#マーケティング #未顧客 #体験設計
今回は、サッポロビールの未顧客 (これからの顧客) の獲得戦略から、成熟市場でさらなる成長を実現するためのマーケティングを掘り下げます。
パーソナライズ時代が招いた 「見えない壁」
SNS のタイムライン、検索エンジンの結果、動画配信サービスのおすすめ。
これらはすべてアルゴリズムによって、その人ごとに最適化されています。いわゆるパーソナライズです。
未顧客には届きにくい盲点
人は自分の興味関心に合った情報を効率的に受け取れる一方で、関心のないカテゴリーの情報には触れる機会自体が失われます。
売り手や情報の送り手にとっては、すでに興味を持っている消費者に対しては、パーソナライズにより精度の高い情報を届けられます。
しかし、ノンユーザーやライトユーザーといった 「未顧客」 にアプローチしたい場面では、パーソナライズはむしろハードルを高くしてしまいます。興味がない人に情報が届かないというパーソナライズの盲点が、マーケティングの可能性を狭めます。
サッポロビールの課題意識
ビール市場も例外ではありません。
日常的にビールを飲む人には、新商品や限定品の情報が届きます。ところがビールを飲まないノンユーザー層やたまにしか飲まないライトユーザーには、どれだけ魅力的なビールがあっても、情報が届く接点がそもそも存在しないわけです。
重要なのは、こうした層はビールを嫌っているわけではないということ。単に接点がない、あるいは意識する機会がない状態にあるだけなのです。
サッポロビールは、この課題を正面から捉えました。
情報がそもそも届かないなら、偶然の出会いをつくればいい。この発想の転換が、未顧客獲得戦略の起点になっています。
偶然を仕掛けるという挑戦
この課題に対し、サッポロビールは 「偶発的な接点」 を意図的につくる戦略をとりました。
これは、消費者が目的を持って探している状態ではなく、日常生活の動線上で偶然ブランド (サッポロビール) と出会い、興味を抱く機会を設計することを意味します。「偶然目に入る」 「通りすがりで気になる」 「つい手に取ってしまう」 。その一瞬の偶発を起点に、ブランドとの接点をつくろうというわけです。
関心の薄い層に 「偶発的な出会い」 を設計する
サッポロビール黒ラベルでは 「THE PERFECT 黒ラベル WAGON」 という移動型イベントを、全国13カ所で展開しています。
出典: Marketing Native
ワゴン車で駅前や繁華街など人通りの多い場所に出現し、完璧な生ビールを提供する取り組みです。
イベントの狙いは、ビールを探している人ではなく、たまたま通りかかった人に体験してもらうことにあります。なんかいい雰囲気だな、ちょっと寄ってみようかなと感じて、その場で黒ラベルを飲む。そんな偶発的な体験を通じて、ビールとの新しい接点をつくります。
もうひとつの施策が 「THE PERFECT 黒ラベル BASE」 です。
出典: Marketing Native
大阪に 7ヶ月間設置された滞在型のブランド体験拠点で、黒ラベルの世界観を空間として表現しました。
先ほどの WAGON が広く浅く接点をつくるのに対し、こちらの BASE は深く濃い体験を提供する場です。単なる試飲会ではなく、黒ラベルが掲げる 「大人を楽しむ」 という価値を五感で体感できる設計になっています。
WAGON も BASE も、共通しているのは商品接点ではなく感情接点を生む設計になっていることです。
飲む前に好きになるという順番がポイントです。味を試してもらって良さを理解してもらうのではなく、ブランドの世界観に触れて共感してもらい、その延長線上で商品を手に取ってもらうという感情からのアプローチによって、未顧客を動かすことを目指しました。
偶然の出会いによって共感を育てる
広告では、ブランドの世界観を語るという思想がサッポロビールにはあります。黒ラベルは 2010 年から 「大人エレベーター」 というテレビ CM シリーズを継続しています。
人間の成熟や深みといった抽象的な価値を伝えてきました。
また、リアルの場で開催する体験イベントでは、黒ラベルの世界を体現してもらいました。一緒にビールも味わうことで 「丸くなるな、☆星になれ。」 というサッポロビールのブランドメッセージを五感から浸透します。
広告が 「認知を広げるもの」 であるとすれば、体験は 「共感を深めるもの」 です。広告だけでは共感までは至らず、体験だけでは認知が広がりません。両者がかみ合って初めて、未顧客の心を動かせるわけです。
サッポロビールは広告と体験をトータルで設計し、未顧客の共感を育てようとしています。
若年層へのブランド再定義
ヱビスビールでも、サッポロビールは未顧客獲得に向けた戦略的な取り組みを進めています。
ヱビスビールは長年、ちょっとぜいたくなビールというイメージで愛されてきました。特別な日に飲む、ハレの日のビールです。
しかし若年層にとっては 「高級で特別すぎて日常に馴染まない」 という認識があり、そう感じる若者にはヱビスは選択肢に入らないブランドになりかねません。
そこでヱビスはブランドの再定義に着手しました。新しいタグラインは 「たのしんでるから、世界は変えられる。」 です。
モノの豊かさよりも心の豊かさを求める世代に寄り添い、日常の中で自分を前向きにするビールへと転換を図りました。
ブランド再定義を体現する場が YEBISU BREWERY TOKYO です。
出典: Marketing Native
恵比寿の本社地下に 2024 年にオープンした常設の体験型醸造施設です。35 年ぶりに恵比寿でのビールづくりを再開しました。
ヱビスビール発祥の地で再びビールをつくるということで話題を呼び、初年度の来場者は約 23 万人に達しました (参考情報) 。そのうち 20 ~ 30 代の若年層が6割を占めたとのことです。
体験が動かす 「好循環」 の設計
黒ラベルの体験施策は、ブランド体験が購買行動に波及するサイクルを生み出しています。
西日本エリアを中心に、販売網・配荷率・売上が拡大し、イベントを契機に黒ラベルの販売店舗が増加しました。結果として、2010 年比で黒ラベル缶の売上は約 2 倍にまで成長しています。
この成長は、単発イベントの成果ではなく、営業・販促・体験・広告が連動したサッポロビールの全社的な好循環の結果です。
偶発的体験、共感、購買、ブランドへの好意、ファン、という循環を実現し、一度は離れたかもしれない人々やビールに興味がなかった未顧客層のビールへの興味を、点火しているのです。
ノンアルコール市場で 「新しい入口」 をつくる
サッポロビールは、ビールを飲まない・飲めない層へのアプローチとして、ノンアルコール領域の拡大にも注力しています。
サッポロビールは今後、ノンアルコール飲料の強化を短期・中期の重点施策に位置づけました。
単なる商品ライン拡張ではありません。健康志向の高まりや、多様なライフスタイルの広がりを背景に、飲まない・飲めない層にもサッポロビールのブランド体験を届け、お酒を飲まなくてもビール文化を楽しめるという新しい価値提案です。
ビールを飲まない人もサッポロビールの顧客として捉えることにより、未顧客にしっかりと向き合う取り組みです。
未顧客を動かす出会いのデザイン
サッポロビールの事例から見えてくるのは、未顧客へのマーケティングの本質です。
サッポロビールのマーケティングは、ただ単に認知を広げることにとどまらず、偶然に出会ってもらうという設計によって、未顧客層の感情を動かそうという挑戦です。
そこにあるのは、商品をただ届けるのではなく、意味を感じてもらうことです。広告を見て、ブランドを体験してもらい価値を感じてもらう。偶発的な体験を通して、「興味がない」 を 「ちょっと気になる」 へ、「知らなかった」 を 「好きかもしれない」 へと変えていく。
この一連の流れが、サッポロビールが目指す未顧客開拓のマーケティングのポイントです。
まとめ
今回は、サッポロビールの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- パーソナライズの限界を補う偶然の出会い設計。パーソナライズ化で情報が届かない無関心層や未顧客には、意図的に偶発的な接点をつくることが重要
- 未顧客を 「まだ出会っていないファン」 と捉える。顧客接点を増やし、偶発的な体験から共感、購買、ファンへとつなげる循環を設計する
- 感情移入してもらえる体験の提供。機能面だけではなく、ブランドの世界観や体験を通して好きになるなどの感情を生むきっかけをつくる
- 広告と体験を連携させ、相乗効果を生む。広告で認知を広げ、体験で理解や共感を深める。ふたつの連動が未顧客の心を動かす
- ブランド再定義による新たな顧客価値の創出。既存のブランドイメージが新しい顧客層に響いていない場合、時代や未顧客の文脈や価値観に合わせてブランドが提供する価値をアップデートし、共感のポイントを新たに見出す
- 関連カテゴリーでブランドへの入口を広げる。主力商品に関心がない層に対しても、関連商品やサービスを提供することで、ブランドへの新しい入口をつくり、将来の顧客として関係を築く



