#マーケティング #パーセプションチェンジ #独自ブランド資産
作り手の想定とはまったく違うお客さんの意外な使い方に、実は大きなビジネスチャンスが眠っているかもしれません。
今回ご紹介したいのは、文具メーカーのリヒトラブの事例です。事務用ファイルが、推し活のアイテムとしてヒット商品になったという話です。
お客さんの予想外の使い方から新しい市場を切り拓く秘訣に迫ります。
推し活グッズ収納用 myfa (ミファ)
リヒトラブが手掛ける 「myfa (ミファ) 」 は、アイドルやアニメキャラクターなどを応援する推し活で使われるグッズの収納に特化したファイルやポーチのブランドです。
もともとリヒトラブは、オフィスで使う事務用品のメーカーです。
2021年末頃、既存の事務用ファイルの売上が前年比で約1.5倍に伸びていることに気づきました。その理由を SNS などで探ったところ、インフルエンサーが事務用ファイルを推し活グッズの収納に使っていることがわかったとのことです。
この発見をきっかけに、推し活ユーザーに特化した商品開発がスタート。うちわを透明袋ごと収納できるファイル、カードを硬いケースごと保管できるポケット、持ち運びに便利な A6 判ミニサイズなど、62種類ものラインアップを展開しています。
myfa は2022年12月の発売から約2年半で、事務用品事業売上の 8% を占めるまでに成長しました (参考情報) 。推し活ユーザーの声から生まれたブランドです。
では、推し活グッズ収納用 myfa の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
価値イメージの書き換えと、ブランド構築に示唆のある事例です。
価値イメージの書き換え
myfa の成功を理解する上で重要なのが、商品に対する価値イメージ (パーセプション) がどのように変わったかです。
変更前の価値イメージ
リヒトラブのファイルは、もともと消費者からは 「書類を整理・保管するための事務用品」 と認識されていました。
主なイメージは、書類を整理・保管する道具、オフィスで使うビジネス用品、実用性重視で無機質なデザイン、といったものでした。
リヒトラブの事務用ファイルは、長年この固定化された価値イメージの中で販売されていたわけです。
パーセプションチェンジのきっかけ
転機となったのは、SNS 上での発見でした。
SNS の口コミなどからたどると、事務用ファイルを推し活グッズの収納に使っていたインフルエンサーがいました。増え続ける推し活グッズを保管するため、事務用ファイルが適しているという使い方でした。
メーカーの想定を超えた利用方法で、これはユーザーが自ら商品の価値を再定義し、新しい価値イメージを生み出していたとも言えます。
ここで重要なのは、お客さんである推し活ユーザー自身が新しい価値を発見し、使い方を創造していたことです。メーカーが意図していなかった用途にこそ、新しいビジネスチャンスの芽が隠されていました。
新しい価値イメージの再定義と打ち出し
リヒトラブは、自社商品の事務用ファイルが想定外の推し活に使われている事象を見逃しませんでした。
意図せぬ使われ方から着想を得て、「推し活グッズをきれいに、大切に、そして楽しく収納・持ち運びできるパートナー」 として、自社商品の価値イメージを意図的に書き換える戦略を取ったのです。
顧客目線での購買基準のアップデート
リヒトラブは、開発担当者自身が推し活ユーザーに直接ヒアリングを重ね、得たユーザーへの洞察を商品開発に反映させました。
例えば、アイドルのコンサートで使ううちわの収納では、ただうちわ本体が入るだけでは不十分でした。
ファン心理としては、うちわが入っている透明な袋ごと、きれいな状態で収納したいという気持ちがありました。将来に自分の推しの対象が変わった時に、きれいな状態のまま他のファンに譲ったり売ったりできるようにするためです。
また、トレーディングカードも、近年はカードの価値が上がっていることから、傷がつかないように硬いカードケースごと収納したいという声もありました。
myfa はこれらの 「袋ごと」 「ケースごと」 といった、推し活をしている人たちのリアルな悩みに応えるサイズ設計を実現します。
こうした取り組みにより、myfa は収納用品を超えた新しい価値を持つ存在へと変わりました。
具体的には、大切な推しへの愛情を形にする収納アイテム、推し活グッズの資産価値を守る保護ツール、推しとの思い出を美しく保存するコレクションケース、自分だけの推し空間を作るカスタマイズ可能なアイテム――。
位置づけや意味合いが変わることで、消費者にとっての 「良いファイル」 の定義が変わります。
推し活ユーザーにとっての 「良いファイル」 とは、価格や丈夫さといった事務用品としての基準からではありません。彼ら・彼女らにとって重要なのは、「推し活グッズのサイズに合っているか」 「グッズが映えるシンプルなデザインか」 「持ち運びやすいか」 といった、まったく新しい基準なのです。
継続的なコミュニケーション
リヒトラブは一度きりの商品発売で終わらせず、A6 サイズのミニファイルや、ぬいぐるみを入れるためのポーチなど、推し活ユーザーの細かい要望に応える商品を次々と開発し、62種類ものラインアップに拡充しました。
これにより、「リヒトラブは自分の推し活を理解し、応援してくれる存在だ」 というパーセプションを継続的に強化しようとしています。
リヒトラブの社内では全国の営業担当者向けに推し活説明会を実施。推し活とは何かを、ユーザーの行動や考え方を共有することによって、組織全体で新しい価値イメージを理解し、伝えていく体制を整えました。
SNS での口コミも活発で、ユーザー自身が使い勝手や活用方法を積極的に発信しています。売り手である企業からの一方的なメッセージではなく、ユーザー同士のコミュニケーションが価値イメージを強くし、広がっていくことが期待できます。
パーセプションチェンジから独自ブランド資産の構築へ
myfa は、パーセプションチェンジが新しいブランド資産を生み、その資産がさらにパーセプションを強化するという好循環をつくり出そうとしています。
独自ブランド資産
独自のブランド資産 (Distinctive Brand Asset (DBA) ) とは、ブランドが他のブランドと区別され容易に識別されるための独自の特性のことです。
具体的には、ブランド資産には、ブランド名、ロゴ、スローガン、パッケージデザイン、色、音、キャラクターなどがあります。ブランドを連想したり特定するために生活者が関連付けるさまざまな要素を含みます。
独自ブランド資産に一貫性があればブランド連想は強化され、お客さんはブランドを容易に思い出すことができます。
独自ブランド資産を効果的に利用することで、競合からの差異化やお客さんから記憶に残り思い出されやすいブランドになります。
ブランドが強力な独自資産を持っているということは、他社がそのブランド資産をマネしても、人は他社ブランドではなく自社ブランドのことを想起します。自分たちの独自ブランド資産がますます優位になるという構図です。
新しい認識がブランド資産に新たな意味を宿す
推し活グッズとして打ち出したことにより、リヒトラブという事務用品メーカーのイメージ (既存のブランド資産) が、「推し活ユーザーの気持ちを分かってくれる信頼できる会社」 という新しい意味合いを持つようになるでしょう。
そして、myfa という新しいブランド名は、この 「推し活を豊かにする」 という新しい価値イメージの強力な受け皿 (独自ブランド資産) となっています。
イラストレーターのイラストを起用したデザインも、事務用品とは一線を画す myfa の世界観を構築。推し活ユーザーに寄り添うブランドイメージを視覚的に表現します。
独自ブランド資産がパーセプションをさらに強化する
消費者は myfa のロゴや、ミルキーホワイトのシンプルなデザインを見るたびに 「推し活に最適な商品」 や 「自分のためのブランド」 ということを思い出し、そのイメージはさらに強固になることが期待できます。
タワーレコードやアニメイトといった文具店以外の新しい販売チャネルを開拓したことも、この新しいパーセプションを強く後押します。
銀座ロフトでは myfa 専用コーナーも設置され、推し活グッズ収納の定番ブランドとしての地位を確立。販売場所そのものが、ブランドの価値を伝えるメディアとして機能します。
これらの店舗に商品が並んでいること自体が、「推し活ユーザーのためのブランドだ」 というメッセージを発信し、ひいては独自ブランド資産の一部として構築されるでしょう。
このように、リヒトラブの事例は、自社商品の利用者の想定外の行動から新たな利用シーンと、その使い方での顧客価値を発見。見出した顧客理解をもとに商品開発、コミュニケーション、販売チャネル展開までを一貫して行うことによって、パーセプションチェンジを成功させ、ブランド資産に反映させた例です。
事務用品という成熟市場で新たな成長を実現した myfa 。成功の本質は、顧客が生み出した新しい価値を見逃さず、それを商品とブランドに昇華させた柔軟性と実行力にあります。固定観念にとらわれず、お客さんの声に真摯に向き合うことにより、どんな商品にも新たな可能性が宿ることを示しています。
まとめ
今回は、推し活用グッズのブランド 「myfa」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客の想定外の行動にこそ、新たな価値の種がある。顧客の想定外の使い方や行動から、商品価値の再構築につなげる
- 価値イメージ (パーセプション) を再定義し、選ばれる理由を書き換える。既存の固定化された価値イメージを、顧客目線での新しい価値提案に書き換えることで、まったく新しい購買基準を生み出せる
- 継続的なコミュニケーションでパーセプションを定着させる。一度きりの施策ではなく、顧客の声に応える継続的な商品開発とコミュニケーションが、新しいパーセプションを定着・強化させる
- パーセプションが独自ブランド資産を豊かにする。パーセプションチェンジの成功は、ブランド名やデザイン、販売チャネルなどの独自ブランド資産に新たな意味を宿す
- 構築された独自ブランド資産は、顧客の記憶に残りやすくなり、新しいパーセプションをさらに強化する好循環を生み出す
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