2018/08/23

書評: 上杉鷹山の経営学 - 危機を乗り切るリーダーの条件 (童門冬二) 。愛と思いやりが根本にある経営再建


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上杉鷹山の経営学 - 危機を乗り切るリーダーの条件 という本をご紹介します。



エントリー内容です。

  • 本書の内容
  • 目的・優先順位・戦略の明確化。上杉鷹山の組織マネジメント
  • 自ら行動し自己変革をする。驕らず謙虚であれ


本書の内容


以下は、本書の内容紹介からの引用です。

江戸中期、幕府への領地返上を考えるほどの財政危機に瀕していた米沢藩を、軌新な藩政改革と藩士の意識改革で見事に甦らせた上杉鷹山。

希代の名藩主として誉れの高い鷹山とは、いったいどのような男だったのか?そして、その経営手腕とは?

故ジョン・F・ケネディをはじめ、多くの実力経営者やトップリーダーが、尊敬する人物として名を挙げる上杉鷹山の、組織と人間の管理術の要諦を探る。


目的・優先順位・戦略の明確化


興味深いと思ったのは、上杉鷹山の米沢藩主としての考え方です。藩という国のトップと国民との関係はどうあるべきかが、当時の江戸時代の考え方と180度異なりました。

以下は、本書からの引用です。

鷹山の思想がはっきり現れている。つまり、当時の封建幕藩体制下では、藩主はそこの藩民を私し、単なる税源としてしか考えていなかった。領民の人格を全く無視していたのである。しかし鷹山はそうは考えなかった。

ここで国家というのは藩のことである。藩は藩主の私物ではないということと、藩の民すなわち藩民はこれも私物ではないということである。つまり、領民は藩という当時の自治体に属しているものであって、たまたまそこに遭遇した藩主や藩士たちの私的税源では全くない、ということを鷹山は宣言したのである。

だから、藩主というのは、その国家と人民のための仕事をするために存在するのであって、国家や人民は、藩主のために存在しているのではない、と明確に言い切った。

これは、今から二百十五年も前に言った封建領主の言葉とは、とても思えない。後の民主主義政治をおこなう政治家たちでも、ここまではっきり自分の立場を認識して、天下に明言した人は少ない。又明言しても、その通り実行する政治家は更に少ない。

 (引用:上杉鷹山の経営学 - 危機を乗り切るリーダーの条件)

上杉鷹山が米沢藩主になった当時、藩は深刻な財政難でした。この状況を現代に当てはめれば、かつては大企業だったもの経営不振が続き企業規模は小さくなり、慢性的な赤字体質が続く中小企業の社長に外部から就任したことです。

鷹山は藩主として藩を再建するにあたって、目的と方針を明確にしました。

財政再建を、藩主や藩士など自分たちの暮らしを良くし贅沢をするためではなく、米沢藩に住む民を豊かにすることを掲げました。

示した方針は以下です。ここにも、当時の一般的な考え方とは全く違うやり方が見られます。

  • 目的とゴールを明確に示す
  • 情報は全て共有する
  • 職場での討論を活発にすること。立場や身分に臆することなく自分の意見を言ってほしい
  • 討論からの合意は尊重する
  • 現場を重視する。机上の論理ではなく、現場の生きた学問から学ぶ

鷹山のやり方は、目的を設定し達成するために、やること・やらないことをはっきりさせました。つまり、目的と優先順位を付け、戦略を明確にしたのです。


上杉鷹山の組織マネジメント


上杉鷹山の組織の考え方も、現代への組織マネジメントに示唆があります。


組織は人である


以下は本書からの引用です。

組織は人である、ということを鷹山はよく知っていた。そしてその組織は人であるという場合の "人" は、一人一人の人間であるということを知っていた。

だから、まとめてこうしろああしろと言うことを鷹山はしなかった。一人一人の人間をよく見つめ、一人一人の人間の自覚に基づいて自分を変革し、その変革の総和が組織を変革していくというふうに考えていたのである。

だから、鷹山の改革第一歩は、本当は正義の士であり、何ら憚るところのない連中にさえ、「自己変革」 を求めたのである。

 (引用:上杉鷹山の経営学 - 危機を乗り切るリーダーの条件)

組織は人で構成されます。鷹山のやり方は、組織という固まりを見るのではなく、構成する一人一人に目を向けました。

印象的だったのは、鷹山は位や身分にこだわらず、思いやりと優しさの気持ちを込めて家臣や人々と接することです。民への愛を示します。

鷹山の組織マネジメントは、ボトムアップの尊重とトップダウンのバランスを取ります。トップからの情報伝達や指令は、一方的な命令とはしません。目的と意味合いの共有、戦略と方法を伝え、一人一人に納得と共感をしてもらい組織を動かします。


江戸幕府の失敗からの教訓


鷹山のアプローチの背景には、鷹山が教訓として持っていた江戸幕府の政治・財政改革の失敗があります。具体的には以下です。

  • 経営改革の目的が不明
  • 改革を行う推進者に、改革趣旨の共有が徹底されていなかった。指示と命令のみで上から押し付けられた
  • 改革の目的や方法が国民に知らされず、一方的に押し付けられた。世論の喚起が欠けていた
  • 改革の推進者が一部エリートに限られた
  • 一時、幕府の財政再建改革は進み、民衆は暮らしが楽になると期待したが、民衆への税負担はむしろ増やされた (税率が四公六民から五公五民や六公四民に)
  • 根本的に、改革には優しさと労り、思いやりが全く欠けていた

鷹山は江戸幕府の改革を冷静に分析し、示唆を見い出していました。得られた教訓を、米沢藩主として自国の改革に活かしたのです。


自ら行動し自己変革をする。驕らず謙虚であれ


藩の改革を実行するために、印象的だったのは以下でした。

  • 火種を移す
  • 自ら行動する
  • 驕らず謙虚であれ


火種を移す


上杉鷹山が米沢の藩主になり、初めて自国を訪れた時のエピソードです。自国に足を踏み入れた鷹山は、荒れ果てた領内と活気が失われた民の生活を見て絶望的な気分になりました。

その時に目にしたのが煙草盆の火の消えた灰皿でした。何気なくかき回して見ると、灰の中には火種が残っていました。鷹山は灰の中の火種を自分たちの境遇に重ね合わせ、次のように考えました。

  • 冷たくなっているようでも、灰の底には火種が残っていた。この米沢藩も同じである
  • 残っている火種が新しい炭に火をつける。新しい炭火がさらに新しい火を起こす。この繰り返しで、藩政改革の火が大きく燃え上がらないだろうか
  • 米沢藩の改革に賛同する火種の家臣を見極める。改革の火種を、他の藩士や領民に移し炎に変えたい


自ら行動する


上杉鷹山は改革に先立ち、自ら率先して行動でまわりに示します。「してみせて、言って聞かせて、させてみる」 というやり方です。

机上の論理だけではなく積極的に現場に足を運びました。国をまわり、民の様子や声に耳を傾けました。部下からも、耳の痛い言葉にも向き合い、真実を知る姿勢が印象的でした。

外部環境の変化という前提を理解し、謙虚さを失わず、まわりからのフィードバックを積極的に求めました。


驕らず謙虚であれ


鷹山は、家臣に次のように言いました。本書から引用します。

 「よいか。藩主の乱れは、忠臣が本当のことを言わなくなった時から始まる。耳の痛いことを言わずに、耳に快いことばかり報告するようになれば、藩主は次第に暗君になる。真実から次第に遠ざけられるからだ。そうなった時、忠臣はもう忠臣ではない。おまえたちもそうだ」

 (引用:上杉鷹山の経営学 - 危機を乗り切るリーダーの条件)

権力に酔いしれてしまい、まわりが見えなくなります。自分にとって都合の良い声や情報ばかりになると、真実が見えなくなります。適切な判断ができず、決断を誤ります。

驕りを捨て、謙虚でいられるかです。自分にとって耳の痛いこと、不都合な真実に正面から向き合えるかです。

鷹山の姿勢から思ったのは、常に変わることの大切さです。いつまでも未完であり、自分が完璧になることはない、完成することはないという認識です。完成したら後は衰退するだけです。未完であり続け、常に自分のあり方や振る舞いを自問できるかです。


最後に


本書は、現代のビジネスへの示唆に富みます。

米沢藩を企業に当てはめれば、藩主である上杉鷹山は社長、藩士などの家臣は社員、民は生活者や消費者と見ることができます。

鷹山の考え方を現代で見れば、経営は消費者の生活が豊かになることを目指します。

やり方は、社長と企業改革に前向きで意欲のある 「火種社員」 とともに、改革を冷淡したり反旗を翻す社員と向き合いながら、トップダウンと現場からのボトムアップで会社を再建させます。

本書には、リーダーシップは組織マネジメントへのヒントが多くあります。



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書いている人 (多田 翼)

ベンチャーから一部上場企業の経営・事業戦略を支援。マーケティング、コンサルティング・アドバイザー・メンター、プロダクトマネジメント。前職は Google でシニアマーケティングリサーチマネージャー、現在は独立 (詳細は LinkedIn または Facebook をご覧ください) 。

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1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身、学生時代は京都。現在は東京23区内に在住。気分転換は毎朝の1時間のランニング。