#マーケティング #新商品トライアル #マーケティングコミュニケーション
良さそうな商品だとわかっていても、人はそれだけで買うとは限りません。心の中で 「失敗したら嫌だ」 「自分には無理かもしれない」 「今のままでも困っていない」 という気持ちが勝ると、最初の一歩はなかなか出ないものです。
少し前に、私があるシニア女性にスマホの使い方を教えたときにも、その心理がよく表れている場面がありました。
今回はそのときに見えた心理をもとに、新商品のトライアルを阻む消費者心理と、マーケティングコミュニケーションにできること・できないことを考えてみます。
シニア女性にスマホを教えて見えたこと
スマホを持っていても、電話とカメラくらいしか使っていないというシニアの方は、身近にもいるのではないでしょうか? 私がスマホの操作方法を教えた女性も、そんな一人でした。
70 代以上のシニア女性にスマホを教えた経験
あるとき、昔から知っている 70 代後半の女性にスマホの使い方を教える機会がありました。Google 検索や LINE に不慣れな様子だったので、メモを書きながら一つひとつ説明していきました。
検索の仕方、LINE でのやり取り、画面の見方などを、その場で本人に操作してもらいながら確認しました。あとから一人でも見返せるように、手順はイラスト付きのメモにして手元に残しておきました。
それでも、後から不安が募りました。その場では 「わかった」 と言ってもらえても、後日、一人で同じ操作ができるかはまた別の話だからです。
そんなやり取りの中で印象に残ったのが、スマホ操作を教えているときに彼女が何度か口にした言葉でした。
「私は頭が悪いから」
「バカだから、こういうのは苦手で」
能力の問題ではなく、自尊心を守る言葉
もちろん、本当に頭が悪いという話ではありません。私にはその言葉が、うまくできなかったときに傷つかないよう、先に張っておく予防線のように聞こえました。
新しいことに挑戦して失敗すれば、多少なりとも気持ちは傷つきます。年下の人や詳しい人に教わる場面なら、できない姿を見られる恥ずかしさもあるはずです。
だから先に、自分を低く見せておくのでしょう。「頭が悪いから」 とあらかじめ言っておけば、できなくても仕方がないと自分で納得できるし、教える側からそれ以上の期待をかけられることもありません。
新しいことを覚えるとき、人は知識を教わると同時に、すぐ忘れてしまう自分や、誰かに頼らないとできない自分とも向き合っています。スマホを新たに覚えるのが億劫になる理由には、操作の難しさに加えて、そうした自分と向き合う気まずさも含まれているように思います。
新しいことを拒むのではなく、変化に伴う不安を避けている
スマホが便利なことは、彼女自身もよくわかっていました。Google 検索ができれば調べものが手軽になり、LINE が使えれば家族や友人とも気軽に連絡が取れます。
それでもはじめの一歩が重くなるのは、便利さを実感するより先に、「間違えたらどうしよう」 「変な画面が出たらどうしよう」 という不安が頭に浮かぶからでしょう。彼女のためらいの理由は、慣れたやり方を変えるときについてくる不安や負担感にありました。
スマホの操作を覚えるときのこうした迷いは、お店で見慣れない新商品を手に取るかどうか迷うときの心理とよく似ています。
スマホを触る一歩と、新商品を買う一歩
新商品のマーケティングでは、商品の特徴や魅力をどう伝えるかに目が向きやすいものです。けれど買う側から見ると、新商品を買うかどうかの判断には、スマホを前にした彼女と同じような迷いが含まれているはずです。
新商品を買うことは、小さな自己変化である
新商品を買うと、お客さんの暮らしには小さな変化が起こります。いつもの商品をやめる、新しい使い方を覚える、家族の食卓に出してみるといった具合に、生活の中に新しいものを一つ迎え入れることになるからです。
スマホを前に 「自分にできるだろうか」 と考えるのと同じように、新商品を前にしたお客さんも、自分に合うだろうか、使いこなせるだろうか、今のままでもいいのではないか、と無意識のうちに考えています。
売り手にとって売れない新商品を見ると、つい商品の魅力が足りなかったのではと捉えたくなります。しかし実際には、お客さんの中にある 「試さない理由」 のほうが勝っている場合も多く、その理由はいくつかに分けられます。
「自分には合わなそう」 という距離感
シニア女性が口にした 「私はこういうのが苦手で」 という言葉は、新商品に置き換えると 「自分には合わなそう」 という感覚に近いものです。若い人向けではないか、詳しい人向けではないか、使う場面が思い浮かばない、自分の生活には関係なさそう、といった受け取り方です。
こう感じている人は、その商品と自分との関連性を見つけられていません。まだ自分ごと化されていないわけで、どれだけ良い商品でも、お客さんが 「これは自分のための商品だ」 と思えないうちは買う理由が生まれません。
「失敗したくない」 がトライアル購入を止める
初めて買う商品には、使ってみるまで良し悪しがわからないという不確実さがつきものです。「お金を無駄にしたくない」 「おいしくなかったら嫌だ」 「家族に不評だったら困る」 といった気持ちが先に立つと、手に取りかけた商品を棚に戻してしまいます。
私がスマホを教えたときも、彼女が恐れていたのは、操作を間違えて変なことになることや、同じことを何度も聞いて申し訳ない思いをすることだったはずです。買う前の見込みのお客さんも同じで、商品の良さとともに、買って失敗しないかどうかを天秤にかけて考えています。
「今のままで困っていない」 という強い壁
もう一つ大きいのが、今のままで特に困っていないという心理です。いつもの商品で生活は回っていて、強い不満もないなら、わざわざ変える理由は見つかりません。そういう人に 「便利です」 と伝えても、便利そうだけども 「今は別に困っていない」 と思われて終わってしまいます。
新商品のマーケティングを考えるときは、商品の魅力をどう伝えるかと同じくらい、お客さんが試さない理由に目を向けることが大切です。
では、こうした試さない理由に対して、広告や店頭での訴求といったマーケティングコミュニケーションにおいて何ができるのでしょうか?
マーケティングコミュニケーションができること
マーケティングコミュニケーションとは、広告や販促、店頭の POP (Point of purchase advertising: 購入時点広告) やパッケージの表記、SNS での発信など、企業がお客さんに向けて伝える活動全般を指します。
今回の文脈では、試さない理由に向き合う際に、マーケティングコミュニケーションの役割はどのようなものがあるかが見えてきます。
認知をつくる
最初の役割は、商品の存在を知ってもらうことです。新商品や新しいカテゴリーの商品は、知られていなければ選択肢にも入りません。
ただ、「新発売」 と伝えるだけでは、お客さんはそれが自分に関係あるかどうか判断できません。誰にとって、どんな場面で、どう役に立つのかまで伝わると、試すかどうかを考える材料になります。
自分ごと化する
2 つ目は、「これは自分に関係がある」 と思ってもらうことです。商品の特徴をいくら並べても、お客さんが自分との接点を感じられなければ購買にはつながらないため、伝えるときは相手の状況から入るほうが伝わります。
たとえば 「忙しい朝に」 「子どもが寝たあとに」 「健康が気になりはじめたら」 「いつもの食卓に少し変化がほしいときに」 のように、お客さんが自分の生活の一場面を思い浮かべられる言葉で語りかけるイメージです。
不安を下げる
3 つ目は、失敗への不安を小さくすることです。新商品の場合、「良さそう」 と期待してもらえても、「でも失敗しそう」 という気持ちが勝てば買ってはもらえません。
実際に使った人の声や口コミ、専門家のおすすめ、初心者でも使えるというメッセージ、具体的な使い方の紹介、売れている実績などは、お客さんの買う前の不安を和らげ、判断の材料にもなります。
新商品のコミュニケーションでも、買いたい気持ちを高めることと同じくらい、買わない理由を一つずつ減らしていくことが求められます。
行動のハードルは、商品・価格・販路・体験で下げる
ここまでの 3 つの役割によって、お客さんの気持ちは 「知らない」 から 「知っている」 へ、「関係ない」 から 「自分のこと」 へ、「不安」 から 「試してもよさそう」 へと変わっていきます。ただ、気持ちが前向きになっても、行動しにくい状況が残っていれば購入には至りません。
価格が高すぎる、どこで買えるかわからない、店頭で見つけにくい、使い方が難しそう、パッケージが魅力的ではない、続ける理由が弱いといった問題は、伝え方をさらに工夫する必要があります。試しやすい価格、買いやすい売り場、見つけやすい棚、使いやすい商品、続けやすい体験をどう整えるかは、商品開発や価格設定、流通や店頭の施策で手を打つ領域です。
マーケティングでも、コミュニケーションでお客さんの気持ちを前向きにし、商品・価格・販路・体験で実際の一歩を踏み出しやすくする、という役割分担で考えると整理しやすくなります。
期待をつくり、体験で回収する
マーケティングコミュニケーションでつくった期待は、お客さんが実際に商品を使ったときに確かめられます。「簡単そう」 と思って買った人が本当に簡単だったと感じ、「自分に合いそう」 と思って買った人が本当に合っていたと感じれば、次も選んでもらえる見込みが高まります。
反対に、伝えた内容と使ったときの印象がずれていれば、期待が大きかった分だけがっかりされてしまいます。伝えた内容を商品体験で裏づけられるかどうかが、トライアルを次の購入につなげられるかを左右するのです。
まとめ
シニア女性にスマホを教えた経験をもとに、新商品のトライアルを阻む消費者心理と、マーケティングコミュニケーションの役割を考えてきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 人は商品の便利さや魅力への期待だけでは行動しない。失敗への不安が小さくなって初めて一歩を踏み出せる
- マーケティングコミュニケーションの役割は、商品の魅力とあわせて、試しても失敗しないという安心感を伝えること
- 行動のハードルは伝え方だけでは下がらない。商品・価格・販路・体験までつながって、トライアル購入が生まれる
