どうすれば、お客さんの心をつかめるマーケティングができるのでしょうか?
そのカギとなるのは、お客さんを主語にした KPI (Key Performance Indicator: 重要業績評価指標) の設定にあります。
今回はドイツの電気自動車メーカーの smart の事例から、顧客体験を高める KPI 設計の秘訣を探っていきましょう。
ドイツの電気自動車メーカー smart の KPI 設定
ご紹介したいのは、ドイツの電気自動車メーカー smart の事例です。
smart は1994年に設立され、二人乗り用の小型電気自動車をドイツやフランス、中国を中心に販売している会社です。
同社 (引用者注: smart) は2021年から注力するデジタルを中心とした顧客体験設計により新規顧客の獲得に成功し、主要市場であるドイツでは2023年5月の発表で販売台数が、前年比 127.3% を記録した。
(中略)
現在、電気自動車の領域ではどのメーカーも高性能な製品を販売しており、製品スペックでの差がほとんどない状態だという。そこで smart が差別化のため、着目したのがデジタルエクスペリエンスだった。
Praveen Sadhineni (プラビーン サディネニ) 氏 (引用者注: smart のヨーロッパ社カスタマーエクスペリエンス CoE) は 「顧客がブランドに求めている価値の本質は、エクスペリエンスにあると考えている。顧客は常にブランドがどのような体験を与えてくれているかに注目し、その体験によってブランドを評価している。それゆえ、よいブランドとは、顧客との関係を生み出し、継続する体験を提供し続けることと定義できるだろう」 と説明した。
良いエクスペリエンスを実現するために、smart はどんな取り組みをしているのでしょうか?
それでは、具体的に smart は、どのようなエクスペリエンスの創出を目指したのだろうか。
smart が顧客体験設計におけるマーケティング戦略上の狙いとして掲げたのは 「関心から購買までのリードタイムの短縮」 だ。
「電気自動車のカテゴリーは、関心を持った後、購入するまでの期間が比較的長い傾向にある。そこで smart では顧客が関心を抱いてから購入までの時間を短縮することを重要な指標とした。具体的には、『顧客が電気自動車に興味があるのか』『具体的に smart の機能について知りたいのか』など、顧客の関心に合わせて購入までに必要な情報を、パーソナライズした一連の体験として提供することでリードタイムの短縮を実現した。」 (Praveen Sadhineni 氏)
さらに、購入までのリードタイムを短縮し、企業として収益性の高い成長を同時に追い求める中で同社が KPI として定めるのは Time to Value (以下 TtV) だという。TtV とは、顧客が商品やサービスを利用して 「利用価値があった」 と気づくまでの時間を指す。
「例えば、E メールは日々企業からたくさん届くが、それを読む時間はなかなかない。だからこそ、読む価値があると思ってもらえる E メールを届けることができれば、私たちにとっては競争優位性を発揮できるチャンスだと考える。一例だがこの積み重ねが顧客にとっての価値となり、顧客と企業の距離が近づいていく。」 (Praveen Sadhineni 氏)
学べること
では電気自動車メーカーの smart の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。
エクスペリエンスと KPI 設定
買い手が求めている価値とは、商品やサービスによって提供される 「豊かなユーザー体験 (エクスペリエンス) 」 に行き着きます。
では、良いエクスペリエンスを提供するためには、何を目標にして、どのような戦略や施策を展開するといいのでしょうか?
今回の smart の事例で見てみましょう。
電気自動車は、お客さんが関心を持ってから購入するまでの期間が比較的長い傾向にあります。
そこで smart は、お客さんにとっての良いエクスペリエンスが実現しているかの目安を、「興味を抱いてから購入までの時間」 に置き換えました。検討時間が短いほど、良い体験を提供できていると解釈したわけです。
期間を短くするための施策は、お客さんの関心に寄り添った情報提供でした。
たとえば、「お客さんが電気自動車に興味があるのか」 「具体的に smart の機能について知りたいのか」 などです。お客さんのその時の関心に沿って、購入までに必要な情報を1人ひとりに合わせてパーソナライズしました。
KPI の進化
注目したいのは、smart は購入までのリードタイムを短縮するだけでなく、収益性の高い成長を実現するために KPI を進化させたことです。
新たに定めた指標は 「Time to Value (TtV) 」 でした。お客さんが商品やサービスを利用して 「価値があった」 と感じるまでの時間です。
smart は購入までの検討時間を短くし、かつ価値を感じるまでの時間の短縮も目指しました。明確な KPI 設定、KPI から落とし込まれた施策の実施が、売上増や新規顧客の獲得につながったのです。
勝ち筋を KPI に反映する
smart の事例からの学びを一般化してみましょう。
結論から言うと、学べるのは自分たちの 「勝ち筋」 を KPI 設計に落とし込む重要性です。
smart が見出したお客さんのエクスペリエンス向上のポイントは、以下の2つの時間の短縮でした。
- 興味を持ってから購入までの時間
- 商品やサービスを利用して 「価値があった」 と気づくまでの時間
時間短縮が実現できればユーザー体験が向上し、顧客獲得や売上につながります。
お客さんに提供する良い体験などの実現したい状態を直接的に測るのが難しい場合は、代替とする KPI を置くことで効果的な目標設定ができます。
smart では、良いエクスペリエンスの提供度合いの代替指標として、お客さんが関心を抱いてから購入までの時間、そして、お客さんが価値があると気づくまでの時間を 「Time to Value」 としました。自分たちの勝ち筋であるこれらの時間をいかに短縮できるかを目標にし、追うべき指標としました。
お客さんを主語する KPI 設定
マーケティング視点で見たときに smart の KPI 設定の特徴は、主語がお客さんであることです。
お客さんが購入を決めるまでの時間、お客さんが価値を感じるまでの時間、これらの指標はすべて 「お客さんが...」 というお客さんを主語にして表現されています。
マーケティングという物語における主役はお客さんです。マーケターの役割は、主役が舞台でいかに輝くか、お客さんがより良い状況になることを支援することです。
KPI 設定には、お客さんを主語にすることが重要です。お客さん目線になった目標設定ができ、お客さんに価値をもたらすマーケティングにつながります。
まとめ
今回はドイツの電気自動車メーカーの smart の事例から、学べることを見てきました。
最後に学びのポイントをまとめておきます。
- KPI 設計では自分たちの 「勝ち筋」 を反映させることが重要
- 良いユーザー体験をもたらしたかなど直接的に測るのが難しい場合は、代替とする KPI を置くことで効果的な目標設定になる
- マーケティング観点でのポイントは、お客さんを主語にした KPI 設定にすること。お客さん目線になった目標設定から戦略、実行までを KPI でつなぐことで、お客さんに価値をもたらすマーケティングを展開できる
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