#マーケティング #戦略 #ビジネスモデル
今回は、あるユニークな選書のサブスクサービスに秘められた、業界の常識を超える発想と、競合が手を出せない 「賢者の盲点」 を突く戦略に迫ります。
未顧客の潜在ニーズを掘り起こし、持続可能な差異化を実現する方法を紐解きます。
Chapters bookstore
出典: Chapters Blog
サービスの特徴
Chapters bookstore (チャプターズ書店) は、本の選書サービスと人とのマッチング機能が組み合わされた月額制のサブスクサービスです。「本棚で手と手が重なる映画のような偶然の出会い」 をコンセプトにしています。
仕組みは、毎月、季節やトレンドに合わせて出版社や書店員などのプロが厳選した 3 冊の候補から、自分が良いと思う 1 冊を選ぶと、その 1 冊が自宅に届けられるというものです。
選び方にユニークさがあるのがチャプターズ書店の特徴です。3 冊の中から選べる本はいずれもタイトルと著者名が伏せられ、独自のイラストや推薦文で紹介されています。ユーザーは直感的に選びます。
そして、同じ本を選んだ人とオンラインのビデオチャット 「アペロ」 で話すことができます。
最初の 10 分はお互いの音声のみ、後半の 10 分で顔が見えるようになります。プロフィール情報は生年月日と好きな本のジャンルのみで、写真登録もありません。サービス内でのメッセージのやり取りもできない、一期一会の出会いを楽しめるのがアペロです。
料金は 1 ヶ月プランが 2,530 円、3 ヶ月プランが 6,930 円です (いずれも税込み) 。
創業のストーリー
チャプターズ書店を運営するのは MISSION ROMANTIC という会社です。
創業者の森本萌乃 (もえの) さんは、電通でプランナーとして働いた後、外資系企業とスタートアップへの転職を経験しました。2 つ目の転職先で働きながら起業に踏み切ったのは 2019 年のことです。
チャプターズ書店のサービスの構想は、その前の 2016 年頃からでした。きっかけは映画 「耳をすませば」 で、本棚の本に手を伸ばして偶然に 2 人の手と手が触れ合うシーン。こういう出会いがあればいいのにという思いから始まりました。
森本さんは電通プランナーとして働いていた頃、「仕事も恋もがんばる 28 歳女性」 というよくありがちなペルソナ像に疑問を感じていました。28 歳の頃の自分の給与明細とスケジュール帳を並べてみたところ、忙しくて書店にも行けない状況だったことに気づきます。
ここから 「自分に向けたサービスに仕上げたい」 という思いが強くなりました。
本棚で手と手が触れ合った先には、素敵な恋愛が待っていて欲しい。読書という日常の延長線上で生み出せるサービスでありたい。そんな思いが込められています。
2024 年 4 月には、東京・市ヶ谷にリアル店舗 「チャイと選書 Chapters bookstore」 をオープン。お客さん一人ひとりに合わせた選書サービスや、こだわりのチャイを提供します。
出典: PR TIMES
チャプターズ書店はオンラインからリアルへと、出会いの場を立体的に広げています。志を高く、視野を広く、目線は低く
チャプターズ書店を読み解くキーワードが、「志を高く、視野を広く、目線は低く」 です。この 3 つの視点から、サービスの設計思想を見ていきます。
志を高く
創業者の森本さんが目指したのは、単なる本のマッチングサービスではありません。根底にある志は、便利さと効率の裏側で失われつつある偶然のロマンを、再び社会に取り戻すことでした。
マッチングアプリが普及し、効率性が高まる一方で、プロフィール、写真、スペックでの選別が主流化。そこに違和感をもち、感性や読書という共通体験を媒介に、もっと自然な出会いをつくれないかという構想が生まれました。
志のレベルでは、テクノロジーによって便利になった世界に、もう一度偶然と物語を取り戻すという強い思いがあります。
本の感動や気づきを共有できる相手を見つける機会を提供することで、コロナ禍などで希薄化した人とのつながりを再構築し、読書体験をより豊かにする。これはお客さんの人生や、さらには社会にも貢献しようという高い志です。
視野を広く
この志を実現するために、森本さんは単一業界の延長ではなく、複数の文脈を横断的に捉えました。
マッチング業界では、効率化が進み過ぎて感性が置き去りにされています。書店・出版業界では、読書人口の減少、書店閉店が加速。サブスク市場では、体験を媒介にしたコミュニティ化が拡大しています。
この 3 つの文脈を交差させる視野の広さによって、従来の発想にはなかった 「本 × 出会い × サブスク」 という着想が導かれました。
こうした視野の広さがなければ、ただ本を届けるだけのサブスク、マッチングアプリの効率改善、出版の販促策といった既存の文脈の焼き直しに終わっていたかもしれません。
目線を低く
チャプターズ書店は人々が抱える潜在的なニーズや不満を理解するところから始まっています。
いい本を読んでも、その感動を語り合える人がいない。マッチングアプリでの表面的な出会いに疲れた。コロナ禍で友人が作りにくい。そんな、読書好きかつ質の高い出会いを求める人々のリアルな悩みに共感していることが出発点です。
本のラインナップを競うのではなく、本を届ける読書体験の後に、出会いという次のフェーズを用意することによって、感動を誰かと分かち合いたいという欲求に応えるサービスがチャプターズ書店です。
チャプターズ書店のサービス設計では、創業者が一貫して読書好きではない層にも届くよう、目線を生活者レベルに落としています。
タイトルや著者名を伏せて、あらすじから直感で選ばせることで、専門知識がなくても参加できます。毎月 1 冊に限定することで、読書習慣のない人でも負担が少なくなります。写真・プロフィール・いいね機能を排除することにより、外見やスペックではなく感じ方でつながれます。
目線を低くすることによって、すでに本好きな人ではなく、潜在的な読書未経験者を取り込むという戦略が可能になりました。
Out of the box
チャプターズ書店のビジネスモデルは、既存の思考という Box の外に出る 「アウト オブ ザ ボックス (Out of the Box) 」 の発想から生まれました。
思考という Box の外に出る
通常のビジネスは、既存顧客というすでに顕在化している人たちや企業を狙い、より効率的なサービスや価値訴求を行う方法を模索します。
一般的には選書サービスは 「いかに多くの本を安く、効率よく届けるか」 を目指し、マッチングサービスでは 「いかに多くの人を、早くつなげるか」 を目指すことでしょう。
しかし、チャプターズ書店は既存の枠組みや常識という思考の箱 (Box) から一旦離れました。
チャプターズ書店が持ち込んだ全く異なる発想は、 「本は、価値観の合う人を見つけるための最高の "共通言語" 」 というものでした。
顧客設定と顧客文脈に沿った価値の再定義
既存の常識から離れてゼロベースで構築された結果、チャプターズ書店は顧客の文脈に沿って顧客価値を再定義しました。
従来の選書サービスがターゲットとしてこなかった、「読書家でありながら、同じ本を読み、価値観を共有できる人と人とのつながりを強く求めている層」 を注力顧客にしました。
また、顧客価値も再定義されました。
チャプターズ書店の 「本棚で手と手が重なり、同じ本をきっかけに、まるで映画のような偶然の出会いを」 というコンセプトに共感するお客さんにとっての価値は、本の割引や効率的な検索・出会いではありません。
顧客価値は 「本を通して実現する、運命的な出会い」 なのです。ロマンチックという、一見するとビジネスとしては相性が良くないように見える情緒的な要素を中核とすることで、潜在的ニーズを顕在化させました。
その結果、既存のマッチングアプリの競合軸とは異なる領域を開拓。出版業界にとっても新しい販路を提供し、生活者にとっても読書と出会いの一石二鳥という他にはないユニークな価値が生まれました。
クリティカルコア
チャプターズ書店の成功のカギは、競合他社がマネしにくい 「賢者の盲点」 を突くクリティカルコアにあります。
一見すると非合理、全体では合理
クリティカルコアは賢者の盲点を突きます。というのは、クリティカルコアは、一見すると非合理、全体では合理だからです。
なぜそれをやるのかが外部の人にはわからないクリティカルコアが、戦略ストーリー全体ではカギを握ります。
クリティカルコアがあるから戦略ストーリーは成立し、競合他社はマネできず、あるいはそもそも優位性に気づかなかったり、知っていても非合理に見えるので意図的に避けようとします。
クリティカルコアは差異化の源泉です。クリティカルコアによって他から簡単にはマネされず、中長期で持続可能な戦略ができるわけです。
チャプターズ書店の 3 つのクリティカルコア
チャプターズ初戦には、競合他社がマネしにくい、あるいは参入をためらうようなクリティカルコアが存在します。
本のサブスクと人とのマッチングの融合
1 つ目は、本のサブスクと人とのマッチングを融合させるという独特のビジネスモデルです。
この構造は収益の柱が 2 つになり、運営が複雑化します。本屋の専門性である選書と、マッチングの専門性である AI・出会いの設計の両方が必要になるため、通常のビジネスから見れば二兎を追う非効率な構造に見えます。
しかし、この複雑さこそが高い参入障壁となります。
競合する選書のサブスクサービスも、マッチングサービスも、チャプターズ書店と同じことをやろうとしても、本と人との両方での事業ノウハウを獲得する必要があるため、そう簡単にはマネできないでしょう。この 2 つの専門性の融合が、チャプターズ書店独自の競争優位性を生み出します。
毎月 1 冊の選書という制限
クリティカルコアの 2 つ目は、毎月 1 冊の選書という制限です。
チャプターズ書店では、毎月 1 冊、厳選された本が送られてきます。会員ユーザーは自分で自由に本を選べません。
これは本の購入という行為においては非合理に見えます。顧客満足度が下がる可能性もあります。通常の書店やサブスクサービスなら、できるだけ多くの選択肢を提供するのが一般的でしょう。
しかし、この制限こそが本とのマッチングの精度を高めます。全ユーザーに共通の話題である本を強制的にでも提供することで、出会いの質と共通体験の深さを確保できるわけです。
もし各自が自由に本を選べたら、同じ本を読んだ人同士というマッチングの中核的な価値が崩れてしまいます。この一見すると不便に見える制限が、戦略全体を支える唯一無二の鍵となる仕組みなのです。
本のタイトル・著者名を伏せる設計
3 つ目は、本のタイトル・著者名を伏せるという仕組みです。
通常の書店やサブスクでは、本の情報をできるだけ提示し、選びやすくするのが合理的です。著者名やタイトルは本を選ぶのに重要な判断材料であり、それを隠すことはユーザーに不便を強いるように見えます。
しかしチャプターズ書店はその真逆をいきます。
この仕組みには、深い合理性があります。本の中身ではなく、あらすじとフィーリングで選んでもらうことにより、先入観を排除し、思いがけない選択・出会いを生みだすからです。
また、選んだ人同士が同じ感性で本を手に取ったという共通点を持つことが、マッチングの質を向上させます。偶然性という要素が、計算され尽くしたマッチングアプリとは一線を画す顧客体験を提供するのです。
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こうした一見すると非効率な 3 つのクリティカルコアが、外見やスペックではなく感性でマッチングする仕組みとして機能し、他社が模倣しにくい体験設計を実現します。
まさに 「賢者の盲点」 を突くクリティカルコアです。既存のマッチング業界や出版業界の専門家から見れば、そんなやり方ではうまくいかないと思われることでしょう。
しかし実際にはチャプターズ書店はお客さんに深く刺さる価値を生み出し、持続可能なサービスを実現しています。
まとめ
今回は、チャプターズ書店の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 従来のターゲット層とは異なる未顧客の潜在的ニーズを深く理解し、その顧客文脈に沿った価値を中核に据えることで、新たな顧客獲得や価値を生み出せる
- 既存の枠組みから離れてゼロベースで考える (Out of the box) 。業界の常識やこれまでの事業の延長ではなく、思考の Box から一旦離れ、異なる文脈を組み合わせる
- ユニークな戦略は、外部からは 「一見すると非合理」 だが、実は 「全体で見ると極めて合理」 である中核要素 (クリティカルコア) によってつくられる
- クリティカルコアは、競合他社が非効率または非合理に見えるため模倣を避けようとする 「賢者の盲点」 を突くため、中長期的な持続可能な差異化の源泉となる

