投稿日 2024/06/12

キーエンスのすごい営業力に学ぶ、頭の中の想起の引き出しとジョブ理論

#マーケティング #頭の中の引き出し #ジョブ理論

なぜその商品や企業は、お客さんの頭の中で 「最初に思い浮かぶ選択肢」 になれるのでしょうか?

この疑問に答えるヒントは、驚異的な営業力で知られる会社、キーエンスに隠されています。

いかにお客さんの文脈やシチュエーションにおいて、自社商品のことを思い出してもらえるのか。その秘訣をぜひ一緒に紐解いていきましょう。

キ-エンスの営業力のすごさ


あるビジネス書籍に書かれていた、キーエンスの営業力のすごさが興味深かったです。


本のタイトルは 「LTV (ライフタイムバリュー) の罠 (垣内勇威) 」 です。

この本から該当箇所を引用します。著者が顧客インタビューで聞けたエピソードです。

キーエンスの顧客の中には、受託で工場機械をつくる人たちがいます。大手企業の工場からラインに必要な機械を都度依頼されてつくる、中小企業や町工場の職人たちです。大手企業から無理難題が降ってくるたびに、頭を悩ませながら、カスタマイズした工場用機械をつくります。

工場用の機械をつくるには、しばしば今まで使ったことのない仕様の部品が必要になります。例えば、センサーなら 「布でできた素材を上から圧迫して、ある箇所の厚みが5センチになったら機械の動作を止めたい」 といった要件を満たす部品を探すのです。

こうしたセンサー部品を探すとき、職人たちはどうするか?検索エンジンで探すのでしょうか?知り合いのメーカーに問い合わせるのでしょうか?そういう職人もいますが、キーエンスと普段から取引している職人は少し変わった行動を取ります。

正解は 「キーエンスの Web サイトを開いて、ただ待つ」 です。顧客インタビューに答えていただいた町工場の職人いわく 「あの人たち (キーエンスの営業) は、Web サイトを開いていたら、すぐに電話をかけてくるんです。だから困ったことがあれば Web サイトを開いて待つんですよ。連絡が欲しければ、それっぽい商品のカタログをダウンロードすれば確実ですね」 とのことです。

私は 「Web サイトを開いただけで営業電話がかかってくるのって、少し怖くないですか?」 と質問しました。質問された職人たちは 「いやぁ、最初はかなり怖かったんですけど、もう慣れちゃいましたね。それにあの人たち (キーエンスの営業) は、いくら断っても嫌な顔一つしないし、メンタルが強いんですよ。なのでこちらもお構いなしにいらないときはいらないって言えますし、全く問題ないんです」 と言うのです。

一番驚いたのは、企業側の卓越した Sense 活動 (引用者注: 顧客のニーズや困りごとを検知する活動) が、顧客に受け入れられているのみならず、顧客の行動さえも変えてしまっていたことです。

キーエンスに学べること


では、キーエンスの営業アプローチから、マーケティングの観点で学べることを掘り下げていきましょう。

お客さんから自社が選ばれるためにはどうすればいいかに示唆があります。

顧客の 「頭の中の引き出し」 


お客さんから選ばれるためには何が必要でしょうか?

まず大事なのは、勝負の土俵の上に上がっていることです。別の表現をすれば、お客さんが何かをしようとふと思った時に、「お客さんの頭の中の引き出し」 に入っているかです。

ここで言う 「引き出し」 とは、何かをしたい・買いたいと思った時に頭の中にある選択肢を指します。人は食べたいなどの何かをしたいと思った時に、それを済ませたり解決するための方法を決めるために、頭の中にある引き出しを無意識にも開けるわけです。

市場と競合の捉え方


頭の引き出しの中には、一般的には複数の選択肢が入っています。この場合に、自分以外の他の選択肢はライバル (競合商品や競合サービス) です。

これが意味するのは、引き出しの中身を全て合わせたものが 「市場」 になるということです。

市場とは、お客さんの頭の中にあると捉えられます。これは、顧客目線での市場定義になり、提供者や売り手側の論理で設定する市場とは考え方が180度異なる発想です。

競合の捉え方も同じです。

引き出しの中身で、自社の商品やサービス以外のものが顧客目線での競合です。お客さんの頭の中に浮かぶ、自社以外の選択肢の全てが競合です。

引き出しの中身からは、一番手前に入っているものが選ばれやすいでしょう。マーケティングの概念に 「トップオブマインド」 というものがありますが、この考え方と同じです。

大事なのは、いかに引き出しの一番前のポジションを取るかです。競合とは、引き出しの一番前のポールポジションを争っているというわけです。


マーケティングの役割


ここまで見てきた 「頭の中の引き出し」 の考え方から、マーケティングの役割を考えてみましょう。

マーケティングに求められるのは 「市場創造」 です。

お客さんの頭の中の引き出しとは、市場そのものでした。つまり引き出しの概念を補助線にすると、マーケティングの役割は 「新しい引き出し」 をお客さんの頭の中に創ることです。

さらにマーケティングに求められるのは、新たに創られた引き出しの中に自分たちが入ることです。そして、"One of them" で入っているだけではなく、引き出しの一番手前を目指します。

ポールボジションを獲得することで自分たちが選ばれる確率を高め、偶然ではなく意図的に選ばれるための戦略と施策を展開するのがマーケティングです。

理想は、その引き出しの中に自分たちしかいない状態です。「◯◯ ならこのブランド」 という絶対的なポジションを確立することです。

キーエンスの事例では、町工場の職人さんの人たちがやったのは、キーエンスの Web ページを見て待つ、急ぐなら資料をダウンロードするというキーエンスにとって理想的な 「キーエンス一択」 でした。

では、選ばれる確率を高めるために、どうすればいいでしょうか?


お客さんから選ばれる確率を高めるために


ヒントは 「ジョブ理論」 にあります。

ジョブ理論とは


ジョブ理論は、クリステンセンが提唱したマーケティングの理論です。クリステンセンは、経営理論の 「イノベーションのジレンマ」 や 「破壊的イノベーション」 を提唱したことでも有名です。

ジョブのクリステンセンの定義は 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩」 です。クリステンセンのジョブの定義を次のように表現しました。

    the progress that the customer is trying to make in a given circumstance — what the customer hopes to accomplish. This is what we’ve come to call the job to be done.

ジョブをもうすこしやわらかく表現すると、ジョブは、お客さんが済ませたい用事です。その状況や顧客文脈においてお客さんが抱えている課題のことです。

 「ジョブ理論」 と 「引き出し理論」 


では、ジョブ理論を 「引き出し理論」 とつなげて考えてみましょう。

お客さんの頭の中の引き出しは、ジョブを済ませたい (完了させたい) と思った時に開けるものになります。

ジョブ理論では、ジョブを片付けるために 「商品やサービスは雇うもの」 という捉え方をします。商品やサービスはジョブを片付けるための手段だということです。

引き出しの概念に当てはめると、手段としての雇う候補が引き出しの中に入っています。

流れをまとめると、「ジョブ発生 → 頭の中の引き出しを開ける → 中身から最も適切なソリューション (商品やサービス) を雇って片付ける」 となります。

ポイントを整理すると、次の通りです。

✓ お客さんから選ばれる確率を高めるための問い
  • そのジョブはどんな人が、どういう状況で発生している顧客文脈なのか
  • その顧客文脈においてジョブを解決するために雇う候補 (頭の中の選択肢) は何か
  • 自分たちのソリューションはジョブを済ませる有力候補になっているか
  • お客さんがジョブの解決手段を選ぶ判断基準は何か (他にはない価値, 価値に見合った価格) 
  • 解決した結果としてお客さんが得る本当の価値は何か

こうした視点を意識することで、お客さんの頭の中の引き出しで良いポジションをとれ、必要とされる顧客文脈がきたときにお客さんから選ばれやすくなります。


まとめ


今回はキーエンスの営業力を入口に、頭の中の引き出し、ジョブ理論とつなげて学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

✓ お客さんの頭の中の引き出し
  • 顧客が何かをしようとふと思った時に、「お客さんの頭の中の引き出し」 に自社商品が入っていることが大事
  • 引き出しの中には一般的には複数の選択肢がある。自分以外の他の選択肢が競合商品や競合サービスにあたる
  • 自社商品・サービスが引き出しの一番前のポジション (ポールポジション) を取ることで選ばれやすくなる

✓ お客さんから選ばれるために
  • 前提として、お客さんが選ぶ理由は相対的 (誰が・どんな状況で・何と比べるかによって変わる) 
  • 何かをしたい時 (ジョブ発生時) に、開ける頭の引き出しの中身と選ぶ基準は何かを理解する
  • 引き出しの中から、他ではなく自分たちが選ばれる理由 (他にはない提供価値と価値に見合った価格) をつくる


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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。