#マーケティング #商品開発 #顧客理解

ビジネスで成果を上げるには、まずお客さんを深く理解することから始まります。

けれども、机上のデータや単なる推測だけでは、本質にたどり着くのは難しいものです。

では、どうすればお客さんの 「隠れた本音」 や 「真実」 に迫れるのでしょうか? そのヒントは、現場で聞こえる一見ささいな言葉に潜んでいるかもしれません。

スズキ 「ジムニー」 

出典: 東洋経済オンライン

1970 年に世界初の軽自動車規格の四輪駆動オフロード車として誕生したスズキの 「ジムニー」 。

ジムニーの歴史は、日本の高度経済成長期における実用車としてのニーズから始まりました。

初代ジムニーは、ラダーフレームと前後リーフリジッドのサスペンションを装備した、無駄を削ぎ落とした機能性の極致のような車でした。

土木や建設の測量、林業のパトロール、山間地の商品運搬など、プロフェッショナルの現場で高い評価を獲得。小型かつ軽量というジムニーは、日本の狭い山道や林道での使用を前提に生まれた設計思想でした。

1981 年に登場した 2 代目のジムニーは、11 年ぶりのフルモデルチェンジでした。スタイリッシュなエクステリアデザインに一新し、初代の実用性を継承しながら、より洗練された外観を手に入れました。

1998 年の 3 代目では、軽自動車規格の改定とともに、乗用車としての快適性が追求されました。空力などを考慮した丸みを帯びたボディーラインは、タウンユースも意識した進化です。2004 年の一部改良では、当時先進的だったボタン式の二駆・四駆切り替えスイッチを採用するなど、モダンな装備も積極的に取り入れていました。

そして 2018 年、20年ぶりのフルモデルチェンジで登場したのが 4 代目ジムニーです。初代や 2 代目を彷彿とさせるスクエアボディーに回帰しながら、現代的な安全装備と品質を両立しました。

軽自動車規格の JB64 に加え、普通車規格で1500cc エンジンを搭載したジムニーシエラ JB74 、さらに 2025 年 4 月には 5 ドアタイプも加わり、ラインアップを拡大しています。

ジムニーの累計販売台数は国内だけで約 102 万 5000 台を超えました (参考情報) 。世界中で愛される車です。

4 代目のジムニーのデザインは 3 代目から一転し、初代や 2 代目を彷彿とさせるものになったわけですが、これは、単なる懐古主義ではありませんでした。

4 代目のデザインは、お客さんの本音に耳を傾けた深い顧客理解の末にたどり着いた、機能美の結晶だったのです。

顧客理解の重要性

商品開発において、自分たちのお客さんがどのような人たちで、何を望み、どのような生活をしているのか、どんな使い方をしているかを深く理解することが求められます。

お客さんへの理解を深める過程で、どのような問題や困りごとを抱えているかを特定していきます。

お客さんの困りごとを解決するのはあらゆる商売の基本です。困りごとを自分たちならではの方法、つまり商品やサービスで解決し価値をもたらし、提供価値への対価をもらうのがビジネスの本質です。

このように書けば当たり前に見えますが、実際は簡単ではないのは、お客さんの困りごとがはっきりとわかるケースはむしろまれだからです。自分はこう感じるから相手であるお客さんも同じように困っているだろうと考えてしまい、お客さんの困りごとをきっとこうだろうと決めつけてしまうわけです。

だからこそ、このあとに見ていくスズキのジムニーの担当者たちが行った、直接お客さんに会いに行ってしっかりと話を聞いての顧客理解が大事なのです。

ジムニーの顧客理解

4 代目ジムニーの開発は、机上の空論ではなく、徹底した現場リサーチから始まりました。

直接の顧客接点での体験

従来の開発とは異なる独特なアプローチから始まりました。

それは、森林組合やハンターといった実際に山間部や林間部でジムニーを仕事で使うプロフェッショナルたちの現場に、開発チーム自らが足を運ぶことでした。日本国内だけでなく、ドイツやイタリアの現場にも赴いたといいます。

中でも象徴的なのが、チーフデザイナー自身が、日本の森林組合員が運転する 3 代目ジムニーの助手席に同乗したときのエピソードです。

出典: 日経クロストレンド

車がギリギリ 1 台通れるような舗装されていない山道を走っていたときでした。一歩間違えればどうなるかわからない緊張感の中、4 代目ジムニーのチーフデザイナーは運転する組合員に尋ねました。

 「もしかして慣れてきたら、こうした危険な場所での走行が楽しく感じたりすることはあるんですか?」 

対する答えは、開発者の予想を覆すものでした。

 「怖いですよ」 

はっきりと言われた率直な言葉が、開発チームに強い印象を残しました。

プロフェッショナルでさえ恐怖を感じながら仕事をしている。生々しい現場体験は、机上の調査やアンケート、数字のデータでは決して浮かび上がらない現場の真実でした。

この強烈な原体験が、開発チームにジムニーの本質的な価値を再定義させるきっかけとなったのです。

具体的な利用シーンの把握

この徹底した現場観察により、開発チームは具体的な利用シーンを詳細に把握していきました。

  • 車幅ぎりぎりの道では、車両感覚が掴みにくいと接触のリスクが高まる
  • 上りのカーブではボンネットが視界を遮り、前方が見えなくなる
  • 手袋をはめた状態では、細かいスイッチの操作は確実性に欠ける
  • 悪路でタイヤがパンクした際、交換作業がしにくいと命に関わる

ジムニーの開発チームは、ジムニーを実際に運転しているユーザーの言葉の奥にあるこれらの具体的な困りごとを、現場で肌感覚を伴って理解しました。

お客さんが求めているのは、レジャーとしての楽しさや見た目のカッコよさ以前に、命を預ける道具としての絶対的な信頼性であることでした。

顧客理解からのジムニーのデザイン開発

 「山道は怖い」 というプロユーザーの言葉は、開発チームに本質的な気づきをもたらしました。

ジムニーが 「冒険を楽しむための車」 ではなく、「無事に家まで帰るための道具」 であるという再定義でした。

この認識から生まれたのが 「機能に徹した飾らない潔さ」 というデザインコンセプトです。

4 代目ジムニーのヘッドランプは、岩などの障害物にぶつかって割れることがないように、車両内側にレイアウトしてグリルでガードさせました。フロントバンパーは障害物が接触しにくいように両コーナーを切り上げました。フロントドアのベルトラインには段差を設けて、窓を開けなくてもタイヤ周りが見やすくなっています。

これらすべての設計が、「怖い」 を 「安心」 に変えるという明確な意図のもとに統一されました。

プロユーザーにとってジムニーは、レジャーの道具ではなく仕事の相棒です。格好良さより信頼性。装飾より実用性。顧客理解からの再解釈によって、「設計するようにデザインする、つまりカッコつけない」 というジムニーの開発哲学として結実したのです。

顧客の立場になることの重要性と恩恵

スズキの 4 代目ジムニーの開発プロセスは、顧客の声を直接聞き、組織全体がお客さんの立場に立って考え、行動することの重要性を示しています。

顧客中心の 「外向き姿勢」 への転換

メーカーは時として、「どんな装備を付ければ売れるか」 「どんなデザインが流行っているか」 といった、作り手側の論理となる「内向き」 の発想に陥りがちです。デザイナーが 「自分印」 や 「爪痕」 を残したいという欲求にかられることもあることでしょう。

しかし 4 代目ジムニーの開発では、顧客の切実な声に触れたことで、姿勢を 180 度転換させました。「無事に家に帰る」 というお客さんの根本的なニーズを最優先に据えました。

もしプロユーザー調査をしていなければ、4 代目ジムニーはアウトドアっぽい見た目にしタフさを演出するデザインといった、作り手目線の発想に陥っていたかもしれません。

しかし何度も走っている山道のことを 「怖い」 というお客さんの切実な気持ちを知ったことで、「どうすればジムニーの運転者や同乗者を無事に家に帰せるか」 という、お客さんの課題を起点とする 「外向き姿勢」 に転換できたのです。

この外向き姿勢が、ジムニーの強い個性と市場での圧倒的な支持を生み出しました。機能に徹した結果生まれた潔いデザインは、本来のターゲットであったプロユーザーだけでなく、本物の道具感に魅力を感じる街乗りユーザーの心までつかんだのです。

異なる部署間の認識の一致

 「山道は怖い」 というシンプルで感情に訴えるお客さんの言葉は、異なる部署のメンバー間での認識をそろえるための強力な共通言語となったことでしょう。

デザイナー、エンジニア、商品企画担当者という専門性も立場も異なるメンバーが、「お客さんの "怖い" を解消し、安全を守る」 という明確なゴールを共有し、開発に落とし込んでいったはずです。

出典: 日経クロストレンド

例えば、デザイナーが視界確保のために A ピラー (フロントガラス左右両端にある柱のこと) を立てるスケッチを描けば、エンジニアは 「設計上難しい」 と否定するのではなく、「どうすればお客さんの安全を実現できるか」 という視点で知恵を絞る。VR (仮想現実) の技術を使って視界の変化を体験・共有し、全部門が納得するというふうにです。

異なる部門が 「機能に徹した飾らない潔さ」 という共通認識のもとで結束しました。全員の意識をそろえることができたことが、一貫性のある商品開発につながったのでしょう。お客さんの 「怖い」 という一言が顧客理解を深め、部門間の対立ではなく、顧客価値を最大化するための協調を生み出しました。

4 代目ジムニーの成功は、お客さんの日常に入り込み、言葉にならない不安や恐怖まで共有し、それを機能として昇華させたことにあります。「山道は怖い」 という言葉の裏にある、正直さと誠実さ、プロフェッショナルとしてのプライド、家族の待つ家に無事帰りたいという普遍的な願い。こうした顧客への洞察が、半世紀以上続くジムニーの伝統を革新し、新たな価値を生み出しました。

顧客起点になるとは、表面的なニーズへの対応にとどめず、お客さんの生活や仕事、そして感情に深く共感し、見出した顧客理解を製品開発やマーケティングに反映させることです。

ジムニーの事例は、業種を問わずビジネスパーソンにとって、お客さんのことをただの数字やデータとして捉えるのではなく、その人のいる現場に足を運び、生の声に耳を傾け、お客さんの行動や心理を深く理解することの大切さを教えてくれます。

まとめ

今回は、スズキのジムニーの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • お客さんを深く理解することは、ビジネスの出発点。お客さんの生活や利用シーンを把握することで本質的な課題を見つけられる
  • 現場の 「生の声」 が本質を教える。顧客の声を直接聞くことにより、机上のデータではわからないお客さんの感情や真実に触れられ、解像度の高い洞察が得られる
  • 顧客の本音を知ることで、製品・サービスの価値が根本から再定義される
  • 顧客の切実な言葉や真実は、組織全体をひとつの方向に向かわせるような共通言語になる。異なる部署のメンバー間で認識を揃えられ、お客さんのほうを向いた 「外向き姿勢」 になりお互いの協力を促す