投稿日 2024/06/10

木村石鹸。セオリーとは逆の顧客中心の戦略と実行

#マーケティング #戦略 #実行

ビジネスの世界で成功を収めるには、「何をするか」 だけでなく、「何をしないか」 を決めることが大事です。成功の秘訣は何をやらないかに隠されているのです。

今回は、木村石鹸工業の事例を取り上げ、マーケティングのセオリーをあえて捨て去り、お客さんとの深い信頼関係を築くための舞台裏に迫ります。

そして、それを実現する目的から戦略、実行に至る一貫性のあるアプローチを解説します。

木村石鹸


木村石鹸を代表する人気商品のヘアケア商品 「12/JU-NI」 (出典: 日経クロストレンド

木村石鹸工業は、大阪府八尾市にある老舗の石鹸メーカーです。

 「売るノウハウ」 とは正反対のアプローチ


木村石鹸工業の EC サイト運営では通販業界の定石とも言える 「売るノウハウ」 とは正反対のアプローチを取っています。

販促物やクーポンを付けないことで、お客さんに対して押し付けがましい印象を与えず、むしろお客さんが自分からブランドや商品に興味を持つような環境を作り出しています。

また、定期便サービスでは単に金銭的なメリットを提供するのではなく、ファンクラブのような位置付けにしています。木村石鹸の体験を深められる特典を用意し、具体的には、発売前のテスト商品や商品開発者のインタビュー動画などが提供され、お客さんへの特別感をもたらします。

商品を決して売り込んだり、お客さんを囲い込むようなやり方はとらず、お客さんが自発的にブランドや会社を好きになってもらうことを目指しています。

熱意や雰囲気を伝えるメッセージ


社員が手書きで書く 「ちょっとレター」 (出典: 日経クロストレンド

ダイレクトメール (DM) や商品同梱物に、商品開発への熱意や社内の雰囲気が伝わる手書きのメッセージを入れています。

社員が手書きで書く 「ちょっとレター」 は、社内の雰囲気や商品に関するニュースや、社長の日記のような内容を伝えることで、お客さんに木村石鹸工業の魅力を伝えるコミュニケーションとなっています。

売り込むのではなく、社員が楽しそうに働いている様子や、一所懸命に物を作っていること、商品の裏にいる人の気配が感じられるもののほうが共感を得られるという思いからてす。

他には、地元の菓子メーカーの商品なども添えることで、お客さんに木村石鹸のファンになってもらうことを狙っています。

EC では KPI を設定しない


木村石鹸は EC サイト運営において、あえて KPI (重要業績評価指標) を設けていないのもユニークです。

数字は見るものの、数字で目標を設定してしまうと、お客さんを見ない企業都合の施策に走ってしまう恐れがあると考えているからです。

たとえば、一度契約すると解約しにくいシステムにしたり、初回のお試し購入のつもりで申込みを進めていた訪問者に他の商品購入を追加で薦めたりなどが起こらないようにしています。

数字を KPI にすると、消費者をだますような手法を取ってでも、KPI の改善を目指す運用をしてしまいかねません。そうなると、数字の上下だけに一喜一憂し、お客さんのことに意識が向かなくなります。

木村石鹸は KPI という目先の数字にとらわれず、長期的な顧客ロイヤルティの構築を重視しているのです。

囲い込みをしない


木村石鹸のアプローチを俯瞰すると、リピート購入を促すための過度な 「顧客の囲い込み」 を避け、商品や販促物を通じて、会社の熱量や社員の情熱をお客さんに伝えています。お客さんが自然と会社やブランドを好きになり、支持されることを目指してのことです。

商品がいいのは当たり前で、商品だけではなく、会社のことを応援してくれている人が一定数いることが継続的な売上につながるという考え方からです。

お客さんを無理に縛り付けるのではなく、こうした姿勢が好感を持たれ、お客さんが自然とブランドに惹かれていき、長期的な関係を築くことを重視している点が、木村石鹸の EC サイト運営の特徴と成功要因と言えるでしょう。


学べること


では木村石鹸工業の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

意図的に 「やらないこと」 にこそ狙いが隠れている


私が普段、企業の事例を知ったり学ぶ時に注目する視点は、その企業が戦略やマーケティングなどにおいて意図的に 「何をやっていないか」 です。

やっていない理由が単に重要ではないからではなく、世間一般で重要視されていたり、マーケティング活動のセオリーと言われているにもかかわらず、あえて 「意図を持ってやっていないこと」 には戦略的な狙いが隠れています。

木村石鹸工業の戦略的な狙い


この文脈で木村石鹸の事例をあらためて掘り下げてみましょう。

木村石鹸の場合は通販での販売において、クロスセルなどの関連商品への積極的な紹介を無理にやることは決してしていません。また、EC サイト運営では、 KPI をつくり数値による目標管理もやってないのも特徴的でした。

通常ならば EC 販売ではどの企業も普通はやるであろうことですが、木村石鹸工業がやっていないのは、背後に狙いあるからです。

一言で言えば、顧客不在の自分たち都合の売り手視点での、押し売りが起こらないようにするためです。押し込みによる短期的な売上を追求するのではなく、お客さんからの信用を得て、商品や企業自体に愛着や信頼をつくると同時に、売上も長期的に伸ばしたいという明確な戦略的な選択です。

目的と戦略があっての KPI と実行策


戦略とは、目的や意図がまず上位概念にあり、その目的を達成するための現時点での最適な方針となるものです。

そして戦略を達成する実行において、実行をマネジメントするための目標指標が KGI と KPI です (木村石鹸は EC サイト運営で KPI を設定していないとのことでしたが、個人的には KGI と KPI は顧客視点を入れたものを設定すると良いという考え方です) 。

このように、目的、戦略、目標指標、実行、評価と一貫してつながっていることが大事なわけです。

逆から見ていくと、KPI という数字にとらわれ、いつの間にか目的が忘れ去られると、数字管理だけが1人歩きをしてしまいます。一見すると目標数字の達成に向けてがんばっているように見えますが、その裏では戦略がないがしろになり、目的とはズレた方向に向かってしまうのです。

そうならないために 「何をやらないのか」 という覚悟をもってやらないことを明確にし、目的、戦略、目的と戦略を反映した KGI と KPI 設計、実行、実行の振り返り・評価が大事なのです。


まとめ


今回は木村石鹸工業の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ビジネスでは 「何をやっていないか」 に注目し、意図的に選択されなかった (捨てた) の戦略的な狙いを見抜く視点を持ってみる

  • 木村石鹸は、無理な押し売りによるクロスセルはせず、EC サイトの KPI 設定をあえてやらないことで、顧客中心の信頼関係構築と長期的な売上向上、成長を目指している

  • 効果的な戦略と実行は、上位にある目的を明確にし、目的から戦略、目標指標 (KGI と KPI) 、実行、評価までを一貫性を持ってつないでいく


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。