投稿日 2024/11/02

キッコーマンが仕掛けたインド市場攻略の戦略。ジョブ理論で読み解く成功の秘訣

#マーケティング #ジョブ理論 #市場開拓

今回は、キッコーマンが挑戦する新たな市場、インドでの戦略を紐解きます。

しょうゆを使う習慣のなかったインドで、キッコーマンはどのようにして新しい需要を創出したのでしょうか?

キッコーマンのアプローチを 「ジョブ理論」 というレンズを通して見ることで、市場開拓のヒントが見えてきます。

キッコーマンのしょうゆでインド市場開拓



いち早く海外に進出し、キッコーマンは60年以上にわたって世界でしょうゆファンを増やしてきました。現在、次の成長エンジン役として期待を寄せて注力しているのが、経済成長著しいインドです。

インド中華に注目

現地入りしたキッコーマンの営業部隊が探し当てたのは、 「インド中華」 という日本では聞き慣れない食ジャンルでした (参考記事) 。

キッコーマンは、インド市場でのしょうゆの普及を目指すにあたり、現地で広まりつつあったインド中華料理に着目しました。インド中華は、インド独自の味付けを施した料理です。

もともとしょうゆを使う文化がなかったインドにおいて、キッコーマンは味付けの決め手としてしょうゆをアピールすることに商機を見出したのです。

インド中華用のオリジナル調味料を開発



キッコーマンは、まずはインド中華料理を提供する食堂や屋台のシェフをターゲットに、BtoB (業務用向けのビジネス) に展開することにしました。広大な国土を持つインドにおいて、個人向けの販売では時間がかかりすぎるためです。

自社レストランをキッコーマンが経営するにしても、一からはじめるには膨大な時間がかかってしまうので、インド中華を提供する食堂や屋台が増える機運があるのなら、それを活用しない手はないと考えました。

インド中華店は、プロのシェフがキッコーマンのしょうゆを使っているからおいしい――。そんな評判を業務用のキッコーマンのしょうゆで生み出せれば、いずれ小売りにキッコーマンのしょうゆを展開した際に、家庭でつくるインド中華の味の決め手がしょうゆだとして、キッコーマンを指名買いしてもらえる可能性を高められるという狙いです。

そこでキッコーマンは、インド中華用のオリジナル調味料を開発し、小さなボトルに詰めて食堂や屋台をまわりました。シェフや料理人たちにしょうゆの味と品質の高さを直接アピールすることで、キッコーマンのしょうゆがインド中華に合うことを認識してもらったのです。

4年がかりで開発された業務用のインド中華向けしょうゆ 「ダークソイソース」 の卸売りを2024年2月に開始し、本格的な販売攻勢をかけました。

ダークソイソースは、インド人が好む濃い色の仕上がりになるよう工夫された調味料です。また、インド中華チェーンの経営者へのトップ営業も行い、導入を決断してもらえるよう努めています。

ジョブ理論からの考察


ではキッコーマンのインドでの事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

この事例をクリステンセンの 「ジョブ理論」 から解説します。

解説していくポイントは、

  1. ターゲット顧客を明確にする
  2. お客さんが置かれている 「状況」 、その状況の下で持っているお客さんの 「ジョブ」 を把握する
  3. ジョブを解決するために、自分たちが選ばれるために必要な要素 「ジョブスペック」 を満たし、雇ってもらう


という流れです。

ジョブとは、人がある特定の状況において成し遂げたい進歩 (progress) のことです。

ジョブ理論は Jobs to Be Done と表現されるので、日本語に訳せば 「片付けたい用事」 「済ませたい仕事」 という意味になります。

ジョブ理論で特徴的なのは、人は商品やサービスを 「雇う (hire) 」 ことで、自分のジョブを達成すると捉えることです。商品やサービスはお客さんのジョブを完了させるための働き手、つまり 「ワーカー」 と位置づけるわけです。

通常、マーケティングでは、お客さんのニーズやウォンツ (ニーズを満たすための商品・サービスへの欲求) にもとづいて商品やサービスを開発したりコミュニケーションを展開します。それに対してジョブ理論では、お客さんが置かれている 「状況」 と、その状況下で成し遂げたい進歩である 「ジョブ」 に焦点を当てます。

BtoB でのジョブ理論の当てはめ


キッコーマンのインドでのビジネスは、大きくは飲食店 (BtoB) 、一般消費者 (BtoC) の2つです。ではまずは BtoB であるインド中華を提供する飲食店から見ていきましょう。

ターゲット顧客と状況 (BtoB)

BtoB のターゲット顧客である飲食店の 「状況」 を見ると、インド中華はインド国内で人気が高まりつつあり、多くの飲食店がインド中華の料理メニューを提供しています。

インド中華は複雑なスパイスをほとんど使わず、ニンニクやショウガ、トウガラシを主体にしたシンプルな味付けが特徴です。シェフたちは自分の作る料理の差異化を図り、他店と競争する中で味の向上を目指しています。

ジョブとジョブスペック (BtoB) 

では次に 「ジョブ」 です。

シェフたちは 「他店との差異化を図り、お客さんにおいしいインド中華を提供する」 ことを成し遂げたいと考えています。本格的で美味しいインド中華を提供し、お客さんに料理を満足してもらうことがジョブになります。

そこでジョブ (進歩) を成し遂げるために必要な要素となる 「ジョブスペック」 は、次のとおりです。

  • 複雑なスパイスを使わずに、手軽に本格的なインド中華の味を出せる
  • お客さんの好みに合わせて、味の調整ができる
  • 天然由来の素材を使用した、安全で健康的な調味料

キッコーマンの戦略 (BtoB) 

キッコーマンは、インド中華に合う業務用のしょうゆを開発し、シェフたちに試してもらうことから始めました。

具体的には、ニンニクやトウガラシを加えたオリジナルのしょうゆ調味料を提供し、実際に料理で使ってもらうことでその効果を実感してもらうアプローチです。シェフたちにとって、キッコーマンのしょうゆは新しい味の可能性を開くものであり、その利便性と美味しさを直接体験してもらいました。

シェフたちが 「おいしい料理を提供する」 というジョブを達成するために、自社商品を雇ってもらうための活動として、キッコーマンのしょうゆがいかに役立つかを具体的に示しました。

キッコーマンは試供品を提供し、シェフたちにその味の違いを感じてもらいました。シェフたちはキッコーマンのしょうゆを雇えば、他店にはできない本格的なインド中華の料理を作れると思えたことでしょう。

* * *

では次に、BtoC の一般消費者向けの領域でも、同じようにジョブ理論に当てはめて見ていきましょう。

BtoC でのジョブ理論の当てはめ


まずはターゲット顧客からです。

ターゲット顧客と状況 (BtoC) 

BtoC での想定するターゲット顧客は、自宅でインド中華を調理する一般消費者で、インドの家庭の主婦や共働き夫婦になります。

置かれた状況は、インドでは共働き率が上昇し、手早く調理できる料理が求められていることでした。従来のインド料理は時間がかかるため、家庭でも簡単に調理できる料理の需要が増しています。

インド中華は、都市部で大衆的な食堂や屋台で手に取りやすい価格で提供されており、手軽に楽しめる料理として人気が高まっています。

ジョブとジョブスペック (BtoC) 

次にジョブです。

主婦や共働き夫婦は 「忙しい日常の中で、家族に美味しくて手軽に作れる料理を提供したい」 というジョブを持っています。その中で時間短縮で、手軽に本格的なインド中華を自宅で調理することも求めています。

こうしたジョブを完了させる要素となる 「ジョブスペック」 は、次のようになります。

  • 簡単なレシピで、本格的なインド中華を作れる
  • スーパーで簡単に手に入る、手頃な価格の調味料
  • 健康志向の顧客向け、化学調味料不使用の調味料

キッコーマンの戦略 (BtoC) 

キッコーマンは BtoB 戦略で飲食店市場においてまずブランドを確立し、その後に BtoC 市場に拡大しました。

インド中華の飲食店での利用が広まり、シェフたちがキッコーマンのしょうゆを使うことで、その美味しさが来店して食べた消費者にも伝わりました。これにより、家庭でも同じ味を再現したいという需要が生まれるという流れです。

ジョブのために雇ってもらうための活動として、キッコーマンは家庭でインド中華を作る消費者向けにも 「ダークソイソース」 を開発しました。

このソースは色が濃く、インド人の多くが 「炒め物などは、色が濃いほどおいしそう」 と感じる価値観に配慮しています。また、家庭での使用方法やレシピも提供することで、消費者がしょうゆを利用して手軽に美味しい料理を作ることができるようサポートしました。

所感


では最後のパートでは、ここまでの内容を踏まえてのキッコーマンの事例について思ったことです。

急がば回れ戦略

キッコーマンは、まず飲食店向けの BtoB 市場を開拓しました。その後、一般消費者向けの BtoC 戦略に乗り出すという 「急がば回れ」 の戦略を採用しています。

インドでは家庭でインド中華を調理する習慣がまだ根付いていないと判断し、まずは飲食店でキッコーマンのしょうゆの認知度を高めるという意図からです。その後に一般消費者向けに展開していく方がよいと考えたのでしょう。

ジョブという視点で捉える意味合い

キッコーマンは BtoB 市場での信頼を確立し、その成功をもとに BtoC 市場への展開を進めました。最初にシェフたちをターゲット顧客にすることで、飲食店のインド中華の味の向上を図り、結果的に家庭でも BtoC でのしょうゆの需要を生み出したわけです。

キッコーマンは、インド市場におけるターゲット顧客の状況とジョブを把握し、効果的な戦略を展開することができました。インド市場での売上は好調に伸びており、今後もさらなる成長が期待されます (参考記事) 。

今回はキッコーマンの成功事例をジョブ理論に当てはめましたが、ジョブ理論は、マーケティングだけでなく、商品開発、顧客サービス、組織開発など、様々な分野で活用できます。

ジョブ理論というレンズを通すことで、お客さんの真のニーズを把握し、顧客満足度向上を実現する施策につなげることができるのです。

まとめ


今回はキッコーマンのインド市場開拓の事例から、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

✓ ジョブ理論
  • ジョブとは、人がある特定の状況において成し遂げたい進歩のこと
  • 商品やサービスのことを、お客さんのジョブを完了させる働き手である 「ワーカー」 と位置づける
  • ジョブ理論では、お客さんが置かれている 「状況」 と、その状況下で成し遂げたい進歩である 「ジョブ」 、そしてワーカーとして雇用されるための条件となる 「ジョブスペック」 に焦点を当てる

✓ ジョブを活用するマーケティング
  1. ターゲット顧客を明確にする
  2. お客さんが置かれている 「状況」 、その状況の下で持っているお客さんの 「ジョブ」 を把握する
  3. ジョブを解決するために、自分たちが選ばれるために必要な要素 「ジョブスペック」 を満たし、雇ってもらう


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。