#経営 #多角化企業 #付加価値

複数の事業を持つ会社では、各事業へのリソース配分、そして、異なる事業の強みをどう結びつけるかが経営者に問われます。

では、多角化企業の経営者はどうすれば「付加価値」を生み出し、企業価値を高められるのでしょうか?

今回は、沼上幹さんの書籍『経営者の〈付加価値〉- 理論構築者としてのトップ・マネジメント』を取り上げ、多角化企業の経営者が価値を生み出すための判断と行動について紐解きます。

本書が問うものと想定読者

本書の中心的な問い

複数の事業を展開する大企業がありますが、各事業を束ねる経営者は会社にどんな価値を加えているのでしょうか?

本書は、多角化企業の経営者の〈付加価値〉を二つのモデルから論じます。一つは、株主から経営を任された代理人として、事業間の資源配分と実行管理を担う「代理人モデル」です。

もう一つは、自社の複数事業から独自のシナジーを生む仕組みを経営者自らが構想し、理論として組み立てる「創造的企業者モデル」で、本書では「イノベータ・モデル」とも呼ばれています。

本書の議論は代理人モデルの考察から始まり、経営者による理論構築へと進みます。

想定読者

この本の中心となる読者は、多角化企業の経営者です。そうした企業に投資する株主にとっても、本書は経営者が会社に何を加えているのかを考える手がかりになります。

単一事業の経営者や経営に携わっていない人も、事業が増えたときに経営のどこが難しくなるのかを具体的に知ることができます。大企業の経営を中心に扱い、文体も学術的なので読む人を選びますが、複数の事業を持つ会社の経営者が何によって企業価値を高めるのかを深く追えるところに、本書のおもしろさがあります。

本書を読むにあたっては、タイトルにある〈付加価値〉が、日常で使う「付加価値」とは少し違う意味で使われている点を押さえておくと理解しやすいです。

経営者の〈付加価値〉とは?

一般に「付加価値」というと、商品に加工を施して増えた価値や、企業が新たに生み出した価値を思い浮かべるかもしれません。本書の山かっこ付きの〈付加価値〉は、ある人やものを取り除いたときに失われる価値を指します。

多角化企業の経営者に当てはめると、その経営者がいなければ生まれなかった価値が〈付加価値〉です。

株主は自分で投資先を選べ、各事業の責任者も自分の事業を運営できます。そのなかで経営者が担うのは、事業を横断してリソースを配分し、事業同士のつながりを活かす役割です。経営者の判断によって顧客に選ばれる商品やサービスが増え、将来の収益が伸びれば、経営者の〈付加価値〉は企業価値に結びつきます。

同じ事業を保有していても、誰が経営するかによって生み出せる価値は変わります。では、経営者は何によって、他の人には生み出せない価値を加えるのでしょうか?

本書の議論は、同じ現場情報を得ても経営者によって見える景色が異なり、異なる答えを出せるという見方から始まります。断片的な情報から自社の本質を読み取り、将来に向けた構想を組み立てる経営者を、本書は「理論構築者」と呼びます。

経営者がどんな場面でその違いを生むのかを考えるために、本書はまず、株主から経営を任された代理人としての経営者を考察します。すなわち「代理人モデル」です。

代理人モデルでの〈付加価値〉

代理人モデルでは、株主が会社の経営を経営者に任せます。

代理人モデルとは

株主がその投資している会社について得られる情報には限りがある一方、経営者は各事業の内部を継続して見ています。

経営者が把握していることは様々あります。事業ごとの人材、技術、資金、ビジネスモデル、顧客との関係、競合や市場環境といった実態です。事業責任者との情報交換や対話から将来の見通しも立てられるので、外部の株主が持つ情報や洞察と多角化企業の経営者のそれらの差が、代理人として経営者が振る舞うときのアドバンテージになります。

その強みを使う仕事の一つが、キャピタル・アロケーションという事業間の資源配分です。経営者は各事業の状況を踏まえ、会社全体の将来の収益を考えながら、どの事業に資金や人材を振り向け、どの事業で投資を抑えるかを決めます。

配分した資源が成果を生むまで、経営者の仕事は続きます。経営者は、顧客の反応や社内の仕事の進め方が売上や利益にどうつながるかを「戦略マップ」として捉え、進み具合を確認する指標として KPI を選びます。

数字が目標に達していても、事業の実態とずれていれば判断を誤ります。そこで経営者は事業責任者と話して数字の意味を確かめ、数字をよく見せるための恣意的・迂回的な行動にも目を配りながら、必要に応じて資源の使い方や事業の進め方を修正し、財務成果につなげます。

代理人モデルの実践

本書が代理人モデルの実行管理の事例として取り上げるのが、1981 ~ 2001 年に GE の CEO を務めたジャック・ウェルチです。ウェルチは財務成果を重視しながら、成果に至る因果関係を深く追い、KPI が実態を反映しているかを事業の現場に入って確かめました。

資源を配分した後の実行まで管理するところに、代理人モデルでの経営者の〈付加価値〉が表れます。ただし本書は、この〈付加価値〉に条件を付けています。

戦略マップと KPI がすでに確立した事業では、経営者の役割は実行管理にとどまります。経営者が戦略の方向性まで判断できるのは、それらがまだ定まっておらず、事業責任者と議論しながら戦略マップや KPI をつくっている段階です。

さらに事業の数が増え、事業の性質も多様になると、経営者一人が把握できる情報には認知的な限界が来ます。代理人としての実行管理も、戦略の方向性の判断も、一人の経営者が担いきれなくなっていくわけです。

事業が増えるほど代理人としての役割が難しくなるなら、多角化企業の経営者は何によって〈付加価値〉を生み出せるのでしょうか?

創造的企業者モデルによる〈付加価値〉

本書の後半は、複数の事業からシナジーを生み、新しい事業機会につなげる経営者の役割を扱います。シナジーとは、複数の事業を組み合わせたときに、それぞれを別々に営むより大きな成果が生まれる効果のことです。

議論を追いやすくするために、先に本書の二つの用語を確認しておきましょう。「シナジー・コア・メカニズム」と「シナジー・コア理論」です。

  • シナジー・コア・メカニズム: 自社の強みと事業機会が結びつき、複数事業の間でシナジーが生まれ、事業の組み合わせが維持・生成される仕組み
  • シナジー・コア理論: 経営者がその仕組みを捉えて言葉にし、どの事業を育て、どう組み合わせるかの判断に用いる理論

仕組みというのはたとえば、複数事業に共通する技術や人材を新しい顧客の課題に活かし、次の事業機会を生むまでの流れがそうです。経営者が「自社にはどんな共通の強みがあり、どの市場で、なぜ価値になるのか」を説明できる形にしたものがシナジー・コア理論です。

経営者がシナジー・コア理論を自ら構築し、改訂し続ける姿を、本書は「創造的企業者モデル」と呼んでいます。

経営者には、社外の取引を超えるシナジーが求められる

とはいえ、事業を組み合わせさえすれば経営者の〈付加価値〉になるとは限りません。

経営者は事業責任者同士をつなぎ、個々の事業の範囲を越えた組み合わせを形にできます。たとえば、ある事業の技術を別の事業の顧客課題に活かせば、各事業を別々に営む場合より大きな成果を見込めます。

ところが、同じ成果が企業同士の提携でも得られるなら、二つの事業を一つの会社に置いておく理由を見出だせなくなります。また、他の会社がその事業を保有したほうが、より大きな価値を生むケースも考えられます。

社内で事業同士の協働を進めるには、部門間の調整に時間や費用がかかります。経営者に求められるのは、そうした費用を差し引いても、社外との取引や他の所有者による経営を上回る価値を生み出すことなのです。

社外の取引では生まれない価値を生むには、自社の事業群にしかない共通の強みを見つけることが手がかりになります。

日立製作所の事例から、シナジーを生む仕組みと理論を理解する

本書が取り上げる日立製作所は、そうした強みを見出した事例です。

日立は 2009 年 3 月期に、国内製造業で当時最大となる 7,873 億円の最終赤字を計上し、その後、事業の売却や買収を通じて事業構成を大きく組み替えてきました。

日立には、設備をつくる事業、設備の制御や運用に関わる技術、データを扱う IT 事業があります。工場や社会インフラなどの設備を制御・運用する技術を OT(Operational Technology)と呼び、日立の経営者たちは自社の事業を「OT × IT × プロダクト」という枠組みで捉えました。

この枠組みを事業に活かす取り組みが、2016 年に始まった「Lumada (ルマーダ)」です。

インフラ設備の運用・保守を例にとると、設備の稼働データを集めただけでは顧客の課題は解けません。日立は、設備が本来どう稼働すべきかという OT の知見と、データを分析する IT の技術を組み合わせ、点検や運用の判断に役立てています。ある顧客の課題に向けて複数事業の人材や技術が協働し、そこで得た知見を次の顧客に活かせれば、事業をまたぐ新たな収益機会が生まれます。

日立の「OT × IT × プロダクト」は、異なる事業の背後にある強みと事業機会を結ぶシナジー・コア理論です。Lumada を通じた顧客との協創は、この理論を事業活動に移す取り組みです。

日立の事業構成は社外にも開示されていましたが、それを「OT × IT × プロダクト」と捉える理論も Lumada の構想も、投資家が日立に提案したものではありません。日立の経営者たちが自社の能力 (コア・コンピタンス) を読み解いて、現場の情報と洞察から理論を創り、市場に示し、投資家はその構想に沿った取り組みと成果を後から評価したのです。

多角化企業の経営者は、どうシナジーを生み出すか?

日立の事例を踏まえ、本書の議論を経営者の行動に当てはめると、次の四つに整理できます。なお、四つへの整理は本書の記述をもとにした私なりの読み方です。

  • 事業を横断する強みを、自社独自の解釈で定義する: 同じ事業群を見ても、どの能力を共通の強みとみなすかは経営者によって異なる。個々の事業責任者や投資家の視野からは捉えにくい事業群の共通性を、自社の言葉で示す
  • 強みと事業機会を結ぶ理論を組み立てる: どの強みを組み合わせると、顧客のどんな課題に貢献できるのかを考える。たとえば日立の「OT × IT × プロダクト」のように、事業の捉え方を示し、誰が何を担い、価値と収益にどうつながるかまで言葉にする
  • 事業の壁を越えて実行する: 必要な部門から人材や技術を集め、投資の優先順位を決める。ある事業が協力した成果が別の事業の売上になる場合も、会社全体の利益を見て協働を進める
  • 成果を確かめ、次の事業機会に活かす: 顧客に選ばれた組み合わせと利益へのつながりを確認し、理論や資源配分を見直す。得られた知見を次の顧客や市場に活かし、事業の組み合わせを検討する

四つのうち、実行と成果の確認には代理人モデルで見た資源配分や実行管理が含まれ、強みの定義と理論づくりは創造的企業者モデルの役割にあたります。

事業責任者との対話や実行から自社の強みを学び、その理解を次の事業選択に使うという意味で、二つのモデルを一連の経営として捉えるのが私なりの解釈です。

理論が完成した後の〈付加価値〉のつくり方

では、一度理論をつくれば、経営者は〈付加価値〉を持ち続けられるのでしょうか?

本書の答えは厳しく、シナジー・コア理論にも代理人モデルと同じ条件が付きます。すなわち、経営者が〈付加価値〉を主張できるのは、新しい事業が生まれるか、経営者が新しい視点から事業を捉え直し、戦略マップと KPI が開発・改善され続けている場合に限られるのです。

仮に自社ならではのシナジー・コア理論が完成しても、それ以上手を加えても業績が変わらない段階に入ると、一度理論が開示されると他社も投資家も使える知識になります。そうなると、その理論から得られる価値は経営者がいなくても手に入るため、経営者の〈付加価値〉は失われるわけです。

経営者が理論を創り、投資家がそれを後から評価するという分業のなかで、経営者が価値を持ち続ける道は、顧客や市場の変化に合わせてシナジー・コア・メカニズムを創り、それを理論化して書き換え続けることにしかありません。

同じ情報から自社独自のシナジー・コア理論を体系化し、それをアップデートし続けるところに、多角化企業の経営者が生み出す〈付加価値〉があると本書は結論づけています。

まとめ

  • 〈付加価値〉は、その人やものがいなければ失われる価値。多角化企業の経営者には、事業の成果を変え、企業価値を高める固有の貢献が問われる
  • 事業間のシナジーには、社外の取引や他社による経営を上回る価値が求められる
  • 「代理人モデル」では、社外の株主が把握しにくい各事業の実態を踏まえて資源を配分し、戦略マップと KPI で実行を管理する
  • 「創造的企業者モデル」では、経営者が同じ情報から異なる答えを出し、自社の強みと事業機会を結ぶ理論を構築する。日立製作所の「OT × IT × プロダクト」は、経営者が創り、投資家が後から評価した理論の例
  • 理論は完成して開示されれば〈付加価値〉を失う。実行から得た知識で新たなシナジー・コア・メカニズムを創り、理論化し続けることが、経営者の〈付加価値〉をつくり企業価値を高める条件になる