投稿日 2024/11/07

若年層に響く花王のマーケティング。花王バブ 「あふだけ」 がとらえたタイパの奥にある欲望

#マーケティング #顧客インサイト #価値提案

花王の入浴剤 「バブ」 が2023年に発売した新商品 「あふだけ」 は、若年層の潜在的なニーズを巧みに捉え、従来の入浴剤とは異なる新しい価値を提案しています。

花王はどのようにして若者の心をつかみ、顧客価値を見出したのか、マーケティングを詳しく見ていきましょう。

花王 バブ 「あふだけ」 


出典: 花王

花王の入浴剤ブランド 「バブ」 から、2023年9月に新しい商品である 「バブ あふれるのはきっと、お湯だけじゃない」 (通称 「あふだけ」 ) が発売されました。

あふだけは、Z 世代を中心とした若年層をターゲットにしており、従来の入浴剤とは一線を画す新しい入浴体験を提案しています。

最大の特徴は、"なにもしない、を、あえてやる" というコンセプトです。現代の若者たちが直面している情報過多やタイムパフォーマンス (タイパ) 重視の生活の中で、あえて 「余白時間」 をつくり出すことを目指しています。

あふだけは入浴剤が溶ける音、広がる香り、微細な泡などに五感を傾けることで、日常の思考から離れられる時間を重視しています。


従来のバブ製品とは異なり、入浴剤が完全に溶けきる前に入浴することを推奨しており、溶けるプロセスを楽しむことを花王は打ち出しています。

では、花王バブ 「あふだけ」 のマーケティングについて掘り下げて見ていきましょう。

マーケティングに学べること


花王の 「あふだけ」 は、マーケティングの観点から興味深い事例です。

従来の入浴剤の概念を覆すアプローチをとっているのですが、学びへの前提としてバブのブランド課題から見てみましょう。

ブランドの課題

花王のバブはロングセラーであり純粋想起率 (何もヒントなしでブランド名を思いつく人の割合) が高く、特に年齢が上の世代からは高い認知率を誇ります。「入浴剤といえばバブ」 というポジションをしっかりと獲得していました。

一方で、若年層からは 「バブは実家のお風呂に古くからあるもの」 というイメージが強く、自分向けではないと思われていました。ここにブランドの課題がありました。

多くの成熟したブランドが直面する典型的な課題と言えるでしょう。

若年層へのアプローチ

そこで、花王はバブを若年層にも使ってもらい、バブのことを自分向けのブランドと思われることを目指しました。

とはいえ、これまでと同じ方法を続けたとしてうまくいかない可能性が高かったことでしょう。というのは、今の現状があるのは、今までのやり方の結果だからです。

従来とは違う、新しいアプローチやコミュニケーションをする必要がありました。

ユーザーインタビューからの発見

バブが新たな方向性を打ち出すきっかけとなったのは、ユーザーインタビューの一幕でした (参考記事) 。

ある20代男性の発言がヒントとなりました。「自分は疲れている時にはお風呂に入らない。むしろ元気で活発な時に頭の中を整理するためにお風呂に入る。お風呂は日常から離れる時間になり、入浴後のアイディエーションにつながる」 と。

花王のバブのチームはこの発言から、少なくない人が入浴中も忙しくしていることに気づきました。

とりわけ若者はお風呂に入る頻度が相対的に少なく、入っている時もスマホを持ち込んで SNS をしたり、マッサージをするなど、タイパを意識した行動をとっていることが調査からわかりました。お風呂に入っているときも、忙しく余裕のない時間となっていたのです。

ビジネスチャンスの発見

花王はここにビジネスチャンスを見出しました。

タイパをよしとする世の中の風潮の中で、実は 「生活者はぼうっとする時間、日常から物理的にも精神的にも切り離された余白時間を潜在的に求めているのではないか」 という仮説に行きつきました。

こうした望みに応えようとするのがバブの 「あふだけ」 です。 「あふれるのはきっと、お湯だけではない」 という入浴をすることで、充実感で心が満たされることを顧客価値とする入浴剤です。

入浴剤が溶ける音や香りの変化を楽しむという、新しい入浴体験を 「あふだけ」 は提供します。肩こりや腰の痛みを和らげ、疲労回復や血行を良くするなど、機能的な効能をうたう他の入浴剤とは明らかに違うコンセプトです。

使い方も他の入浴剤と違う

あふだけのユニークさは、その使用方法にも表れています。

従来は入浴剤が溶け終わってから入浴するというのが一般的でしたが、 「あふだけ」 は溶けている最中もブランドコンセプトを体現できることを特徴としています。

全てがつながるマーケティング

花王の 「あふだけ」 のマーケティングは、次の各要素が一貫性を持って統合されている点で注目に値します。

  • ターゲット顧客: タイパ重視の生活に疲れを感じている若年層
  • 捉えたい顧客の潜在ニーズ: 日常から切り離された 「余白時間」 への無意識的なのぞみ
  • 商品コンセプト: 「なにもしない、を、あえてやる」 新しい入浴体験
  • 使い方: 入浴剤が溶けている最中からの入浴
  • 得られる顧客価値: 心の余裕と充実感 (あふれるのはお湯だけではない) 


あふだけは、ターゲット顧客、とらえるニーズ、商品コンセプト、使い方、得られる顧客体験価値において、いずれも他とは一線を画したユニークな入浴剤になりました。そして、ターゲット顧客から顧客価値まで一貫性があり、つながっているのです。

ブランドの課題であった若い人たちに自分向けのブランドと思ってもらえることに成功した、お手本となる事例です。

まとめ


今回は、花王の入浴剤 「バブ あふだけ」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

✓ 花王バブ 「あふだけ」 のマーケティング
  • ブランド課題: 花王のバブはロングセラーゆえに上の世代からは高い認知率だったが、若年層からは 「昔からある入浴剤」 というイメージを持たれていた。そこで、若者にもバブを自分向けの商品だと思ってもらうことを課題とした
  • ターゲット顧客: タイパ重視の生活に疲れを感じている若年層
  • 捉えたい顧客ニーズ: 日常から切り離された 「余白時間」 への無意識的なのぞみ
  • 商品コンセプト: 「なにもしない、を、あえてやる」 新しい入浴体験
  • 使い方: 入浴剤が溶けている最中からの入浴
  • 得られる顧客価値: 心の余裕と充実感 (あふれるのはお湯だけではない) 


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。