その商品やサービスは、なぜお客さんに選ばれるのか、あるいはなぜ選ばれないのかーー。その答えはお客さんの人間心理に隠されています。
ビジネスで重要なのはお客さんの理解ですが、その対象はお客さんの直接的な言動だけではなく、その奥にある 「心」 までを深く理解することが大事です。
今回は、「ニュー懐メロ」 をコンセプトにしたユニークなミュージック商品の事例から、顧客理解からの価値創出の秘訣を紐解きます。
ニュー懐メロ
出典: 日経クロストレンド
ソニー・ミュージックレーベルズの洋楽部門 「ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル」 が、「#ニュー懐メロ」 を立ち上げました。
約10年前の洋楽ヒット曲を集めて、若者世代 (Z 世代) に向けて展開します。
データからの発見 (10年前のヒット曲が今も聴かれている)
このプロジェクトの背景から見てみましょう。
プロジェクトはある発見がきっかけになってはじまりました。人気絶頂の中、2015年の年末に活動を休止した英国出身の人気グループ 「One Direction」 (ワン・ダイレクション) の10年前のヒット曲が、今も年々聴かれ続けていたことです (参考記事) 。
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナルのチームは、なぜワン・ダイレクションの曲が年を追うごとに聴かれ続けているのかを調べ始めました。X へのワン・ダイレクション関連の投稿などをデータ分析したところ、どうやら Z 世代のリスナーが聴いているらしいことがわかってきました。
しかし、初期の調査段階で判明したのはここまででした。
Z 世代が主にワン・ダイレクションの曲を購入しているということはデータから把握できても、Z 世代のリスナーがワン・ダイレクションの曲を聴いているというリアルな実感や、なぜ好んで聴いているのかの背景や求めることはわかりませんでした。
調査からZ世代リスナーの特徴が判明
そこで追加で調査を実施しました。
調査からわかったポイントは、次の5つです。
- 払う金額感: 音楽は趣味としては重視されているが、大きな金額を払う対象ではない
- ライト層の割合: リスナーの中でライト層が圧倒的に多く、ワン・ダイレクションのメンバーや経歴を知らない人が半数以上
- メロディーの魅力: リスナーはメンバーや歌詞よりもメロディーに魅力を感じている
- 接触経験: ワン・ダイレクションの曲を聴いているリスナーは、中学・高校時代に彼らの音楽に触れた経験があった
- 懐かしさ: ワン・ダイレクションの楽曲に対して 「懐かしい」 という感覚を持っている
ニュー懐メロの施策
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナルは、Z 世代を理解して、この世代が魅力に感じるであろう施策を展開しました。
プロジェクトを 「#ニュー懐メロ」 とし、約10年前の洋楽ヒット曲を集めて Z 世代にアピールするというものです。青春やプレイバックをキーワードに、Z 世代向けにマーケティングを展開する方針が固まりました。
楽曲プレイリスト配信
Z 世代への調査で明らかになった 「懐かしさ」 の感情を呼び起こすような、Z 世代がワン・ダイレクションと同時代の平成後期に聴いていたであろう楽曲をそろえました。
具体的には、アヴリル・ラヴィーンの 「Girlfriend (ガールフレンド) 」 、Little Mix の 「Black Magic (ブラック・マジック) 」 などを加え、Z 世代へのリサーチで YouTube を除いて最も利用されている配信プラットフォームだった Spotify と特設 Web サイトの2つを用意しました。その上に、計25曲のプレイリストをそれぞれ用意し、2024年2月9日から 「#ニュー懐メロ」 として楽曲の提供を開始したのです。
音楽キーホルダー 「The Music」
出典: PR TIMES
また、SHIDOMODO (シドモド) が開発・販売する IC チップ内蔵キーホルダー 「The Music」 を採用した施策も展開しています。
The Music の IC チップの中にデータを仕込んでおき、リスナーが NFC (近距離無線通信) に対応した自身のスマホを The Music にタッチさせると、指定の楽曲サイトに飛んで、そこからストリーミング配信で曲を聴けるようにしました。
巨大広告ボード
出典: PR TIMES
他にも、2024年2月19日から25日までは、東京の田園都市線渋谷駅構内の壁面を使って設置された道玄坂ハッピーボードを利用し、縦 2m × 横 22m の巨大広告ボードを掲示しました。
ボード上に示された楽曲の再生ボタンに自身のスマホをタッチすると、The Music 同様、その楽曲サイトに飛んで音楽が再生されるようになっていました。
学べること
では 「ニュー懐メロ」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。
この事例から学べるのは、想定するターゲットユーザーやお客さんの 「行動の奥にある "心理" 」 までを深く理解し、顧客理解をもとにサービスをつくり展開していく重要性です。
わからなかった Z 世代の心理
今回の話は、英国出身の人気グループ 「One Direction」 の10年前のヒット曲が、2015年から2022年にかけてストリーミング配信数が年々増加し続けていた事実から始まります。
特に Z 世代によく聞かれていることがデータから明らかになりましたが、ではなぜ聞いているのか、具体的に何が魅力なのかがわかりませんでした。
心理を理解する意味
ワン・ダイレクションのストリーミング配信数について、表面的な起こっている事象までしか把握できず、奥にある思考や感情、ワン・ダイレクションへの捉え方、何に価値を見出しているかの価値観などの心理面までの深い理解はできなかったわけです。
こうしたターゲット顧客の習慣や言動だけではなく、心理までを理解していないと、相手にとって魅力的な商品やサービスの提示、価値訴求ができません。
ターゲット顧客の心理まで理解できていない状況は、マーケティング施策をつくり展開していくボトルネックとなってしまいます。
ターゲット顧客の深い理解
そこでソニー・ミュージックジャパンインターナショナルは、アンケートからの定量調査とインタビューからの定性調査を組み合わせて、Z 世代の音楽とのかかわり方、音楽に求めていること、その時の心理や価値観を1つひとつ掘り下げて紐解いていきました。
あらためて Z 世代のリスナーについてわかったことは、
- 音楽は趣味としては重視されるが、大きな投資をする対象ではない
- リスナーの中でライト層が多く、ワン・ダイレクションのメンバーや経歴を知らない人が半数以上
- リスナーはメンバーや歌詞よりもメロディーに魅力を感じている
- ワン・ダイレクションの曲を聴いているリスナーは、中学・高校時代に彼らの音楽に触れた経験がある
- 聞いている曲に 「懐かしさ」 の感情がある
顧客理解からの価値定義
こうしたターゲット顧客への理解を深め、その顧客理解にもとづき提供サービスのコンセプトをつくりました。
コンセプトは 「ニュー懐メロ」 です。懐メロという古く懐かしいものに "ニュー" という新しい要素を織り交ぜ、新旧の相反することをコンセプトの中でたくみに両立させたわけです。
コンセプトが決まれば、具体的なユーザー体験、体験から得られる顧客価値、価格設定などの詳細な商品設計への落とし込めます。
自ら顧客理解をしにいく
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナルの事例からの学びを汎用化すると、自ら得た顧客理解にもとづいてのサービス設計の重要性です。
顧客理解をすでにある情報や公開されている二次情報だけにとどめず、能動的にお客さんの情報を取りに行くことが大事になります。インタビューで直接訊いたり、観察調査から観る、ジョブシャドウイングから自分たちもお客さんと同じことを実際に体験してみるなどです。
こうした自ら得たお客さんの情報から、手探り感のリアルな顧客像を理解し、その上でサービスのコンセプト、もたらしたい顧客価値を定義していくのです。
このアプローチは、どのビジネスにおいても適用可能な普遍的な方法です。顧客中心のサービス開発には不可欠な要素と言えるでしょう。
まとめ
今回は 「ニュー懐メロ」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- ターゲット顧客の習慣や言動だけではなく、心理までを理解していないと、相手にとって魅力的な商品やサービスの提示、価値訴求ができない
- 想定するターゲットユーザーやお客さんの 「行動の奥にある "心理" 」 までを深く理解し、顧客理解をもとにサービスをつくり展開していくことが大事
- 顧客理解をすでにある情報や公開されている二次情報だけではなく、能動的にお客さんの情報を取りに行くといい。インタビューで直接訊いたり、観察調査、ジョブシャドウイングから自分たちもお客さんと同じことを実際に体験してみるなど
- こうした自ら得たお客さんの情報から手探り感のリアルな顧客像を理解し、その上でサービスのコンセプト、もたらしたい顧客価値を定義していく
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