投稿日 2024/06/02

水門メーカーがつくった焚火台。顧客不在の脱却が新規事業成功への分岐点に

#マーケティング #顧客起点 #メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティ

新しい市場に踏み出そうとするとき、過去の成功体験に安住したり、社内しか目を向けていないと、足元をすくわれかねません。

今回は、水門メーカーの乗富 (のりどみ) 鉄工所の挑戦から、新規事業をどうやってつくっていくかの秘訣をマーケティング視点も入れて紐解きます。ぜひ一緒に学んでいきましょう。

水門メーカーがつくった焚火台



新型コロナウイルス禍の中、密を避けられる屋外のアクティビティとしてキャンプの人気が高まりました。

今回取り上げたいのは、「ヨコナガメッシュタキビダイ」 という焚火 (たきび) 台です。

商品名のカタカナを漢字にすると "横長メッシュ焚火台" になりますが、その名の通り、メッシュを使ったバーベキューに利用する焚火台です。開発を手掛けたのは、福岡県柳川市に本社を置く創業70年超の水門メーカーである 「乗富 (のりどみ) 鉄工所」 です。

メッシュ構造の焚火台の 「不」 


メッシュ構造の焚火台は他社のものも存在していますが、メッシュ製のものはコンパクトにたためて便利なつくりになっているタイプです。しかし、一方で風が吹くと焚き火の灰が舞ってしまうという使いづらさがありました。

乗富鉄工所のヨコナガメッシュタキビダイは、ステンレスメッシュを凹型の形状にすることでこの弱点を克服しました。メッシュになっていることで焚火台の中で揺れる炎をじっくり鑑賞できる点も相まって、キャンパーたちの間で評判となったのです。

水門メーカーの危機感から


ヨコナガメッシュタキビダイの開発背景について、もう少し続けて見ていきましょう。

先ほども触れたようにヨコナガメッシュタキビダイという焚火台を開発したのは水門メーカーの乗富鉄工所です。なぜ水門メーカーが畑違いのキャンプ用具をつくったのでしょうか?

背景は、水門事業の衰退に対する危機感です。水門事業だけに頼っていては自社の未来はない、他に稼ぐビジネスが必要だという切実な事業課題です。

昨今の水門の多くはステンレス製でさびにくく、つくり替えの工事が何十年と発生しないというのが現状でした。長期的に見れば、これからは安定した受注がなくなる可能性が高く、事業の多角化は必須であるという見立てです。

現場の人たちはこうした経営層の危機を敏感に感じ取るものです。衰退していく業界に見切りをつけた乗富鉄工所の職人の人たちが、2017年ごろから相次いで退職し始め、退職者の数は累計で17人にのぼりました (参考記事) 。

それまでは35人ほどの職人で日々の仕事を回していた乗富鉄工所にとっては、屋台骨を揺るがす出来事でした。

当初は売れず


そんな状況で乗富鉄工所が新たに立ち上げたブランドが 「ノリノリライフ」 です。

もともとはノリノリプロジェクトと名付けた社内の新規事業開発において、乗富鉄工所は、職人たちの高い技術力を武器に、金属を加工したキャンプ用品の市場に参入することを決めました。

しかし、ノリノリライフというアウトドアブランドを立ち上げたはいいものの、最初は売れませんでした。

そこで、全国のアウトドアショップに手紙やメールを送り、少しでも反応があればすぐに訪問するなどの全国各地への営業活動を行いました。地道な活動を続けた結果、少しずつ乗富鉄工所の高い機能性が評価され、取り扱いショップが増えました。


学べること


では水門メーカー 「乗富鉄工所」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

新規事業参入への落とし穴


乗富鉄工所は、自社の主力事業領域だった水門の需要が今後は減少することへの危機感、そして実際に職人が大量に退職するなどの危機に直面したところから、事業の多角化を模索しました。

参入している市場が成熟し大きな成長がこれ以上は望めなかったり、今後は縮小傾向にあることで、社内で遊ばせてしまっているリソースをどう有効活用するかは、経営視点からも従業員1人ひとりがモチベーションを持って働くためにも、解決しなければいけない頭の痛い問題です。

新しい市場やカテゴリーに参入しようというのは解決策として思い浮かばれやすいことですが、新市場への参入はそう簡単にはいきません。とりわけ、これまで培ってきた技術や商品力が高く、それだけ成功体験があると、他の市場でも 「きっとうまくやれるだろう」 という過度な楽観論や期待が醸成されてしまいます。

今回の乗富鉄工所の事例のように、顧客ニーズや利用シーンの高い解像度の理解がないままに新商品を開発し展開しようとしても、実際は思うようには売れないという失敗に陥りやすいのです。

✓ 市場理解の不足
  • 新規市場への参入は、見込み客や競合、その市場のトレンドなどの深い理解を必要とする
  • しかし顧客ニーズや利用シーンを理解することなく、商品を開発・展開しても思うように売れないという失敗に陥りやすい

✓ 過度な期待
  • これまでの成功体験があると、新市場でもうまくやれるだろうという期待が過度に醸成されがち
  • しかし、新市場は既存市場とは異なる特性を持つため、期待外れになりやすい

販路獲得の重要性


水門メーカーの乗富鉄工所が、門外漢とも言えるようなアウトドアブランドを立ち上げ、初期は売れず苦戦したものの、今は 「ヨコナガメッシュタキビダイ」 が人気となり成功させた話からは、販路を自らつくりにいく重要性を学べます。

お客さんに知ってもらい、手にとって買ってもらうためには販路や購入への顧客接点が大事です。

乗富鉄工所は、ノリノリライフというアウトドアブランドを立ち上げましたが、最初は売れませんでした。あの手この手で販促策を考えるものの、最終的に突破口になったのは地道な営業活動でした。

乗富鉄工所の代表取締役である乘冨氏は、全国のアウトドアショップに手紙とメールを送り続け、反応があればすぐにお店を訪問するという販路開拓を徹底しました。相手からの反応がなかなか得られず空振りも多い状況が続いたそうですが、技術力を信じてアタックし続けたとのことです (参考記事) 。

小規模な店舗を中心に販路を少しずつ開拓し、高い機能性がお店や消費者から次第に評価され、取り扱うショップが増加していきました。

フィジカルアベイラビリティとメンタルアベイラビリティ


いくら技術的に優れていたり使いやすい、デザインが洗練された商品でも、売る場所がなければ、お客さんに買ってもらう機会は生まれません。

顧客接点をつくり、そのための販路という道路をつくることにより、はじめてお客さんの目に触れたり手に届くわけです。顧客接点にはお客さんが買う場所だけにとどまらず、お客さんに知ってもらうコミュニケーションの場も含まれます。

マーケティング視点から問うべき論点は、

  • 見込みのお客さんも含めてお客さんに知ってもらっているかという 「認知」 があるか
  • 自社商品のことを思い出してもらうきっかけをどれだけ持っているかという 「カテゴリーエントリーポイント (CEP) 」 がどれだけあるか
  • 何かをしたい・欲しいと思ったシーン (CEP) ですぐに想起されるか
  • 買いたいと思ったときに近くのお店で売っている、店内にわかりやすく目立つところに置かれているか
  • 検索したときにすぐに出てくるか
  • EC サイトで見つけやすく、買いやすいか

こうしたメンタルアベイラビリティ (思い出されやすいこと) と、フィジカルアベイラビリティ (買いやすいこと) があることで、優れた商品が多くの人に買ってもらえ、人気商品となっていくのです。


まとめ


今回は、水門メーカーの乗富鉄工所が 「ノリノリライフ」 というアウトドアブランドを立ち上げ、焚火台の 「ヨコナガメッシュタキビダイ」 をヒットさせた事例を取り上げました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 新市場への参入では、既存の成功体験を過信しすぎることなく、市場と顧客の深い理解が大事

  • 販路獲得の重要性。乗富鉄工所は地道な営業活動により徐々にショップでの取り扱いを増やし、認知度と販売を拡大した

  • 自社商品をいかに思い出してもらえるか (メンタルアベイラビリティ) 、お客さんが見つけやすく購入しやすい環境を整えているか (フィジカルアベイラビリティ) が成功のカギを握る


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。