投稿日 2023/11/09

無香料の消臭剤に学ぶ、商品特徴を価値に変換するマーケティングの秘訣

#マーケティング #必要性訴求 #価値提案

商品はすばらしいのに、なぜ売れないのか…?

売れない理由は、実は商品自体よりも、その 「伝え方」 にあるのかもしれません。

今回は 「消臭」 という言葉を世に生み出した無香料消臭剤メーカーの事例から、お客さんや世の中に商品価値を伝える秘訣を紐解きます。ぜひ一緒に学んでいきましょう。

無香料の消臭剤を生み出したハル・インダストリ



無香料の消臭剤を専門とするメーカー 「ハル・インダストリ」 の開発ストーリーとマーケティングがおもしろかったです (参考記事) 。

まずは開発のストーリーを見ていきましょう。

開発ストーリー


ハル・インダストリは2023年に創業40周年を迎えました。

扱う商品ラインナップは、消臭ビーズから柔軟剤まで幅広いですが、すべて無香料です。40年もの間 「無香料の消臭剤」 にこだわって商品開発をしてきました。

ハル・インダストリの消臭剤の特徴は、芳香剤で 「いい香り」 にするのではなく、「何の臭いもしない状態にすること」 です。良い香りで臭いをごまかすのではなく、無香料の消臭剤で臭いを消すことを強みにしています。

創業した1983年、その頃は世の中にあったのは芳香剤のみで、「消臭」 という概念がそもそもまだない時代でした。

ハル・インダストリはそこから2年かけて消臭剤を開発しました。消臭剤の最初のお客さんになったのは魚の缶詰工場です。

1983年 (昭和58年) に創業しましたが、最初のお客さんは魚の缶詰工場でした。静岡には大きな港がいくつもあるので、とれた魚を加工する工場もたくさんあります。とある工場長から 「工場のニオイに近所の住民から苦情が来るから芳香剤を使っているけど、香料と魚のニオイが混ざってかえってひどくなる」 と相談されたのがきっかけです。

そこで 「混ざり合うことでひどいニオイになるなら、混ぜずに消せばいいじゃん」 と思ったわけです。その時はまだ営業の仕事をしていましたし、消臭に関する知識は全くありませんでした。でもなぜか 「自分がやらないといけない」 と思ったんですよね。

すぐに研究を始めようと思い、エバポレーターという本格的な実験装置を100万円で購入。幸い営業で稼いだ資金はありました。それから自宅に籠って、ひたすら様々な植物の成分を混ぜては試すこと約2年間。植物成分をベースにした消臭剤が完成し、缶詰工場で使ってもらったのが今の事業の始まりです。

 (中略) 

実はそのころまだ 「消臭」 の単語は世の中に存在していませんでした。当時ある工場を取材に来た新聞記者さんがうちの商品を体感して、「これは芳香でも脱臭でもなく、消臭ですね」 と言ったのがきっかけで、「消臭」 という言葉が生まれたんです。

無臭という価値を伝える難しさ


香りがある芳香剤とは違い、「無臭になること」 の価値を感じてもらうのは決して簡単ではありません。

芳香剤なら使っていれば自然とラベンダーやミストなどの良い香りが空間に漂います。しかし消臭剤は、強烈な臭いが消えるなら実感しますが、匂いへの問題意識が顕在化されていないと、無臭にしようとは思わないでしょう。人は良くも悪くもその場の臭いには慣れてしまい、なんとか消したいという気持ちも薄れてしまうからです。

魚の缶詰工場などの特殊な環境でも、おそらく中で働く従業員の方々は魚の臭いには慣れてしまっていたはずです。しかし近隣の住民はそうはなりません。住民から工場に苦情が寄せられたことで、はじめて工場では臭いが問題視されたのでしょう。

要は、これくらいの状況にならないと 「無臭にしたい」 というニーズは表に出てこないということです。

だからこそ、自社商品のアピールとして 「悪臭問題を解決します」 と強調しても、ニーズが顕在化していない状況では、相手には響かないわけです。

これは実際にハル・インダストリで起こったことで、あるホテルへの商談では、「悪臭がなくなる商品はどうですか?」 と提案したところ、「うちの部屋が臭いっていうのか!」 とホテルの支配人からお叱りを受けてしまったとのことです。


特徴をお客さんの価値に言い換える


ここからはマーケティングの視点で掘り下げます。

ハル・インダストリの無香料の消臭剤がビジネスとして軌道に乗り始めたのは、お客さんへの伝え方を変えたからでした。

問題解決ではなく付加価値の提供


嫌な臭いを消すという 「悪臭問題を解決する」 だけでなく、そこからさらに一歩踏み込み 「空気を爽やかにして、空間の価値を上げる」 という訴求にしました。

悪臭の対処だけならただの手段であり、自分 (たち) のいる空間の臭いに “問題を感じていない人” には響きません。しかし、空間の価値を上げるというお客さんにとっての便益まで伝えることで、商品のお客さんへの意味合いを言語化したのです。

人によって気になる臭いは異なります。同じニオイでも、ある人は良い香りだと感じ、別の人は嫌な臭いだと思うこともあります。臭いを人が共通して悪臭問題だと認識するには、よほど強い臭いのレベルになっていなければいけません。

ここを無理に突破するよりも、相手にとっての価値を提案することがポイントです。

ハル・インダストリの場合は、「臭いそのものを消すことで、人それぞれの好き嫌いの臭いのない空間に変わり、あなたの商売にもお役に立てるはずです」 とアピールすることで、臭いへの顕在化ニーズがまだないところにも販路が広がりました。具体的には、ホテルやパチンコ店、オフィス・商業ビルです。

ハル・インダストリは 「臭いを消す問題解決」 というマイナスをゼロにしただけでは止めず、「空気を爽やかにして空間の価値を上げる」 というさらにプラスの価値まで訴求しました。お客さんの便益として提案したところに成功の要因があります。

成功するマーケティングとは


では、ハル・インダストリの無香料消臭剤の話から学べることを一般化してみましょう。

商品の特徴をどのように伝え、お客さんに価値だと思ってもらえるかに学びが得られます。

時として商品特徴をストレートにそのまま伝えても、相手にはピンとこなく、ともすると相手からのイメージを悪くすることすらあります。

そこで大事なのは、商品の特徴をお客さんの価値に言い換えることです。

ハル・インダストリの消臭剤が売れるようになったのは、「悪臭を消す」 ではなく 「ニオイが消えて空気が爽やかになり空間の価値が高まる」 という訴求に変えたことにありました。

商品の特徴や強みをお客さんの価値に言い換えるためには、次のようなプロセスで進めるといいです。

✓ 価値提案のプロセス
  • ターゲットとするお客さんを定める
  • お客さんの置かれた環境、求めていること、普段行っている行動、言動の奥にある心理、価値観などお客さんのことを深く理解する
  • 顧客理解にもとづき、お客さんが本当にやりたいこと、お客さんがまだ言語化できていない望みや不満を見極める
  • お客さんが実は本当に求めていたことを満たすために、商品がどのように貢献できるかの提供価値を明確にする
  • 商品特徴やもたらす価値をお客さんの心の琴線に触れるような言葉に言い換え提案する

商品の強みを、いかにお客さんにとってのうれしさ (価値) に言い換えられるかが成功するマーケティングのカギを握ります。

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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。