていればいるほど、商品やサービスは強いブランドになります。

サッポロビールの黒ラベルもまた、好ましい感情を醸成することに成功し、今では 「ビールをわかっている大人が飲むビール」 や 「憧れの象徴」 といったイメージを消費者に抱かせるブランドです。

ブランドは、独自の価値観やイメージ、ストーリー、体験の総体として、お客さんの頭や心の中に形成されます。ブランドが持つ 「特有のらしさ」 は、理念や価値観、品質、そして感情的な結びつきなど、総合的な要素で形作られます。

ブランディングとは

ブランディングとは、お客さんが商品やサービスに感じた価値を思い出したり、忘れないようにするための活動です。

黒ラベルでいえば、何よりも実際に飲んでもらい、黒ラベルの見た目や味、醸し出す雰囲気、ビールを注いで飲むなどの体験によって価値を感じてもらった後で、顧客価値を継続して想起さしてもらえるよう取り組んでいく活動がブランディングです。

ブランドを形成する根幹にあるのは顧客体験です。その体験を忘れさせない働きかけがブランディングです。広告だけでなく店舗、イベント、SNS などさまざまな場で 「商品らしさ」 を感じてもらうことによって、お客さんからの好ましい感情を維持、増幅していくことを目指します。

黒ラベルのブランディング


サッポロビールが、黒ラベルのブランド再定義を行ったのは2008年頃でした。

黒ラベルの再定義

もともと1977年に誕生した歴史あるビール銘柄ではありましたが、サッポロビールの社内では 「黒ラベルの価値を可視化できていない」 という反省があったとのことです (参考記事) 。

ビール業界が発泡酒・第三のビール (新ジャンル) の登場で 「安くておいしい」 というコストパフォーマンスに軸足を置きがちになり、ビール本来の魅力をどう伝えていくかが曖昧になっていました。

そこでサッポロビールは、黒ラベルを愛飲しているお客さんの声にとにかく耳を傾けることに取り組みました。ロイヤル顧客だけでなくライト顧客、そして新しく買ってくれはじめたばかりの新規顧客も含めて調査をしたのです。

調査を重ねてわかったのことは、「サッポロビールが想定していた黒ラベルの価値」 と 「お客さんが抱く黒ラベルの価値」 に乖離があったことでした。

消費者は黒ラベルに対し、「個性」 「大人」 「憧れの存在」 といったイメージを持っていることがわかりました。さらに味わいへの評価にとどまらず、「黒ラベルを飲む自分自身も、一目置かれる存在になっていたい」 という顧客心理を見出しました。

サッポロビールは、「誰が、どういう状況で、何のために黒ラベルを飲むのか」 という顧客起点を軸にしました。若者のビール離れが叫ばれる中でも、実際には 「黒ラベルの存在が気になる」 や 「大人が飲んでいる姿に憧れる」 と感じる人が一定数いるのではないか――。サッポロビールはこうした仮説をもとにブランドを育てていく計画を立てました。

顧客理解を通して得られた洞察から、サッポロビールは 「丸くなるな、☆星になれ。」 をメインメッセージとし、ビールの世界観を広告やコミュニケーションで打ち出すようになります。

体験を重視するブランディング

黒ラベルが長期的な時間軸でブランディングを成功させた要因のひとつは、ビールを 「直接体験してもらうリアルな場」 を設けたことです。

広告はブランドの世界観や姿勢を伝えるためと位置づけ、購買への直接的なきっかけは別で設計しました。

サッポロビールは、2014年に東京で期間限定のアンテナショップ 「黒ラベルパーフェクトビアガーデン」 をオープン。その後の2019年には銀座に常設店として 「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR」 をオープンしました。

サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR (出典: 三井広報委員会

 「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR」 は、東京メトロ銀座駅と直結するビルの地下1階にあり、長いカウンターテーブルを中心に、最大30人ほどが入れ、立ち飲みができるお店です。スタンディング形式でありながら、店内は高級感のある空間になっています。

ここでは、泡のきめ細やかさや提供温度にこだわった 「パーフェクト黒ラベル」 を味わえます。

来店客は、カウンター越しにビールを注ぐ光景を間近に見られるうえ、注ぎ方の違う3種類の黒ラベルを体験できます。ビールは1人2杯までというルールとすることによって、最もおいしい状態で楽しむことができるという特別感を演出します。

価格は銀座という土地柄を考えると比較的リーズナブルな設定です (ビールは1杯550円, フードは380円から (いずれも税込み価格) ) 。

サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR で初めての "バーデビュー" を果たしたという若者、成人になって親と一緒に来て初めて一緒にお酒を味わうお客さんもいました。こういった初めての体験は強く記憶に残り、黒ビールのことが好きになるなどの感情移入が起こり、お客さんの頭の中でブランドができていくのです。

サッポロビールは、体験イベントを音楽フェスへの出店などでも積極的に展開。ライブで盛り上がったテンションの中で、黒ラベルを飲むというシチュエーションを提供しました。

黒ラベルが記憶に残り、後からの別の機会で、例えばコンビニで缶ビールを買う際にも 「あのときの黒ラベルが良かったな」 と思い出してもらうことを狙いました。

長期的視野と若年層への浸透

とはいえ、サッポロビールのこうした取り組みの成果はすぐに数字として現れたわけではありませんでした。

実際、ブランドの再構築に力を入れ始めた2010年代初頭から、売上がようやく伸びてきたのは5年後だったといいます (参考記事) 。サッポロビールの担当者は、2010年のブランド再構築から5年間は売上が伸びなくても我慢しようと継続してきたそうです。

我慢の期間を経て成長を遂げ、売上規模は2024年時点では2014年比で約1.9倍という数字を叩き出すようになりました。

興味深いのは20代の顧客数の増加です。黒ラベルが20代の売上を牽引しているという事実は、若者のビール離れが懸念される業界の中で注目したい事例です。

黒ラベルが掲げる 「大人っぽさ」 や 「憧れの象徴」 という世界観は、若者が求める価値観にも合致しやすかったことでしょう。黒ラベルを飲んでいる姿そのものが 「かっこいい」 「ビール通だ」 と思われるようになり、好ましい感情が広がる循環が生まれたのです。

 「体験 × コミュニティ」 でのブランディング

サッポロビールはさらなるブランディングのため、コミュニティの強化にも注力しています。

具体的には 「CLUB 黒ラベル」 という公式サイトでファンとの交流を続け、オンラインでもブランドの世界観を感じられる場をつくっています。

実際にビールを飲んだときの感動を共有してもらい、その声をさらに広告や SNS の企画に反映していくことによって、黒ラベルはみんなでつくり上げていくビールだというイメージをファンの中に根付くことを目指しています。

黒ラベルのブランディング

こうして見てみると、黒ラベルが 「好ましい感情が伴った商品やサービス」 として強いブランドになり得た要因は、次のように整理できます。

  • ブランドとしての "らしさ" の再定義: 「大人」 「憧れ」 「ビールをわかっている感」 といった象徴的なブランドイメージを広告やメッセージに落とし込み、長期的に訴求した

  • 体験から共感と記憶の定着: アンテナショップや銀座の常設バー、音楽フェス出店で実際に黒ラベルを飲んでもらい、SNS などでその体験が共有される仕組みをつくった

  • 長期的視野でのブランド育成: 5年後を見据えてブランド価値の浸透を目指した。結果的に若年層にも浸透し、売上は伸びた

  • コミュニティ・エンゲージメントの強化: 「CLUB 黒ラベル」 などでファン同士がつながり、ブランドを一緒に育てている感覚を持ってもらった


これらが黒ラベルに対する 「お客さんからの好ましい感情」 を醸成し、また思い出させる (忘れさせない) 要因やきっかけをつくり続けているのです。黒ラベルの事例は、商品体験の記憶を呼び起こすブランディングの好例です。

まとめ


今回は、サッポロビールの黒ラベルを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ブランドとは 「お客さんからの好ましい感情が伴った商品やサービス、あるいは企業」 のこと。好ましい感情には、好き、満足、共感、誇り、憧れ、応援したい気持ちなどが含まれる

  • ブランドは、独自の価値観やイメージ、ストーリー、体験の総体として、お客さんの頭や心の中に形成されるもの。ブランドが持つ 「らしさ」 は、理念や価値観、品質、感情的な結びつきなど、総合的な要素で成り立つ

  • ブランディングとは、お客さんが商品やサービスに感じた価値を思い出したり、忘れられないようにするための活動。ブランドの根幹にあるのは顧客体験であり、その体験を忘れさせない働きかけがブランディング

  • 黒ラベルのブランディングは、ブランドとしての "らしさ" の再定義、体験から共感と記憶の定着、長期的視野でのブランド育成を進めている


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。