自社のビジネスの戦略やマーケティングは、本当に効果を発揮しているでしょうか?
今回ご紹介したいのは、マーケティングの定石として広く信じられてきたことに一石を投じるの本です。
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書籍 「戦略ごっこ - マーケティング以前の問題 (芹澤連) 」 から、ビジネスで “ごっこ遊び” にならない秘訣を、ぜひ一緒に紐解いていきましょう。
本書の概要
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この本は、これまでのマーケティングにおける常識について、研究事例を通して事実ベースであらためて問い直してみようという挑戦的な内容です。
マーケティングでの常識とは、たとえば STP 、80 対 20 のパレートの法則 (例: 2割の優良顧客の売上が売上全体の8割を占めている) 、差別化、ニッチ戦略やポジショニング、ブランディング、顧客ロイヤルティ構築などです。いずれもマーケティングの世界では当たり前だとされてきた考え方や方法でしょう。
これらの常識を良い意味でくつがえしてくれ、マーケティングへの学び直し (アンラーニング) ができる1冊です。
前提をおさえることの重要性
マーケティングに限らないことですが、ビジネスではものごとへの 「絶対」 や 「唯一の正解」 は存在しません。大事なのは前提を考えることです。
本書からの学びの1つは、前提をおさえることの重要性です。具体的には、
- 参入している / しようとしているのは成長市場か成熟市場か
- 扱っている商品は日用品か耐久材か
- マーケティングをしようとしている相手は既存顧客なのか未顧客か
- 既存顧客の中でもヘビーユーザーかライトユーザーか
こうした前提によって、そのアプローチが機能することもあれば、ときには逆効果にもなります。
商品の成長は新規顧客の獲得から
売上は 「客数 × 購入頻度 × 単価」 と分解できます。
この本の中心となっている考え方は、「商品やサービスがビジネスとして成長するのは、ロイヤルティ向上よりも新規顧客の獲得から」 、すなわち、まずは 「客数」 というものです。
順番として、新規顧客の獲得があって、購入頻度の増加や単価の向上です。
特に新商品や小さいブランドの場合は、新規のお客さんを獲得し、ライトユーザーの利用や購入頻度を高めることが有効です。
ヘビーユーザーとライトユーザー
ヘビーユーザーについての解像度を上げておくことが大事です。
同じヘビーユーザーでも、「カテゴリーのヘビーユーザー」 と 「ブランドのヘビーユーザー」 では意味合いが全く違います。
カテゴリーヘビーユーザーはそのカテゴリーの中にあるさまざまなブランドを使う人です。自社ブランド以外に競合ブランドも使い分けていることが普通です。
それに対してカテゴリーの 「ライトユーザー」 は、1つのブランドのみを使っています。よって、カテゴリーライトユーザーはブランドロイヤルティーユーザーに見えることもあります。しかしこうしたランドロイヤルティーユーザーの実態は、カテゴリー自体への情報や知識も限定的なカテゴリーライトユーザーなので、自分が買ったり使っているブランドへの関心も高くない可能性があります。
このようにヘビーユーザーやライトユーザーについて、カテゴリーのことを言っているのか、それともブランドへのヘビーかライトなのかの切り分けが重要です。
ちなみに、ブランド内にブランドヘビーユーザーの構成比が多いのは、小さなブランドや新しいブランドの特徴です。
ここからブランドが成長するためには新規ユーザーを増やし、ライトユーザーの頻度を高めるための一段階で違った取り組みが必要になります。
平均への回帰
ヘビーユーザーでおさえておきたいのは 「平均への回帰」 です。
今はヘビーユーザーでも未来もヘビーユーザーとは限らず、平均への回帰、すなわち今このタイミングでは一時的なヘビーユーザーにすぎず、将来的には利用や購入頻度が減ったり離脱する可能性があり、長い期間で見れば平均的な利用頻度や購入金額に落ち着くという捉え方です。
レパートリー市場とサブスクリプション市場の違い
市場を見るときの視点として、「レパートリー市場」 なのか 「サブスクリプション市場」 なのかの切り口も持っておくといいです。
- レパートリー市場: 消費者の買い方として色々なブランドを買いまわる傾向にある市場 (例: 歯ブラシ, お茶)
- サブスクリプション市場: ある1つを買ったり使い始めればそのまま同じものを使い続ける傾向にある市場 (例: 携帯電話の通信キャリア, 電力サービス)
レパートリー市場とサブスクリプション市場では見るべき指標が異なります。
- レパートリー市場の 「指標」 : 移り変わりが当たり前なので購入頻度、SCR (Share of category requirements: カテゴリー内の自社商品シェア) 、100% ロイヤル顧客の比率を見る
- サブスクリプション市場の 「指標」 : 離反が起こりにくいのでリテンション率 (継続率) 、離反率、顧客継続期間を見る
ROI への正しい認識
ROI (Return of Investment 投資対効果) は、投資に対するリターンを出す割り算です。従って ROI は 「効率」 の指標であり、「効果」 の指標ではありません。
効果のためには 「利益 - コスト」 の引き算から "実数" で見ることが必要です。
ROI というパーセントの効率の数値が高くても、規模が小さければ実数での効果が高くはなりません。また、今は ROI が高くても、そのまま投資を増やせばいずれは効率が悪くなることもあるでしょう。単純に ROI が今は高いからと言って投資をするという判断は早計なのです。
現時点で ROI の高い施策を減らし、ROI が低い施策 (伸びるポテンシャルのある施策) に投資をするほうが得られる効果は高くなることもあります。
お客さんから選ばれるために
マーケティングの本質は、お客さんから選ばれる状況や理由をつくることです。
確率論でマーケティングを捉える
お客さんが自社商品を選んでくれるのは確率的に起こります。
100% 選ばれるというのは稀で、いくつかの選択肢の中からです。消費者はその時その時で、頭の中の想起集合 (選ぶ候補の選択肢の束) の中から選ぶものを決めているわけです。
ただし完全なランダムではなく、施策によって選ばれる確率を高めることは可能です。よって、思い出してもらいやすい、手にとって買いやすい状況をいかにつくっておけるかが大事になります。
メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティ
選ばれる確率を上げるための2つのポイントが、思い出してもらいやすいという 「メンタルアベイラビリティ」 、手にとって買いやすい状況になっている 「フィジカルアベイラビリティ」 です。
2つについて補足をすると、メンタルアベイラビリティとは商品やブランドがどれだけ想起されやすいか、あることから連想する先としてブランドにつながるかです。
フィジカルアベイラビリティとは、欲しいときに買える状態になっていることで、近くのお店で扱っている、店内で探しやすい、商品棚の目立つところに置かれていることです。EC サイトなら検索で出てくる、商品の画像やタイトルがわかりやすい (自分の探しているものだとすぐに認識できる) などです。
狙う想起文脈や購入文脈において、お客さんに商品のことを思い出してもらえ (メンタルアベイラビリティ) 、手に取れる状況 (フィジカルアベイラビリティ) があってお客さんにはじめて買ってもらえます。
態度と行動の関係
態度 (心理) と行動には相互作用の関係があります。
マーケティングで一般的に考えられているのは 「態度変容モデル」 です。態度変容が起こって行動変容につながるという順番です (態度変容 → 行動変容) 。
しかし、実は現実ではそう単純ではありません。
逆のメカニズムもあり、行動した後に態度が変わるという流れです (行動 → 態度) 。人の態度は購買や利用の経験による結果であり、行動し態度が変わるという考え方です。この前提に立つと、マーケティングの KPI によく用いられる態度変容は、将来の変化を示す先行指標になるとは限らないのです。
態度と行動の関係は、カテゴリーによって違います。耐久財では消費財に比べて態度が変わって行動につながりやすい傾向があります。これが意味するのは、態度変容へのマーケティングは耐久財のほうが効きやすいだろうということです。
文脈をとらえて、ブランドから合わせにいくというアプローチ
マーケティングでとりたいアプローチは、相手 (お客さん) に合わせにいくことです。
ここには1つ前提があり、人を変えることは困難というものです。
この前提に立った上でお客さんの習慣や行動、ライフスタイルなどの 「顧客文脈」 を理解し、ブランドから顧客に寄り添っていきます。ブランドからお客さんのほうに同質化していくイメージです。
顧客文脈に合わせた価値訴求
顧客文脈にフィットするように働きかけをし、お客さんから関心を持ってもらったり、なんとかしたいという課題感を醸成します。こうした下地をつくってから、その後に商品や価値訴求を行うという順序です。
顧客文脈がまずはあり、その文脈にフィットする切り口での商品の便益や価値のことを魅力に思い、期待価値に対して支払えると思える価格でお客さんは購入するわけです (顧客 × 顧客文脈 × 商品価値 × 価格) 。
文脈において独自の便益を訴求するなど、相手の文脈に合わせてブランドのほうが寄り添っていきます。いかに文脈とブランドへの期待価値を結びつけられるかが大事です。
ブランドから顧客に合わせにいくというアプローチで明確にするべきポイントは、理解したカテゴリーや商品を利用する顧客文脈において、ブランドがどんな価値をお客さんにもたらすことができるかです。
ロゴやパッケージデザイン変更
人は想起や習慣によって商品やサービスを買うものです。
安易に商品やブランドのロゴを変更すると、お客さんの想起を阻害し、習慣をくずしてしまい、お客さんから見つけてもらえず買ってもらえなくなるという弊害が起こります。ブランドとしての思いをロゴに込めたくなる気持ちはわかりますが、「顧客不在のロゴ変更」 は痛いしっぺ返しを受けるわけです。
ロゴなどの独自ブランド資産で重要なのは、どれだけ知られているか (知名度) と、そのブランド資産からブランドをいかに排他的に想起されるか (独自性) です。
広告
広告の位置付けは大きく2つの捉え方があります。
1つは、見た人それぞれに自分なりの買う理由をつくってもらうものとする考え方で、Weak theory と呼ばれます。もう1つは Strong theory で、広告の中に売り手が 「買うべき理由」 を強調しお客さんへの説得を図ります。
Weak theory では、企業がつくった買うべき理由によってお客さんを説得するのではなく、相手の顧客文脈に沿って想起や連想がされ、あらかじめ残しておいた余白から買いたいと思う理由をお客さんのほうで生み出してもらいます。
カテゴリーエントリーポイントでの想起
ブランドの成長のためには、1つのポジショニング (特定のブランド想起) にこだわるよりも、複数のポジショニングを浅くでもとっていく方が良いでしょう。
カテゴリー文脈から入り (カテゴリーエントリーポイント) 、その後に商品文脈となります。自社商品がいかに多くのカテゴリーエントリーポイントを持っているか、そのカテゴリーエントリーポイントでブランドが優先的に想起されやすいかが大事です。
想起の向き (順番) には2つあります。
- シーンからブランド
- ブランドからシーン
未顧客には文脈やシーンからブランド想起を狙います (シーン → ブランド) 。カテゴリーエントリーポイントでのブランドを想起してもらうという流れです。
既存顧客にはブランドからシーンを想起してもらうこと大事です (ブランド → シーン) 。マージンという客単価を増やすことを目指します。ただし、既存顧客にも定期的にカテゴリーエントリーポイントを増やす働きかけは必要です。
新規と既存のお客さんのいずれにおいても、カテゴリーエントリーポイント (利用用途やシーン) での顧客文脈のゴール価値に合わせて、ブランドの顧客価値を再解釈します。
まとめ
今回は、書籍 「戦略ごっこ - マーケティング以前の問題 (芹澤連) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 前提の理解が鍵: ビジネスの成功のためには前提の把握が重要。成長市場か成熟市場か、商品やカテゴリーの種類、対象顧客は誰なのか (既存顧客なのか未顧客か, ヘビーユーザーがライトユーザーか) を理解し、戦略の方向性を決定する
- 新規顧客獲得が成長のカギ: ビジネスを成長させるためには、ロイヤルティ向上だけではなく、新規顧客の獲得が大事
- 顧客文脈への価値提案: ブランドはお客さんの日常やニーズなどの顧客文脈に寄り添い、お客さんの文脈に沿って商品や提供価値を再解釈する。見出した価値を顧客文脈に合うように訴求する
- 多角的なブランド想起: 複数のカテゴリーエントリーポイントからブランドを想起してもらえる状況をつくる。お客さんが何かをしたい、欲しいと思ったときに、自社商品・サービスがお客さんの頭の中で選択肢 (想起集合) の中に入り、ここで選ばれるような連想を強化する
この本からは、マーケティングの学び直しという 「アンラーニング」 ができます。よかったらぜひ読んでみてください! Amazon はこちらです。
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