自社の商品やサービスの中身や提供価値について、お客さんの立場で評価できていると自信を持って言えるでしょうか?
今回は、ユニークで充実したサービスで人気のあるビジネスホテル 「ドーミーイン」 を取り上げます。
ドーミーインの顧客起点になれる実践方法を例に、これからの時代の顧客理解や市場理解の方法に応用できる 「本質直観」 の重要性と、そのステップを解説します。
ドーミーイン
ドーミーインは、共立メンテナンスが全国に90拠点以上展開するビジネスホテルです。
充実すぎる無料サービス
出張するビジネスパーソンだけではなく家族連れからも高い人気を誇っていますが、人気の理由は充実する数々の無料サービスにあります。
ビジネスホテルではめずらしい天然温泉の大浴場につかり、サウナと水風呂を行き来して外気浴で整った後は、湯上がりアイスを食べたり、乳酸菌ドリンクで一息つけます。人気のマンガも豊富に取りそろえ、好きなだけ楽しめます。
小腹がすいたらドーミーイン名物のハーフサイズのしょうゆラーメン 「夜鳴きそば」 があります (おかわり自由) 。コーヒーなどの飲み放題から、アイス、乳酸菌ドリンク、夜鳴きそば、マンガ、ワイシャツや下着など洗濯に至るまで、これらは全て無料です。
コンセプトは 「第2の我が家」
ドーミーインのコンセプトは 「第2の我が家」 です。
このコンセプトのもと、ドーミーインは宿泊者が自宅のようにリラックスできる環境を提供しています。
ドーミーインは、もともとは学生寮や社員寮の運営からスタートしており、自分たちのホテルにおいても宿泊するお客さんが 「第2の我が家」 だと思って、くつろいでもらえるように設計しています。
照明やベッドの選定、館内着の提供、お風呂に入りアイスで火照った体を冷やし、小腹も満たせるなど、細部にわたる顧客体験へのこだわりが、宿泊者に居心地の良さを感じさせます。ビジネスホテルでありながら、あたかも自宅の部屋のように過ごせるのがドーミーインです。
頻繁に行う自社視察
ドーミーインで特徴的なのは、競合との差異化を意識していないことです。
通常、視察といえば他社が何をやっているかをチェックするために、ライバルのホテルに宿泊する 「敵情視察」 を意味しますが、ドーミーインの場合は管理職が全国への出張時や巡回時に泊まるのは自社であるドーミーインの施設とのことです (参考記事) 。
各地で会議などがある時は必ずドーミーインに前泊し、風呂、サウナ、アイス、夜鳴きそば、朝食を全てお客さんとして実際に体験します。部屋の電源やスイッチ類の位置は適切なのか、器具に問題はないのかを確認し、宿泊者目線で泊まる機会を年間で数多く設けているわけです。
この "自社" 視察は、競合他社の施設ではなく、自社の施設を宿泊者の視点で体験し、サービスの改善点を見つけ出すためのものです。
このようにしてドーミーインは新しいアイデアを生み出し、顧客ニーズに応えるサービスを提供しているのです。
"自社" 視察の狙い
ドーミーインの取り組みで、マーケティングの観点で注目したいのは 「自社視察」 です。
顧客目線の獲得
自社ホテルに実際にお客さんとして宿泊することによって、お客さん目線での感じ方や捉え方、ホテルの体験ができます。
お客さんと同じサービスを "お客さんの立場で" 直接体験することによって、顧客目線を獲得することにつながります。
気づきから自分の内面を掘り下げる
1人のお客さんとして実際に体験すると、思考は一歩深まることでしょう。
自社ホテルの滞在中に、ふとしたきっかけや違和感などから、なぜ自分はそう感じたのか、何が自分をそう思わせるのかなど、普段自分もそこまでは考えていないような潜在的な欲求や隠れている不満、どこかあきらめていたことなどがあぶりだされるわけです。
自分の直感を入口にして深層心理を深掘りをしていくことによって、まだ満たされていない顧客潜在ニーズ、顧客インサイトに応えるための価値提供へのヒントや着想を得ることができます。
本質直観
ドーミーインがやっている自社視察は、「本質直観」 に通じるものがあります。
その根拠を自分自身に問い直す
本質直観とは、自分が何かを思ったことについて、その根拠や理由を自分自身に問い直す行為です。
直感的に感じたことの根っこにある答えを、他者に頼るのではなく、なぜ自分の中で生じたのかを自問するアプローチが本質直観です。
本質直観については、詳しくは、 「本質直観」 のすすめ。- 普通の人が、平凡な環境で、人と違う結果を出す (水越康介) という本に書かれています。
本質直観は、自分の中で 「本質を捉えた」 と確信していることについて、それをゴールではなくきっかけとなるスタートにして、その根拠を疑い、問い直していきます。自分の確信がどのようにして成り立っているのかを確認していく思考プロセスです。
ちなみに、本質直観と逆のやり方は、自分が思ったことが正しいかどうかを、他人も同じように思うかを確認することです (本質確認) 。これに対して本質直観では、自分が何かを感じたことや思ったことについて、そう感じた・思った理由や背景への掘り下げを、自分自身に対して行います。
本質直観の方法
では、本質直観を行うためには、どうすればいいかを見ていきましょう。
本質直観の方法を整理すると、具体的には次の3つのステップで進めます。
- 直観に気づく: 取り扱うテーマや課題に対して自分がふと感じたこと、ちょっとした違和感や気づきを見逃さず言語化する
- その直観を問い直す: 自分はなぜそのように感じたのか、その感覚はどこから来たのかを自問自答する。思考や感情の背後にある潜在意識や価値観、ものの見方や思考 (メンタルモデル, バイアス) を探っていく
- 新たな視点を見つける: 最初の直観を入口に自分の感覚・思考を深く掘り下げることで、新たな視点やアイデアを見つける
マーケティングリサーチ (顧客理解) への応用
たとえば、「本質直観」 と 「マーケティングリサーチからの顧客理解」 との組み合わせを考えてみましょう。
本質直観というアプローチをとることで、マーケティングリサーチの位置づけは一般的な方法とは逆になります。
通常、リサーチでは、仮説という自分たちがそうであろうと考えることの検証を、ターゲット顧客も同じように思うかどうかという視点で行ないます (本質確認) 。答えは調査対象者が持っているというスタンスをとります。
一方の本質直観をマーケティングリサーチに適用すれば、自分たちが仮説として持っていること、まだ仮説にまでなっていないアイデアや発想、他にはお客さんの言動、仕草や表情の変化などで違和感を感じたり驚いたことを、「なぜ自分はそう思ったか」 や 「その根拠は何か」 を他人ではなく、自分自身に問い直すことになります。
本質直観では自分が感じたことを、他人に訊いて確認するのではありません。アンケート調査結果や、顧客インタビューで発見した洞察、得られたアイデアについて、なぜそれらが自分の中で生まれたのか、自分が驚いたのはなぜなのかを自分自身に問うのです。
もし 「答え」 があるとしても、その答えをお客さんや他者には求めることはしません。答えは自分の中にあり、調査結果を起点に本質直観を行い、まだ気づいていない何かを掘り起こすというやり方です。
本質直観の重要性
では最後のパートでは、「本質直観は AI 時代のマーケティングの必須スキルになるのでは」 という話をしていきます。
本質直観は AI 時代のマーケティング必須スキル
ChatGPT などの AI が普及することで、AI が人の仕事を奪うのではないかという、ともすると過度な悲観論を見聞きします。AI が多くの業務タスクを自動化し効率性を高める一方で、特定の職種やスキルが不要になるという懸念からです。
こうした文脈で考えてみたときに、人が伸ばすべき能力の1つが 「本質直観」 なのではというのがここからの話です。
本質直観は、他者ではなく、自分自身に対して直観や感覚への根拠を深く掘り下げ、新しい洞察を得る行為です。
AI は論理的な分析やパターン認識に優れていますが、人間特有の直観や感性、創造力を持ち合わせていません。このため、本質直観は AI には真似できない人間のスキルとなるでしょう。
たとえば、マーケティングやプロダクトデザインの分野では、データにもとづく分析だけでなく、お客さんの感情や生活者背景などの顧客文脈を理解し、それにもとづいて新しいアイデアを生み出すことが重要です。ここで本質直観が有効なアプローチとなります。
AI と人間の共存
AI 時代における成功は、人がテクノロジーの発展に適応し、人間独自の能力を伸ばすことにかかっています。
AI の普及は、人間がより創造的で本質的な問題に集中する機会を提供します。たとえば、AI がルーチンワークを引き受け自動化することで、人はより創造的なタスクに集中できるようになります。
本質直観はこの過程で中心的な役割を果たし、AI との補完的な関係を築きます。人と AI が共存する中で、人は本質直観のような人間が得意とする能力を駆使して、AI では到達できない創造的なアイデアやソリューションをつくることができるでしょう。
本質直観は、人 と AI が協調する環境において、新しい価値を生み出すためのカギとなる能力となるのです。
本質直観の力を伸ばすことによって、AI の進化がもたらす変化に対応し、新しい機会をつかむことが可能になるでしょう。
まとめ
今回は、ユニークなビジネスホテルの 「ドーミーイン」 を取り上げ、本質直観を補助線にして AI 時代の市場や顧客ニーズを捉える方法を考察をしました。
最後にポイントをまとめておきます。
- ドーミーインは社員が自社ホテルに宿泊することで、実際のお客さんがどのようにサービスを体験しているかを 「お客さんの立場で」 直接体験し、顧客目線を獲得しようとしている
- 自社視察による体験は、宿泊中のふとしたきっかけや違和感から、自分がなぜそう感じたのか、何がその思考を引き起こしたのかを深く考える機会になる
- 普段自分もそこまでは考えていないような潜在的な欲求や隠れている不満、どこかあきらめていたことなどを認識し言語化でき、顧客理解や潜在ニーズへの洞察を深められる
✓ 本質直観とは
- 自分が何かを思ったことについて、その根拠や理由を他者ではなく自分自身に問い直す行為
- 自分の中で 「本質を捉えた」 と確信したときに、ここをゴールではなく、きっかけにすることでその根拠を疑い、問い直していく
- 本質直観は AI と人間の共存のカギを握る。人は本質直観のような人間が得意とする能力を駆使して、AI ではまだ到達できない創造的なアイデアをつくることができる
✓ 本質直観のステップ
- 直観に気づく: 取り扱うテーマや課題に対して自分がふと感じたこと、ちょっとした違和感や気づきを見逃さず言語化する
- その直観を問い直す: 自分はなぜそのように感じたのか、その感覚はどこから来たのかを自問自答する。思考や感情の背後にある潜在意識や価値観、ものの見方や思考を探っていく
- 新たな視点を見つける: 最初の直観を入口に自分の感覚や思考を深く掘り下げることで、新たな視点やアイデアをつくる
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