身近な人に言いたいことがあっても、それを言われた相手の気持ちを考えると、直接伝えるのはなかなかできないですよね。
今回は、制汗剤 「デオナチュレ」 がこうした人間心理を捉え、どのようにマーケティングを展開したのかを見ていきます。
成功する施策の裏には緻密な顧客理解と価値提案があります。ぜひ一緒に秘訣を探っていきましょう。
デオナチュレのマーケティング
出典: デオナチュレ
ご紹介したいのは制汗剤の 「デオナチュレ」 の事例です。
シービックというメーカーが販売している制汗剤で、女性用と男性用の2つのラインナップがあります。
これまでのマーケティング課題
まずは課題からの背景を見てみましょう。
デオナチュレは以前、男性向けキャンペーンの応募がふるわないというマーケティング課題を抱えていました。
制汗剤市場の特徴として、「汗やにおいが気になる」 という女性は、かなりの割合ですでに制汗剤を使用している。一方、男性の場合は 「気になる」 と感じながらも、実際に制汗剤の商品を使用している人は6割程度にとどまっており、特に開拓の余地が大きい。
(中略)
同社 (引用者注: デオナチュレを展開するシービック) ではブランドサイトから住所などの個人情報を入力して応募すると、試供品をプレゼントするキャンペーンを、女性と男性向けにそれぞれ実施してきた。ところが、男性向けのキャンペーンは応募率がふるわなかった。
そこで、デオナチュレのマーケティングチームは発想を転換しました。
ヒントになったのは、女性顧客にまつわるデータだ。女性向けにサンプリングキャンペーンを行うと、応募率は男性向けキャンペーンより2倍以上も高い。さらに競合ブランドと比較してデオナチュレに特徴的だったのが、女性が男性用商品を代理購入する率が高かったこと。また、男性用ブランド 「男デオナチュレ」 の認知度は、男性より女性のほうが高かったという。
加えて、毎年デオナチュレが男女それぞれ1万人ずつに行う調査では、男性が使用している制汗剤を知ったきっかけとして 「店頭や Web 広告を見て」 という回答に匹敵するほど、「身近な女性に薦められたから」 という回答が多かったそうだ。身近な人からの推奨が、最初の使用体験を生むうえで重要だと分かった。
また調査では、9割以上の女性が 「男性のにおいが気になったことがある」 と回答しているが、そのうち約7割の女性は、「そのことを指摘したことはない」 と回答。「指摘すると相手を傷つけるのではないかと思ってしまう」 といった女性側の思いが浮かび上がってきた。
マーケティング施策と成果
では、デオナチュレはどんなマーケティングの打ち手を取ったのでしょうか?
そこで20年から、男性用と女性用の試供品をセットにしたプレゼントキャンペーンを開始した。デオナチュレユーザーの女性向けにサンプリングキャンペーンを行い、そのサンプルに男デオナチュレを同梱する企画だ。女性ユーザーから身近な男性に、手渡してもらうことを狙ったわけだ。
キャンペーンを設計するうえでは、女性から男性に手渡してもらうという導線が、狙い通りに実行されるかが懸念点だった。そのため、キャンペーンに応募した女性が次の行動で迷わないように、サイトやパッケージの案内を分かりやすく構成した。
例えば、試供品のパッケージには、女性用に足指さらさらクリームが、男性用にはワキ用と足用2つの試供品が入っており、女性用商品には 「あなたにはコチラ」 、男性用商品には 「男性に渡してね」 という文言を入れて、分かりやすく表現している。
また、キャンペーンサイトでは 「家族やパートナーの汗のニオイ、気になりませんか?」 「パートナーにニオイケアをしてもらうためには…」 といった文言を記載することで、閲覧者の共感を呼ぶのに加え、自分用に試供品を取り寄せるだけでなく、においが気になる身近な人に渡す、というキャンペーンの趣旨を繰り返し伝えた。
(中略)
キャンペーン応募者へのアンケートでは、実際に9割以上が男性に試供品を渡したと回答。においケアを勧める心理的なハードルが低かった、という声も聞かれたという。
また、キャンペーン応募者のうち 30% が、試供品をもらった後に実際に商品を購入していると答えており、売り上げ増加にも貢献している。
学べること
では制汗剤のデオナチュレの事例から、学べることを掘り下げていきましょう。
制汗剤 「デオナチュレ」 の課題と解決策
女性に男性用の制汗剤も一緒に入ったサンプリングを企画した背景には、男性と女性で試供品への反応の違いがありました。男性は女性に比べて試供品への反応率が低く、また、女性が男性の代わりに購入する代理購買もされていました。
制汗剤 「デオナチュレ」 の課題は男性からの利用へのハードルでした。一度でも使ってもらえればその良さが理解してもらえるのに、使用されないことが障壁となっていました。このハードルを乗り越えるアイデアが求められていました。
すぐに思いつくのは、男性への無料での試供品の提供です。しかし、デオナチュレは一工夫を加えました。
女性用と男性用の制汗剤をセットにした試供品を女性に渡すことで、身近な男性にも制汗剤を試してもらう仕組みにしたのです。
コミュニケーション設計
女性の既存購入者に絞って広告などのマーケティングコミュニケーションを展開したのも注目に値します。
過去にデオナチュレを購入した経験のある層に広告を出しました。絞った意図は、自分が使って良いと思ったものしか身近な男性に勧めないだろうという見解にもとづいています。マスに広くサンプリングを展開するのではなく、配って欲しい人を絞ってのキャンペーンにしたわけです。
他に興味深いのは、女性に男性用制汗剤のサンプルを単に渡しただけではなかったことです。
女性用商品には 「あなたにはコチラ」 、男性用商品には 「男性に渡してね」 という文言を入れてたり、キャンペーンサイトでは 「家族やパートナーの汗のニオイ、気になりませんか?」 「パートナーにニオイケアをしてもらうためには…」 といったメッセージを伝えました。
女性への共感を呼ぶようにし、自分用に試供品を取り寄せるだけでなく、においが気になる身近な男性に渡すというキャンペーンの趣旨を繰り返し伝えています。
お金を払って買ったものではなく、あくまで試供品としてタダでもらったものだからという理由で男性に渡しやすい仕掛けにすることで、女性の行動 (制汗剤を渡すことで身近な男性に清潔になってほしいことを暗黙的に伝える行動) を後押したのです。
顧客インサイトからの施策
デオナチュレのマーケティングチームは、女性の顧客インサイトという 「人を動かす隠れた気持ち」 を捉えていました。身近な人やパートナーの臭いが気になると感じても、それを直接本人に伝えるのはどうしてもはばかられるものです。指摘すると相手を傷つけるのではないかと思ってしまいます。
そこで、女性が 「男性にすすめて間違いない (男性に渡しても失敗しない) 」 と思う男性用制汗剤もセットにした試供品を渡すことで、身近な男性に間接的にメッセージを伝えられるようにしました。
相手の男性に伝える心理的ハードルを下げられる企画にできたのは、こうしたお客さんの行動や心理への理解があったからこそです。顧客インサイトを捉えた打ち手です。
Who と What の明確化
たとえ試供品であっても、「タダであげます」 というだけではお客さんの心に響かないでしょう。顧客インサイトまでの理解があり、深い顧客理解にもとづいた価値提案をするからこそ、お客さんの態度や行動に変化を及ぼすことができます。
マーケティングで大切なのは、「Who (誰に向けて) 」 と 「What (どんな価値を提供するか) 」 の2つです。
デオナチュレの今回の事例を当てはめると、
- Who: デオナチュレを買って使ったことがある女性で、身近な男性におすすめし、清潔感を今よりも上げてほしいと思っている人
- What: 女性用と男性用のデオナチュレの制汗剤の試供品セットから身近な男性に気軽に渡せ、伝えたかったことを相手の気分を害せずに自然と伝えられる価値
以上のような顧客インサイトに沿っての Who と What を明確にし、その後に How であるサンプリングやコミュニケーションの施策に落とし込まれているところに、今回の学びのポイントがあります。
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