投稿日 2023/10/23

Why からはじめ、イノベーションを起こした Suica

#マーケティング #イノベーション #Why

交通系 IC カードの Suica (スイカ) は今も進化を続け、今年2023年5月にはクラウド型のスイカが導入されました (リリースはこちら) 。

これまでは運賃計算などは改札機で処理されていましたが、新しいシステムはクラウド上のセンターサーバーにネットワーク通信でつながり、サーバーで情報処理がされます。

では、交通 IC カードのスイカは、どのようにして生まれたのでしょうか?

Why からはじめるゴールデンサークル


出典: PngJoy

スイカの誕生秘話を見ていく前に、補助線としてご紹介したいのが 「Why からはじめる "ゴールデンサークル" 」 です。

ゴールデンサークルは3つの円でできています。

中心から順番に Why, How, What の3つの円です。Why は目的、How はプロセス、What は結果です。

ゴールデンサークルについて、こちらの TED 動画がおもしろいです (自分が今まで見た TED でベスト5に入るので、よかったら見てみてください) 。サイモン・シネックの 「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」 です。


サイモンは、普通の企業や人はゴールデンサークルの外側から内側に向けて考えると言います。「What → How → Why」 という順番です。

しかし優れたリーダーは逆です。Why からはじめ 「Why → How → What」 の順で考え、人々に伝えます。

* * *

では、スイカがどのようにして開発されたのかを、スイカの Why を見ていきましょう。


Suica 誕生秘話


こちらの本、Suica が世界を変える - JR 東日本が起こす生活革命 (椎橋章夫) を参考にしました。


なぜスイカは開発されたのか?


開発の背景は大きく2つありました。

  • 経営を支える新たな柱にしたい

  • 「改札機や券売機は本当に便利なのだろうか?」 という疑問

1つ目の 「経営を支える新たな柱にしたい」 とは、当時の JR 東日本にとって、鉄道以外のビジネスチャンスをつくらなければいけない状況だったことです。

1990年代から利用客数が伸び悩み、将来的にも人口が伸びない少子高齢化によって客数増加は期待できませんでした。客数の停滞に歯止めをかけ、どう利益を上げるかという鉄道事業会社にとって根本的な問題です。

そこで、鉄道との相乗効果から新たな収益源として期待できるのが、IC カードのスイカでした。

2つ目の 「改札機や券売機は本当に便利なのだろうか?」 とは、そもそもの当時の改札機や券売機への疑問です。

スイカが導入される前は全ての乗客が、次のような流れでした。

  1. 切符を改札機に入れる
  2. 改札機が切符を読み取る
  3. 改札機から切符が出る

ここで問題だったのは、切符や定期券を一度改札機内部に通過させると、内部で詰まりが一定確率で発生してしまうことでした。詰まってしまい出てこなかったり、出ても時間差が生じることで自分の切符が後ろの人に渡ってしまうという 「ズレ」 が発生しました。

切符がお客さんの手から一時的に離れ、改札機内部に入るために生じる構造的な問題です。

詰まって出てこないと、その度に駅員が対応しなければいけません。改札機内の定期的なメンテナンスも大きなコストでした。

こうした状況を受け、スイカの開発担当者であった椎橋氏は、「切符がよく詰まる改札機や、切符をいちいち券売機で買わなくてはならないことは、お客さまにとって果たして便利なのだろうか」 という疑問を抱きます。

5つの開発コンセプト


スイカの開発プロセスで注目したいのは5つの開発コンセプトです。ここにも Why がありました。

✓ Suica 開発コンセプト

  1. サービスアップ: 切符や定期券を改札機に入れることなく通れること。切符を券売機で買う必要がなく、乗り越し時に精算のわずらわしさもなくすこと。定期券を紛失しても再発行できること

  2. システムチェンジ: 切符の詰まりのトラブルを減らし、改札機の保守業務を減らすこと。切符を買うことなく、駅のキャッシュレス化とチケットレス化で駅業務のシステムを変えること

  3. コストダウン: 改札機の維持や保守のコスト削減、券売機の台数減。IC カード専用改札機導入によるコスト減

  4. セキュリティアップ: キセル行為 (乗車時と降車時の両端だけきっぷ代を払い、中間分の運賃は支払わない不正乗車) や偽造カード等による不正乗車の防止

  5. ニュービジネス: スイカという IC カードにより新しいサービスや事業展開の可能性があること

5つをまとめると、1点目のサービスアップで乗客の利便性向上を目指しつつ、JR 東の内部に抱えていた問題を解決し (2 ~ 4点目) 、その上で5点目に掲げた 「新しい事業の柱に育てる」 という位置づけでスイカは開発されたのです。

スイカの開発には、以上のようなそもそもの 「Why」 が明確にあったのです。

スイカがもたらしたイノベーション


2001年11月18日 (日) 、スイカが導入されました。

その後は交通系 IC カードは拡大の一途をたどっています。

  • 東京圏では私鉄各社が 「PASMO」 を開始。2007年3月には Suica や Pasmo などの IC カード相互利用もできるように

  • 東京圏だけではなく、全国各地の交通系 IC カードが次々に発行。2013年1月には交通系 IC カードの発行累計の枚数が1億枚を超えた

  • 2013年3月に全国相互利用が開始。2021年9月に交通系 IC カードの発行累計は2億枚に

https://www.jrem.co.jp/common/pdf/202109.pdf
1枚の IC カードがあれば、乗るたびに切符を買ったり清算も必要なくなりました。IC カードは定期券にもなり、乗車切符にも使えます。JR だけではなく各私鉄やバスでも使え、公共交通の乗車体験を変えました。

他には、スイカはカードにチャージしたお金が電子マネーとしても運賃以外にも利用できます。

自動販売機や売店での購買はスイカなどに入った電子マネーが使われ、会計での支払いがスムーズになりました。自販機や駅ナカだけではなく、コンビニやスーパーなどでも広く使えます。

スイカは鉄道での利便性を変えただけではなく、社会を変えたのです。


まとめ


今回は、交通系 IC カードの Suica を取り上げ、「Why からはじめるゴールデンサークル」 というレンズで開発の歴史と現在を見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 優れたリーダーは Why からはじめる。「Why → How → What」 の順で考え、人々に伝える。Why は目的、How はプロセス、What は結果

  • スイカの開発にはそもそもの 「Why」 が明確にあった。スイカを経営を支える新たな柱にしたい、「改札機や券売機は本当に便利なのだろうか?」 という疑問

  • スイカは鉄道での利便性を変えただけではなく、社会全体を変えた。乗客の利便性を向上し、JR 東の内部に抱えていた問題を解決した。乗車や支払いで欠かせない存在になった


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。

レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから無料登録をしていただくとマーケティングレターが週1回で届きます。もし違うなと感じたらすぐ解約いただいて OK です。ぜひレターも登録して読んでみてください!

最新記事

Podcast

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信しています。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。