投稿日 2024/02/01

元 P&G 「新・東京銘菓づくり」 から撤退。マーケティング視点だけではビジネスはうまくいくとは限らないという教訓

#マーケティング #事業開発 #視座

今回は、有望だと思われたある事業プロジェクトが、商品の発売開始前に一転して撤退判断をしたという事例を取り上げます。

教訓が得られる話でした。

苦渋の決断から撤退をした理由


元 P&G の2人が、P&G で培った知見や経験をもとに、新しい東京銘菓づくりに挑んだプロジェクトが、撤退となりました (参考記事) 。

お菓子の商品コンセプトや仕様も決まり、百貨店や駅構内などの販売チャネルとも商談が進んでいる中での、無期限延期という事実上の撤退判断です。

痛みを抱えてまで、延期を決断した理由は3つあったとのことです。

✓ 撤退を決断した理由
  • 賞味期限に起因する需要予測と供給オペレーションの難易度の高さ、および在庫リスク
  • OEM (受託生産) を前提としたときの想像以上の利益率の低さ
  • 食品特有の安全性チェックなど、発売に至るまでの現実的なハードルの高さ

参考にしているのは有料記事なので、具体的な内容には触れすぎない程度で3つの決断理由について見ていきましょう。

賞味期限に起因する難易度とリスクの高さ


短い賞味期限の食品は、製造から販売、消費者が食べるまでのサイクルがそれだけ短くなります。

たとえば、賞味期限が1ヶ月の商品は、生産されてお店に並ぶまでに1週間かかれば、賞味期限を向かえるまでに残り3週間です。消費者が買ってから1週間は持たせたいと考えるのでれば店頭での販売期間は2週間です。このように生産、物流、販売とタイトに管理する必要があります。

もし需要予測が外れれば、賞味期限が過ぎた在庫が積み上がり、処分しなければなりません。さらに、季節性やトレンド、プロモーションなどに影響を受けると、需要予測の複雑性はさらに増します。過剰な在庫は廃棄となり、在庫が不足すると販売機会の損失となります。

このように、短い賞味期限に起因する需要予測と供給オペレーションの調整は事業への難易度とリスクが高いわけです。

OEM の利益率の低さ


2つ目の撤退を判断した理由は、OEM (他社からの受託生産) を前提にしたときの利益率の低さ、つまりコストの高さです。

OEMとは、一方の企業が製品を設計し、別の企業がその製品を生産するビジネスモデルです。生産工場を持たない OEM を依頼する側は、生産コスト、品質、納期などは OEM を依頼される側に依存します。

高品質で少量生産の食品となる場合、原材料費や加工費、品質検査などのコストがかさみます。また、OEM を受ける企業が他にも多くの依頼企業を持っている場合、優先順位や納期への調整が入るとさらに利益率に影響します。

こうした要素が積み重なると、当初のビジネスプランで想定していた利益率を下回る可能性が高まります。

食品特有の安全性チェックなど、発売に至るまでの現実的なハードルの高さ


食品を扱う企業には、製品が市場に出る前に多くの安全性検査や品質確認が必要です。

たとえば、微生物検査、保存試験、アレルゲンテストなど、多角的な観点からのチェックが求められます。当然、これらのテストには時間と費用がかかります。

さらに、これらのチェックをクリアしても、万が一に異物混入や健康被害が起これば商品回収、原因究明、再発防止の対応など、発売後も常にリスクは存在します。

小規模の会社にとっては、資本的にも人的にも大きな負担となります。


3つの視座


ここまで、P&G 出身者の2人が立ち上げようとしていた 「新・東京銘菓づくり」 の撤退理由を見てきました。

経緯も踏まえると、このプロジェクトは、

  • マーケターの視点では事業アイデアはイケると思えたものの、
  • しかし事業責任者の目線でビジネスモデルの難易度の高さがわかり、
  • 経営者の立場で撤退を決断した

ということです。つまり、マーケティング戦略だけではなく事業戦略、さらには全社戦略で捉えての撤退をする意思決定をしたわけです。

マーケター視点でのポテンシャル


お客さんやビジネスパートナーに提供する価値を見出すのは、マーケティングで大事なことです。

今回のケースでは、マーケティング視点ではビジネス機会は確かにありました。他の地域と違い東京のお土産で買われるお菓子には、東京を象徴するような、例えばそれは東京由来の素材などが使われていないにもかかわらず、既存のお菓子の多くが 「これが東京土産」 というイメージを人々から持たれています。

もしここに、「これぞ東京土産」 という東京銘菓が生まれれば、「東京のお土産と言えばコレ」 というポジションを狙えたことでしょう。マーケター視点ではポテンシャルはあったわけです。

事業責任者としての難易度


しかし、事業責任者の立場からすると、事業を安定的に継続させる難易度の高いビジネスモデルでした。

短い賞味期限に起因するオペレーション、OEM の利益率、食品安全性チェックや高リスクなど、それぞれが持続的な事業の不確実要素となります。

事業として成立させるためには、事業責任者は高いリスクを背負い、安定した収益と成長を実現しなければなりませんでした。

経営者視点での撤退判断


そして最終的には経営者は全社戦略に照らし合わせ、事業の継続性や企業価値に与える影響を見て判断します。

今回のプロジェクトでは苦渋の撤退を決断したというのは、単にマーケティングがうまくいかないからではなく、より大きな経営戦略としての判断だったのです。


異なる視座を持つ重要性


では最後に、この事例から学べる教訓を一般化してみましょう。

それは、マーケター、事業責任者、経営者などの異なる視座を持ち、視野を広げ、多様な視点でものごとを捉えることの大切さです。

今回の事例には、マーケティングは確かに大事である一方、事業として成功をさせるためには、事業責任者や経営者としての立場から、他の多くの要素も考慮しなければならないという教訓が得られます。

たとえマーケティング戦略が優れていても、それだけでビジネスの成功が保証されているわけではありません。

自分の立場が現場のマーケターだとしても、事業責任者などの異なる視座へと意識的に切り替え、より広い視野で見て、多角的な視点で企画を考えたり、施策を展開していくことが重要です。

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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。