投稿日 2024/11/20

WOW と Yeah - 卓越した戦略家でマーケターでもある小室哲哉さんから学べること

#マーケティング #音楽 #本

1990年代の日本の音楽シーンを席巻し、数々のヒット曲を世に送り出したのが小室哲哉さんです。小室さんの音楽は世代を超えて多くの人々に愛され続けています。

今回は、書籍 「WOW と Yeah 小室哲哉 起こせよ、ムーヴメント (神原一光 (かんばら いっこう) ) 」 を取り上げ、小室さんご自身が語るヒット曲誕生の記憶を紐解きます。


この本で明かされるのは、小室さんの時代の変化を先読みする力、市場の空白を見つける洞察力、そして常に攻めの姿勢で挑戦し続ける姿です。

卓越した戦略家でマーケターとしての側面も持つ小室哲哉さんから、私たちのビジネスにも活かせるヒントをお届けします。

本書の概要



小室哲哉さんはなぜ空前のムーブメントを起こせたのか?

それは、1980年代から90年代初頭において、ブレイク前夜の小室さんが 「楽曲提供」 と 「TM NETWORK」 によって、人々が振り向く音楽とは何かを学び、積み重ねた成果によるものでした。

この本は、NHK の番組 「インタビューここから 音楽家・小室哲哉」 の内容に加え、さらに10時間のインタビューをもとにした内容です。trf 、篠原涼子、H Jungle with t 、華原朋美、globe 、安室奈美恵、TK presents こねっと。小室哲哉さんご自身が語るミリオンヒット20曲を中心に、ヒット曲誕生の記憶をまとめた渾身の一冊です。

小室哲哉とは


小室さんはダンスミュージックを日本流にアレンジして広め、シンセサイザーを使った楽曲を提供しました。

小室哲哉の偉業

1980年代に TM NETWORK で 「売れない悩み」 と対峙した小室さんは、80年代後半から90年代に差し掛かる時代で 「売れ続けるためにはどうすればいいか」 に直面しました。そして、90年代中盤には 「売れすぎた後の悩み」 を抱えることになりました。

それぞれのステージが変わっても、影のように忍び寄る悩み。音楽プロデューサーとして、どん底と絶頂のどちらも経験された小室さんの偉業のひとつは、日本で音楽プロデューサーという存在を表舞台にあげたことにあります。

プロデューサーとして才能を引き出す

小室さんのプロデュースのアプローチは、プロデュースする相手の才能を 「引き出す」 という方法です。

小室さんの言葉で言えば 「いかに気配りができるか」 です。決して自分のやりたいことを詰め込んだり、相手に押し付けたりするのではなく、相手の秘めている才能を引き出し、新たな強みとして活かせるところまで持っていくというやり方です。

これは音楽だけではなく、教育にも通じます。教育は 「教える」 と 「育てる」 という言葉でできていますが、教育の理想形はたとえ教えて育てる人がいなくなっても、自分で判断して自律的、主体的に行動できる人を生み出すことにあります。

たとえば安室奈美恵さんのケースがまさにそうだと思いますが、小室さんの相手の才能を引き出すプロデュースの象徴的な例です。

ヒット曲をつくる秘訣


ではここからは、小室さんの音楽プロデューサーとしての手腕、ヒット曲を生み出す秘訣に迫っていきましょう。

ヒットさせるために必要な要素

小室さんは、ヒットを生むための必要な要素として5つあると言います。先見の明、分析力、オリジナリティ、マーケティング、実行力です。

もちろん楽曲が良いことは大前提ですが、自分たちの音楽だけを追求するのではなく、買ってもらえることを意識しないと、次の作品を出すこともできなくなるという考え方です。

空席を狙う

小室哲哉さんはプロデューサーとして、常に 「市場の空白はどこか」 を考えています。

空白を狙うには、自分が持っている 「武器」 の把握が重要です。ライバルに比べてどんな能力が優位なのかを念頭に置いて動くということです。たとえば trf では 「ダンスユニット」 というコンセプトが当時の時代にハマりました。篠原涼子さんの場合は 「凛としたキャラクター」 がありました。

WOW と Yeah

本書のタイトルにも入っている 「WOW」 と 「Yeah」 。これが、まさに市場の空白を狙って成功をおさめた例です (ちなみに Yah は CHAGE & ASKA の 「YAH YAH YAH」 で先に使われていたので、それなら自分は WOW と Yeah を取りにいったそうです) 。

trf のヒット曲 「survival dAnce no no cry more」 では、夏の明るい雰囲気、楽しいイメージをいかに記憶に焼き付けるか、誰もがカラオケで歌える曲にするにはどうするかを追求したとのことでした。そこで、思い切ってサビ部分を 「Yeah」 (歌詞の表記は Yeh) と 「WOW」 という言葉の繰り返しにしました。

それまでの日本の音楽では、WOW や Yeah は伝えたい歌詞の前後に使っていたり、リズムをつけるために使うなど、かけ声のように使われることが一般的でした。一方の 「survival dAnce」 では、WOW と Yeah がサビそのものの歌詞として使われました。

この試みは 「斬新なフレーズだ」 「1回聴いたらいつまでも頭の中で響く」 などと評価され、今では WOW や Yeah は、小室さんの曲の代名詞のように言われることもあります。これも小室さんは狙ってやったとのことです。

安定を狙わず攻める

小室さんの頭に常にあったのは、「自分が世に出す曲がヒットする状態は、長く続くわけはない」 という危機感でした。

小室さんがすごいのは、守りや安定を目指すのではなく、攻めの姿勢を貫いたことです。守りに入ったらブームは終わる。だからこそ 「小室哲哉は攻めるね」 という方向に舵を切っていく。ミリオンセラーで売れたら次こそ、攻めることが重要だったとのです。

1990年後半ごろの当時は SNS はありませんでしたが、「ここまで来たら、普通は落ち着くところを、さすが、攻めるな」 とか、「想像を超えて斜め上をきた」 などの感想をもらいたいと思っていたそうです。

3人の小室哲哉

小室さんはご自身の中に、違う立場の複数の自分を存在させ、それぞれと対話を重ねながら作品をつくっていくやり方をします。

頭の中で全てを自分ひとりで考えるのではなく、自分の頭の中で 「曲を作る小室哲哉」 「歌詞を作る小室哲哉」 「アレンジをして編集をする小室哲哉」 という作詞家、作曲家、プロデューサーの3人の自分が議論をします。

 「いや、ちょっとダメなんじゃない? 今回、歌詞」 
 「メロディーが弱いよ」 
 「いや、イントロでインパクトある音を作れば何とかなるでしょ」 

といった感じです。詞、曲、音でそれぞれがお互いに評価や批判をすることで、作業が深まるとのことです。

イントロのこだわり

小室哲哉さんは、イントロのフックでどれだけ多くの人の心をつかめるかに、こだわりを強く持っています。

たとえば篠原涼子さんの 「恋しさとせつなさと心強さと」 では、イントロでサビから全開で入る、一方の trf の 「寒い夜だから…」 ではドラム音から入り、「survival dAnce no no cry more」 では "ため息" から曲が始まります。

印象的なイントロをどう作るかは TM Network の時代から小室さんは意識していたそうです。「Self Control」 は手拍子の音から、「Get Wild」 はサビをいきなり聴かせました。このようにイントロが聴こえてくるだけで、聴き手が何かグッと高まるものを作ることを意識しているとのことです。

小室さんがイントロにこだわった背景は、「街鳴り」 を意識していたことにあります。

1990年代の当時はコンビニが急激に増えはじめた時代です。小室さんは 「街中で得られる情報がすごく増えたな」 と当時実感していました。

耳から入ってくる情報もいわばインフレの状態のようになり、イントロに 「あれ?」 という特徴的な引っかかりがないとそのまま流されてしまいます。たとえばコンビニの店内で曲が BGM で流れたときに、気になる音、足を止めてしまうような音を目指したそうです。

小室哲哉という存在


小室旋風は 「台風」 だった

本書の最後のほうで、あらためて1990年代の、特に1994年から4年間にわたって20曲のミリオンセラーを生み出し、日本の音楽の歴史をつくった 「小室旋風」 とは何だったのかを、小室さんご自身が振り返るシーンがあります。

前提となる当時へのとらえ方として、「思いや狙いはあっても、意図的にはムーブメントはつくりれない」 ということです。

世の中から 「小室旋風」 と言われ、当時の社会現象と言っていいほどの状況は、「台風」 の動きに近いような気がすると小室さんは言葉にしました。いろいろな人の思い、さまざまな不確定要素、何か見えない力も働き、進路を変えたりする台風です。

ブームの原動力は小室さんが生み出し、台風の目になっていましたが、風が生まれてまわりを巻き込み、徐々に巨大化し、いつしか自分でもコントロールできなくなっていく。そしてやがては消えていってしまう。そんな台風のような現象だったと。

小室哲哉の本質は 「人と向き合うこと」 

小室哲哉さんがつくる音楽の本質とは何か。

小室さんは次のように答えています。

「僕は、人にぶつかって響くものを音楽にしてるんですよね。人に向き合ってこそ音楽ができるので。作曲、作詞、編曲も、歌う方なり、バンドのメンバーなり、ミュージシャンなりの人がいてこそ、じゃあ、こういうものを作ろうっていうものなので、ここは鏡なんですよね。

人と向き合わなかったら、どの曲もできてなかったと思うんです。何もないところからその言葉と曲と音は生まれてこないので。

ただ自分が鳴らしたい音を鳴らすのではなくて、時代が求める音、求めてくれる人の期待に応える音を鳴らしたいと思っています」

たかが音楽、されど音楽。今、地球を大切にするという意味でも、水も飲み放題じゃなくなってきているので大切にするのと同じように、音楽も持続可能な、いつの時代でもまた聴いて 「いいよね」 と言われるような音楽をつくっていきたいと。

小室さんからマーケティングに学べること


小室哲哉さんの考え方、作詞作曲、音楽プロデューサーとして活動からは、ビジネスに学べることが多くあります。

ここでは、小室さんから学べることとしてマーケティングや戦略について、ひとつずつ見ていきましょう。

市場分析と時代・トレンドの先読み

小室さんは常に音楽業界の動向を注視し、次に来るトレンドを予測していました。

たとえば、ダンスミュージックの台頭を早期に予想し、日本の音楽シーンにいち早く取り入れました。これは、企業が市場調査やトレンド分析を行い、将来の需要を予測して先手を打つことに通じます。過去や現在だけでなく、将来を見据えた戦略をつくる重要性を教えてくれます。

市場の空白 (ホワイトスペース) を狙う

小室さんは常に 「市場の空白はどこか」 を考えていました。

ビジネス用語を使えば、ブルーオーシャン戦略です。すでに競争が激しくなっている既存市場 (レッドオーシャン市場) ではなく、新たな市場を創造することで、存在感を発揮し成長と利益を実現できることにつながります。

顧客起点

小室さんの姿勢でブレなかったのは、常に顧客起点にあったことです。誰に向けて音楽をつくるかを明確にしていました。

ビジネスにおいても、誰が自分たちのお客さんなのかというターゲット顧客を定義し、顧客ニーズに焦点を当てた製品開発やマーケティング活動を行うことが重要です。

小室さんは 「人にぶつかって響くものを音楽にする」 と述べています。顧客ニーズやお客さんの気持ちを深く理解し、顧客理解にもとづいて製品やサービスを提供することの大切さを教えてくれます。

変化への対応と攻めの姿勢

小室さんは、ヒット曲を出した後も常に新しい挑戦を続けました。

これはイノベーションの重要性を示しています。市場環境や顧客ニーズの変化に応じて、自社の製品やサービスを進化させ続けることが、持続的な成功につながります。市場で生き残っていくためには、勝者こそ「攻めの姿勢」 が大事な要素です。

多角的・客観的な視点

小室さんは内省をするときは 「3人の小室哲哉」 による対話をします。異なる立場の自分自身を意図的に分離することで、多角的な視点を持つことができます。

ビジネスにおいても、自社の戦略を様々な角度から検証し、客観的に評価することが重要です。潜在的なリスクや機会を発見し、より強固な戦略をつくれます。

プロデューサーとして相手の才能を引き出す

音楽プロデューサーとしての小室さんは、アーティストの個性を理解し、才能を最大限に引き出すアプローチをとりました。

ビジネスにおいても、リーダーはチームメンバーの特徴や強みを理解し、最大限に活かす環境を作ることが重要です。これにより、組織全体のパフォーマンスを向上させることができます。

* * *

以上のように、小室哲哉さんの考え方や姿勢、取り組みから学べるマーケティングや戦略の要素は多岐にわたります。音楽業界にとどまらず、ビジネスの世界においても多くの示唆を与えてくれます。

まとめ


今回は、書籍 「WOW と Yeah 小室哲哉 起こせよ、ムーヴメント (神原一光) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にまとめとして、小室さんから学ぶマーケティングのポイントです。

  • 時代を先読みし、空白を狙う: 小室哲哉さんは、常に時代の変化を察知し、市場の空白を狙ってヒット曲を量産してきた。先見の明、分析力、オリジナリティ、マーケティング、実行力の5つの要素がある

  • 攻めの姿勢で、常に新しいことに挑戦する: 小室さんは、ミリオンセラー達成後も攻めの姿勢を貫き、時代を先駆ける音楽を作りあげた。成功しても決して満足せずむしろ危機感を強め、守りに入ることなく、攻めの姿勢で新しいことに挑戦し続けた

  • 顧客目線で共感を呼ぶ: 小室さんのスタンスは常に顧客目線に立った。ターゲット顧客を明確にし、顧客ニーズや気持ちを深く理解することで、人々から共感を呼ぶ音楽を制作した


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。