投稿日 2023/11/08

ワンちゃんファーストな老舗旅館 「小松屋八の坊」 に学ぶブランド戦略

#マーケティング #ブランド #コンセプト

お客さんが求めるものを提供することは重要ですが、それだけで本当にビジネスを成功させられるでしょうか?

今回は 「ワンちゃんファースト」 という尖ったコンセプトで、愛犬家から人気を集める老舗旅館を取り上げます。

この事例から私たちは何が学べるか、ぜひ一緒に探っていきましょう。

ワンちゃんファーストに振り切った老舗旅館



ご紹介したいのは、伊豆の老舗旅館 「小松屋八の坊」 の事例です。

愛犬と飼い主が宿泊を楽しむことに振り切った旅館経営をしています。

かつては団体客をメインのお客さんにしていましたが、愛犬家の個人客にターゲットをシフトして、旅館をリニューアルしました。犬と一緒に泊まれる宿として愛犬家からの注目を集めています。

 「小松屋八の坊」 の施設や提供サービスを見ると、「ワンちゃんファースト」 に特化していることがわかります。

  • ロビーは犬も歩ける。館内全体では犬を抱っこをすれば、愛犬と一緒に回れる
  • 通常客室内は高級感を出しながら、犬のひっかきや粗相に対応できる壁材や床材、家具に変更
  • 限定の特別室では 「犬との添い寝可」 「犬と一緒に入れる風呂」 を導入
  • ドッグランを新設
  • ウェブ広告には 「ワンちゃんファースト」 のコピーを強調。愛犬と一緒に部屋食や入浴を楽しむシーン、添い寝するシーンなど、「この宿でしかできない体験」 を画像を多く使用してアピール

特別室の料金設定は、1人1泊で2万5000円です (2人1部屋利用時, 税・サービス料込み, 愛犬がいる場合は衛生管理費が別途発生する) 。

小松屋八の坊が愛犬と一緒に泊まれるようにしたリニューアル後は、目に見えて変化がありました。

旅館の改装により客室数は31室から25室に減少したものの、平均客単価は1万5000円から2万3000円に上昇。2023年3月期の売上高は2020年3月期に比べて2割アップし、過去10年で最高とのことです。


学べること


では、愛犬と一緒に宿泊できる老舗旅館 「小松屋八の坊」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

やりたいことを形にする


小松屋八の坊のコンセプトである 「ワンちゃんファースト」 は、愛犬と旅行や宿泊をしたいというお客さんのニーズに応えているだけではなく、旅館として自分たちがやりたいことでもありました。

大胆な変革のきっかけは 「従業員から上がった、予想外の一言だった」 と小松屋専務の望月敬太氏 (39歳) は振り返る。

大正4年創業の老舗で、客室数30余りの同館が、犬連れ客への対応を開始したのは約20年前に遡る。「犬がいても温泉旅行に行きたい」 との声に応え、自身も愛犬家の社長 (望月氏の父) が受け入れを開始。「ただ当時は、単に『犬も客室に入れる』だけで、特別なサービスはなし。年末年始など、団体客が少ない時期に予約を受ける程度で、年間の宿泊犬数は1000匹に満たなかった」 と望月氏。

電機メーカーを退職した望月氏が伊豆長岡に戻り、家業の運営に参加したのは2015年。「生まれ変わってもこの仕事がしたい、と思うほど旅館業が好きで、仕事への意欲に燃えていた」 (望月氏) 。その後、専務に就任したのを機に、「おもてなしの質を高めよう」 と、新たに料理長を招聘 (しょうへい) し、仲居の接客スキルの向上にも努めた。

ただ団体客の大半は、宴会で騒ぐことが目的。「箸をつけられないまま残される料理も多く、仲居との会話に興味すら示さない方が大半。従業員のモチベーションは上がらず、旅館業が好きという、私自身の気持ちも揺らいでいた」 (同) 。

今後の運営のあり方について意見を聞こうと、20年1月、料理長やフロント担当ら、社員6人を招集。「どんなときに仕事への喜びを感じるか」 との質問に、全員が口をそろえたのが、「犬連れのお客様を接客しているとき」 との意外な答えだった。

客室清掃に手間がかかる犬連れ客の受け入れは、従業員の負担も少なくない。だが、「団体客メインの当館では、泥酔したお客様が備品を壊すなどのトラブルは日常茶飯事。『それに比べれば、ワンちゃんの粗相や抜け毛などかわいいもの』と言われ、はっとした」 (同) 。

望月氏自身も、保護犬を2匹飼う愛犬家。「おもてなしの対象が "飼い主とワンちゃん" になったらどんなに楽しいだろうとワクワクした。仕事への熱い思いを取り戻せ、その熱がきっと従業員にも伝わると感じた」 (同) 

 「求められること」 と 「やりたいこと」 の交差点


ビジネスではお客さんの要望に応えるだけでは、時として十分ではありません。それよりも深く、自社の理念やブランドが持つ独自の世界観を打ち出していくことが求められます。

これを文脈にして、「ワンちゃんファースト」 というユニークな旅館に変わった 「小松屋八の坊」 から学べることを一般化してみましょう。

一言で結論から言えば、自らの理想として目指す先を示すことの大切さです。

小松屋八の坊では、お客さんが求めること (愛犬との宿泊) と、旅館自身がやりたかったこと (飼い主と愛犬へのおもてなし) がマッチしたからこそ、独自の存在感を発揮しています。

コンセプトやブランド戦略を定める際に、お客さん目線でのニーズや自分たちが期待されることを反映させるだけではなく、「自分たちがやりたいこと」 「実現したい世界観」 を起点にすることが重要です。

 「お客さんから求められること」 と 「自分たちのやりたいこと」 の両方が重なる交差点、さらには 「他の会社ではできないこと」 を加えた先に、自分たちにしかできないお客さんへの提供価値の答えがあるのです。


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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。