1950年代後半の銭湯で、ある風呂桶がマーケティングの新しい境地を開拓しました。
その後、「三方よし」 という持続可能なビジネスモデルにまで発展しています。
今回は、銭湯の桶から学ぶ、筋の良いビジネスモデルをつくる方法を解説します。ぜひ一緒に学んでいきましょう。
銭湯の定番 「ケロリン桶」
「永久桶」 として重宝
銭湯の定番と言えば富士山の風景画ですが、もう1つ定番のものがあります。底に 「ケロリン」 と印刷されたプラスチック製の風呂桶の 「ケロリン桶」 です。
銭湯で腰掛けに使われ座られても、子どもが蹴飛ばしても壊れないケロリン桶は、その頑丈さから別名 「永久桶」 とも呼ばれています。
そもそもなぜ、多くの銭湯でケロリン桶が使われるようになったのでしょうか?
ケロリン桶が普及したワケ
ケロリンは解熱鎮痛剤です。富山県の内外薬品 (現在は 「富山めぐみ製薬」 ) が、今から100年近く前から販売していて、ケロリンが誕生したのは1925年の大正の時代です。
解熱鎮痛剤と銭湯は一見すると関係がなさそうですが、両者を結びつけた人物がいました。東京で広告業などを手掛けていた睦和 (むつわ) 商事の営業スタッフ (後の社長) です。
昭和30年代 (1950年代後半) は、全国の銭湯が木製の風呂桶からプラスチック製に切り替えていたタイミングでした。睦和商事の営業担当者は 「プラスチック桶を広告媒体にできないか」 と考えました。
当時は家にお風呂がある一般家庭はまだ少なく、銭湯や共同浴場が日本各地に多くあった時代でした。銭湯にある桶に広告を出すという、この目のつけどころは慧眼であり、先見の明があったのです。
睦和商事はスポンサーを探して全国をかけまわり、ケロリンを販売する内外薬品にも 「風呂桶に自社商品 (ケロリン) の広告を出さないか」 と持ちかけました。東京オリンピックを翌年に控えた1963年にケロリン桶が生まれました。
当初は白色のみだったが、湯垢によりヨゴレが目立つため黄色に変更統一された (出典: 富山めぐみ製薬)
ケロリン桶の仕組みがうまかったのは、原価より安い価格で銭湯がプラスチック桶を買えるようにしたことにあります。
睦和商事は内外薬品からケロリンの広告費をもらっているので、ケロリン桶は赤字でも賄えたわけです。木製の桶からプラスチック製に切り替えたいと思っていた銭湯には渡りに船でした。
ケロリン桶は全国の銭湯での定番品になるだけではなく、温泉、ゴルフ場などの浴室へも普及していったのです。
学べること
ではケロリン桶の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。
以下の4つの論点で順番に見ていきます。
- 世の中の変化やトレンドに乗る先見の明
- BtoB から BtoC への多角化
- スイッチングを阻止する参入障壁
- Win-Win のビジネスモデル
世の中の変化やトレンドに乗る先見の明
1950年代後半の頃に、銭湯業界では木製の桶がプラスチック製の桶へと切り替えるという変化が起こっていました。
このトレンドを睦和商事は見逃さず、自社のビジネスチャンスと捉えました。
当時はお風呂に入るために人々は近所の銭湯に通っていた時代です。多くの人が日々目にする銭湯の桶を 「広告媒体にできないか」 というアイデアがひらめきました。木製の桶に広告を印刷するのは難しくても、プラスチックなら入れやすいと思ったわけです。
このように時代の変化や新しいトレンドに乗ることで、次のビジネスチャンスをつかめます。新しく生まれるもので、そこに人々が注目する場所を 「広告面」 や 「コミュニケーションの場」 にできないかと考えてみると、マーケティングへの着想が得られます。
BtoB から BtoC への多角化
当初、ケロリン桶は銭湯向けという BtoB (業務用) ビジネスとしてスタートしましたが、現在では BtoC という一般向けにも販売されています (現在はケロリン桶や関連グッズは富山めぐみ製薬が販売) 。
自宅で銭湯と同じものが使えるケロリン桶以外にもケロリングッズとして、たとえばストラップ、イヤホンジャック、タオル、バスマット、スリッパ、入浴剤、石鹸です。
消費者からの 「銭湯でいつも使っている愛着のあるケロリン桶を自宅のお風呂でも同じように使いたい」 「関連グッズを持っていたい」 という気持ちに応えています。
BtoB から BtoC へのビジネス展開は決して簡単ではありませんが、BtoB で得られたブランド資産を BtoC に有効活用できたことで、ケロリン桶はさらなる成功を収めました。
スイッチングを阻止する参入障壁
ケロリン桶は原価よりも銭湯に安く提供されました。
また、ケロリン桶は 「永久桶」 と言われるくらい頑丈なので、一度銭湯に導入されれば買い替え需要は起こりにくいものです。桶の内面に印刷された文字も印刷後に高温にすることで、プラスチックに染み込んでいるため半永久的に消えないようになっています。
こうした状況は、一度導入された銭湯が別の桶にスイッチすることを難しくしました。つまりケロリン桶は他社製品からの高い参入障壁を築いたのです。
Win-Win のビジネスモデル
銭湯の桶を広告媒体にするというビジネスモデルには、Win-Win が成立していました。
- 内外薬品はケロリンを広告することで、存在を知ってもらったり、興味喚起、購入意向を高められる
- 睦和商事は桶の販売でき、桶の販売で利益は赤字でも広告費で収益を稼げる
- 銭湯は安くて使い勝手のよい桶が手に入る。銭湯客の利用満足度も向上する
筋の良いビジネスモデル
ビジネスモデルを一般化すると、要素を分解すると次の5つになります。
✓ ビジネスモデルの要素
- 明確な顧客の定義
- お客さんが抱える課題や解決したい問題の設定
- 問題の解決策 (商品やサービス)
- お客さんが得る価値 (提供価値)
- 収益モデル (お金の流れ)
文章で表現をすると 「想定するお客さんの問題を解決し、商品が提供する価値から収益を得る仕組み」 です。以上がきれいにつながっていると、ビジネスモデルは筋の良いものになります。
では、銭湯のケロリン桶の広告の仕組みを、ビジネスモデルの5つの要素に当てはめてみましょう。
✓ 「ケロリン桶広告」 のビジネスモデル
- 顧客: ① 自社製品であるケロリンの広告を出したい富山めぐみ製薬、② お客さんに満足して使ってほしい銭湯、③ 銭湯を利用する生活者
- 課題感: 富山めぐみ製薬はケロリンの認知向上や売上増加、銭湯は利用客が毎日使う桶をなるべく安く買い質の高いものを導入したい、銭湯利用客は銭湯を便利に使いたい
- 解決策: 銭湯のお客さんが必ず使う桶に広告を入れることで広告製品を目にしてもらえる。銭湯は原価より低い価格で桶を買える、利用客は壊れることのない銭湯桶を使える
- 提供価値: 広告主は自社製品のアピール、銭湯は永久桶によるコスト削減と顧客満足度の向上、銭湯の客は頑丈な桶で安全に身体を洗え腰掛けとしても使用できる
- 収益モデル: 広告主がお金を出すことでケロリン桶が作られ、銭湯は格安で入手できる。広告主は自社製品の売上によって広告費をペイできる
こうして見ると、ケロリン桶の広告モデルは5つの要素がうまくつながっていることがわかります。
これら5つは、筋の良いビジネスモデルかどうかを評価することにも使えるので、覚えておいて損はないフレームです。
まとめ
今回は銭湯のケロリン桶を取り上げ、学べることを見てきました。
最後に学びのポイントをまとめておきます。
- ケロリン桶は、1950年代後半の銭湯での桶が木製からプラスチック製へのシフトに着目し、広告媒体としての新しい可能性を開拓して生まれた。トレンド変化をキャッチし、新たなビジネスチャンスを捉えた
- ケロリン桶は最初は BtoB ビジネスだったが、消費者ニーズに応える BtoC にも展開。BtoB で得たブランド資産が BtoC で有効活用されたことが成功につながった
- ケロリン桶は、広告主と銭湯、そして生活者 (銭湯利用客) の全てにとって価値のあるビジネスモデルを築き三方よしを実現。永久桶と言われるほどで、他社製品からの参入障壁を築き持続的なビジネスモデルになっている
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