ビジネスで見落としがちなのは、自分たちのお客さんが実際に置かれている “シチュエーション” への理解です。
今回は、STP の方法として 「利用シーンをターゲットする」 というアプローチを具体的な事例から解説します。
顧客心理を汲み取り、お客さんが次に何を望むかを予想し、お客さんが自然と自社の商品やサービスを選ぶ状況をつくる秘訣、ぜひ一緒に学んでいきましょう。
石畳茶屋 縁 -en-
出典: 日経クロストレンド
静岡県島田市にある 「石畳茶屋 縁 -en- (いしだたみちゃやえん) 」 は、和食カフェ、民間図書館、バレルサウナを併設した複合施設です。2023年7月にグランドオープンしました。
みんなの居場所
「石畳茶屋 縁 -en-」 は、地域住民を対象に "みんなの居場所" というコンセプトで運営され、月商数百万円の人気店です。
店内では、羽釡 (はがま) で炊いたご飯を中心とした和食カフェ、地元野菜を使った食事メニュー、本の貸し借りができる民間図書館、静岡県の木材を使用したオリジナルバレルサウナも用意されています。
お昼には主婦やシニア層が集まり、夕方には学生が顔を合わせるなど、町民の皆の居場所となり、様々な年齢層の人々に支持されています。
ユニークな STP 設計
マーケティングの観点で注目したいのは、「石畳茶屋縁 -en-」 のターゲット設定の方法です。
マーケティングには STP という定石とも言えるプロセスがあります。
STP の S と T はそれぞれ Segmentation と Targeting で、市場や顧客を特定の切り口で分解し (セグメント化) 、その中から狙う顧客セグメントを決めます (ターゲティング) 。
STP では特定の顧客層やカテゴリーを絞り込むことがセオリーですが、「石畳茶屋縁 -en-」 の場合は少し違ったアプローチをとっています。
コンセプトは "みんなの居場所" をつくることであり、これが意味するのは 「特定の誰か」 ではなく、地域住民全員を対象とするということです。
しかし誰でも全員を大歓迎としてしまうと、「誰にどんな価値を提供するのか」 がぼやけ、訴求力が弱まってしまいます。
そこで 「石畳茶屋縁 -en-」 は、具体的なカフェの利用シチュエーションを先に想定し、シチュエーションを起点にポジショニングを定義しました。STP のセグメンテーションとターゲティングを 「利用シーン」 で進めたのです。
4つの利用シーン
具体的な利用シチュエーションは4種類で設計しました。
出典: 日経クロストレンド
- 毎日立ち寄る "止まり木" として過ごす人
- 1.5時間の時間の余暇を過ごす人
- 週末に家族や友人みんなで過ごす人
- 学校の帰りのたまり場として過ごす人
たとえば1つ目の 「毎日立ち寄る "止まり木" として過ごす」 という利用のシチュエーションでは、想定する人をシニア層としました。日中は時間の余裕があり、ふらっとお店に立ち寄るといった利用シーンです。
このシチュエーションでは、毎日コーヒーやお茶を飲んでもらえる場所というポジショニングを狙います。
利用シーンからの商品・サービスの決定
利用シチュエーションを具体化した後は、具体的な顧客像 (ペルソナ) 、利用頻度や提供する商品・サービスを決めていきました。
出典: 日経クロストレンド
利用シチュエーションと利用者の顧客イメージが固まれば、それぞれに合ったメニュー開発と価格設定ができます。
シニア層にはゆっくりと過ごしてもらうため、時短メニューではなく羽釡で炊いたご飯と蒸し野菜、お肉を提供するという具合です。他の顧客層である学校帰りに利用する小中高生には、子ども向けのメニューや SNS と相性の良いクリームソーダを提供するなどです。
学べること
では 「石畳茶屋縁 -en-」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。
文脈をターゲットする
この事例が示唆に富むのは、人だけでなく “顧客文脈” まで絞っていることです。
その人が置かれている文脈やシチュエーションまで考慮することの重要性です。
静岡県島田市にある 「石畳茶屋 縁 -en-」 は、和食カフェ、民間図書館、バレルサウナを提供する複合施設として、地域住民全体の人たちをお客さんに想定しながらも、具体的な利用シチュエーションを設定しました。
これにより、たとえばお客さんのペルソナ像がより具現化されるなど、関係者間での顧客像や利用シーンへの認識をそろえることができます。
利用シチュエーションからのサービス考案
「石畳茶屋 縁 -en-」 では、特定のシチュエーションにおいて 「誰が、どういう状況で利用するか」 を起点にし、それにもとづいてお客さんに喜ばれるメニューやサービスを考え出しました。
お客さんが本当に求めているものは何か、どのような状況やシチュエーションでそのニーズが生じるのかを理解することで、お客さんの利用文脈に合ったサービスとなり、顧客満足度を高めることにつながります。
カテゴリーエントリーポイント
利用シチュエーションという顧客文脈は 「カテゴリーエントリーポイント (Category Entry Points: CEP) 」 としても機能します。
カテゴリーエントリーポイントは、人が何かをしたいとか使いたいと思ったときの “きっかけ” や ”状況” を指します。エントリーポイントは入口というニュアンスで、そのカテゴリーの世界に入るきっかけとなるのがカテゴリーエントリーポイントです。
このような時にこう過ごしてほしいというお客さんのシチュエーション設定は、カテゴリーエントリーポイントのことです。
顧客文脈やカテゴリーエントリーポイントでは、お客さんの立場になれば、何かをしたいと思ったときに、複数の候補が頭の中の選択肢としてある状態です。
その時に、いかに自分たちのことを思い出してもらえるかという想起、そして想起集合 (頭の中の選択肢の束) の中から、自分たちが選ばれるかが勝負の分かれ目になるわけです。
自分たちが選ばれやすければ、顧客文脈の中での自社のポジショニングの確立できている状態です。
STP への示唆
ここまで見てきた 「石畳茶屋 縁 -en-」 の事例は、マーケティングの定石である STP の効果的な使い方を教えてくれます。
顧客文脈、つまり利用される背景やシチュエーションにもとづいてマーケティング戦略や施策を構築していく方法に示唆があります。
お客さんの具体的なニーズとそのニーズが発生する文脈 (バックグラウンドやシチュエーション) を理解し、それに応じた商品・サービスを提供することで、ビジネスは新しいお客さんの獲得、既存のお客さんの継続購入、さらには購買頻度の増加にもつながります。
このアプローチは、顧客中心のビジネスを追求する企業にとっての示唆を与えてくれます。
まとめ
今回は 「石畳茶屋 縁 -en-」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 想定するお客さんが置かれている具体的なシチュエーションまで理解することで、人だけではなく顧客文脈まで明確にしたマーケティングができる
- 利用シチュエーションはカテゴリーエントリーポイント (CEP) 。お客さんが何かをしたい時に、自社商品・サービスを想起されることが、選ばれるかどうかにつながる
- STP では利用シチュエーションにもとづいてセグメント化からターゲティング、そして目指すポジショニングを具体化する。顧客のニーズに応じたサービスの提供により、新規顧客獲得からリピート増加までを目指す
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