#マーケティング #新規顧客 #顧客文脈

ビジネスを成長させ続けるには、新しいお客さんに出会うことが欠かせません。

新規顧客を獲得しようとするとき、既存顧客に効果があった施策をそのまま使っても、今までとは違う新しい層に振り向いてもらうのは簡単なことではありません。既存顧客と新規顧客では 「頭の中のカテゴリー地図」 がまったく違うからです。同じ商品でも、見えている世界が異なるわけです。

今回は、伊藤ハム米久 (よねきゅう) の実践事例から、新規顧客獲得のポイントを学んでいきます。

伊藤ハム米久の挑戦

出典: 伊藤ハム米久

伊藤ハム米久が直面していた解決すべき問題は、成熟市場である加工肉カテゴリーにおける成長の限界でした。特にロングセラー商品 「ポークビッツ」 は、売上がピーク時の 3 割まで落ち込んでいたのです。

転機となったのは、加工肉カテゴリー全体が抱える構造的な課題に気づいたことでした。

伊藤ハム米久が見出したカテゴリーでの構造は、生肉と加工肉の間には 「想起の断絶」 があることでした。消費者が 「今夜はお肉を食べたい」 と思ったとき、牛肉や豚肉、鶏肉など生肉のことを思い浮かべても、加工肉であるウインナーやハムをメインの選択肢として想起しないという断絶です。特に若年層では、この傾向が顕著でした。

この溝を乗り越えるために、伊藤ハム米久は顧客の文脈を徹底的に理解しようとしました。離れてしまったお客さんや、これまで商品を手に取らなかった新しい層の心をつかむために、顧客文脈を起点にマーケティング戦略を再構築していったのです。

新規顧客の獲得への示唆

伊藤ハム米久の事例は、あるひとつの会社の再生ストーリーにとどまりません。他のビジネスに通じる 「新規顧客の獲得」 への汎用的な示唆が詰まっています。

伊藤ハム米久の取り組みを、マーケティングの視点で読み解くと、成功の要因は以下の 3 つに集約されます。

  • 顧客文脈は、既存顧客と未顧客では大きく違うと理解した
  • 未顧客の文脈にフィットする 「価値の言い換え」 と 「使い方までの提案」 を行った
  • 定義した顧客価値の 「実現」 までをやり抜いた

これらは、私が大切にしている 「顧客文脈 → 価値定義 → 価値提案 → 価値実現」 という一連のマーケティングプロセスそのものです。

では、順番に詳しく見ていきましょう。

[顧客設定] 新規として増やしたい顧客像を明確にする

新規顧客獲得の第一歩は、どの層に新しくお客さんになってほしいかを明確にすることです。

ポークビッツは当初、「時短を求める忙しい主婦」 という、やや抽象的な顧客像を想定していました。この設定では、既存顧客と新規顧客の境界が曖昧で、どちらに向けたメッセージなのか不明確です。

そこで伊藤ハム米久は、獲得すべき新規顧客を具体的に特定しました。

  • 加工肉カテゴリー全体の新規顧客は若年層。肉といえば生肉という認識が強い世代
  • ポークビッツの新規顧客は、小さな子どもを持つ母親 (購買決定者) と、自分専用を喜ぶ子ども (実際の利用者) 

ここで重要なのは、既存顧客とはカテゴリー認識が根本的に異なる人たちを新規顧客として定義したことです。

単に 「まだ買っていない人」 ではなく、「頭の中のカテゴリー地図が違う人」 を特定しました。

[顧客文脈の理解] 新規顧客は 「違う世界」 に住んでいる

既存顧客と新規の未顧客では文脈が違います。この前提を置かなければ、新規顧客は獲得できません。

既存顧客である加工肉の利用者にとって、ハムやウインナーは 「いつもそこにあるもの」 です。朝食、お弁当、子どものおやつなど、利用シーンが頭の中に存在しています。レシピを調べなくても、自然に使い道が浮かびます。

加工肉は 「メインディッシュの補助」 「手軽な副菜」 として認識されており、「便利さ」 「時短」 が主な価値となっていることでしょう。

一方、未顧客の世界観はまったく異なります。

未顧客の頭の中では、「お肉」 といえば牛肉、豚肉、鶏肉などの生肉を指し、加工肉はその連想から外れます。ハムやウインナーなどの加工肉は、食卓のメインになり得るという発想がそもそもないわけです。加工肉の商品を物理的に見たことはあっても、自分の生活や食事の中でどう使うのかイメージできません。

こうした文脈の違いから、未顧客が抱える困りごとも見えてきます。

加工肉の使い方がわからない、主食にならない、食卓が盛り上がるイメージが持てない、子どもの 「自ら食べたい」 と思う食品が少ない、といったことです。

既存顧客にとっての価値は 「便利」 「時短」 ですが、未顧客にとって重要なのは 「楽しさ」 「ごちそう感」 「体験価値」 です。

[価値定義] 新規顧客の文脈で価値を書き換える

顧客文脈の違いを理解したら、次は商品の提供価値を新規顧客の文脈に合わせて再定義します。

従来、ポークビッツは 「調理時間の短さ」 という母親の時短ニーズを起点にした価値訴求をしていました。この価値定義は既存顧客には刺さりますが、新規顧客には響かないでしょう。なぜなら、未顧客の人たちはそもそも加工肉を買う習慣がなく、「便利」 より 「楽しい」 「おいしい」 を求めているからです。

そこで伊藤ハム米久は、ハムやウインナーの価値を 「子どもが喜ぶ、自分専用のごほうび感」 へと再定義しました。食べる本人 (子ども) の感情を捉え、うれしくなり食卓が盛り上がる文脈を設計したのです。

価値の再定義により、起点が購入者 (母親) の利便性から、利用者 (子ども) の感情的満足へ転換しました。便益も機能的ベネフィットである 「時短」 から、情緒的ベネフィットとなる 「喜び」 や 「特別感」 に変わりました。

これにより、「子どもが喜ぶ → よく食べる → 母親が幸せになる → リピート購入」 という価値の連鎖が期待できます。

重要なのは、商品自体は変えていないことです。ハムやウインナーの特性はそのままに、その意味を 「調理しやすい」 から 「子ども専用」 へと転換したのです。

[価値提案] 相手の文脈に合わせて伝え方を変える

価値を再定義しても、それが相手に伝わらなければ意味がありません。相手の文脈に合わせた 「翻訳」 が必要です。

伊藤ハム米久は、新規顧客に向けて以下のような価値提案を行いました。

まず、ショート動画で使い方を提案しました。未顧客は加工肉の使い方を知らないため、レシピ動画や使い方の瞬時理解コンテンツで、「わからない」 を解消したのです。

次に、位置情報とプッシュ通知で 「今」 の顧客文脈に刺しました。スーパーの近くに来た休眠顧客にプッシュ配信を行い、「買う場所の近くで記憶がリフレッシュされ、購入につながる」 ことを狙ってのことです。

また、パッケージには親子のイラストやたんばく質を訴求する見た目に変更しました。

出典: 伊藤ハム米久

そして、広告表現を 「フライパンのシズル感」 から、「子どもの笑顔」 へと刷新しました。「子どもが笑顔でうれしそうに食べている姿こそ、ポークビッツの価値を表す真のシズル」 という観点からクリエイティブ開発を進めたのです。

同じ商品でも、既存顧客には 「便利」 「時短」、新規顧客には 「楽しい」 「特別」 「健康的」 と、受け手の文脈によって価値の伝え方を変えました。

[価値実現] 実際に使ってもらい、顧客体験をつくる

マーケティングのゴールは、買ってもらうことではありません。お客さんが実際に商品を使い、価値を実感してもらうことです。

伊藤ハム米久は、この 「価値実現」 のフェーズまで丁寧に設計しています。

パッケージサイズの拡充が、ひとつ重要な施策でした。

以前は小袋しかありませんでしたが、若年層向けには大袋、シニア向けには小袋といったように、消費者の生活実態や嗜好に合わせたサイズを展開。これにより、買いやすく、冷蔵庫でも保管がしやすく、何よりも食べやすくなります。

利用文脈ごとの価値体験がさまざまなシーンで実現されます。例えば若年層には 「ハレの日のごちそう」 として塊ハムをステーキの代わりに、高年齢層には 「良いものをちょっとだけ」 というふうにです。再定義した顧客価値の実現です。

新規顧客獲得のポイント

伊藤ハム米久のポークビッツ再生の事例は、新規顧客獲得の本質を私たちに教えてくれます。

それは、「既存顧客の延長線上に新規顧客はいない」 ということです。

今いるお客さんと、これから出会いたいお客さんは、見ている景色も、大切にしている価値観も、抱えている困りごとも違います。だからこそ、既存の成功体験にとらわれず、未顧客の 「顧客文脈」 をゼロから理解しようとする姿勢が大事なのです。

ポイントを整理すると、次のようになります。

  • 既存顧客の論理で新規顧客は動かないと知る
  • 未顧客の 「頭の中の認識」 「顧客文脈」 を理解する
  • 売り手の都合ではなく、「未顧客の人が喜ぶ文脈」 を起点に価値を再定義する
  • 使い方まで提示し、「価値への入口」 を用意する
  • 顧客価値は、商品・サービスを体験することで初めて実現する

新規顧客獲得とは、「新しい文脈での価値創造」 です。同じ商品でも、顧客文脈が変われば、価値の意味も、伝え方も、実現方法も変わります。

既存顧客の延長線上に新規顧客はいません。未顧客という 「違う世界に住む人たち」 をゼロから理解し、未顧客の文脈で価値を再定義する。それが、成熟した市場であっても成長の壁を突破するカギとなります。

まとめ

今回は、伊藤ハム米久の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  1. 顧客文脈の把握: まずお客さんの置かれた状況を捉える。その状況の下で生じているニーズ、商品やサービスに求める便益 (ベネフィット) 、既存商品・サービスでは満たされていない未充足ニーズを見極める
  2. 価値定義: 次に 「どのような価値を提供するか」 の価値定義を明確にする
  3. 価値提案: 続いて、定義した顧客価値を 「どのように提案するか」 というマーケティングが重要
  4. 価値実現: そして、提案する顧客価値を 「実際にどうやって実現するか」 という価値実現がゴール