#マーケティング #ビジネスモデル

最近、駅やショッピングモールで、生のオレンジをその場で丸ごと搾ってくれる自動販売機をよく見かけませんか?

中でも急速に設置台数を増やしているのが、シンガポール発の 「IJOOZ」 (アイジュース) です。

搾りたてのオレンジジュースが一杯 350 円。添加物ゼロのフレッシュなジュースが飲めると人気ですが、その裏側には 「たかがオレンジジュースの自販機」 とは思えない、緻密に設計されたビジネス戦略が隠されています。

なぜ IJOOZ は儲かるのか?今回は、その秘密をビジネスモデルの観点から紐解きます。

生搾りオレンジジュース自動販売機 「IJOOZ」 

出典: PR TIMES

IJOOZ は、シンガポールに本社を置く IoT テクノロジー企業 IJOOZ が展開する生搾りオレンジジュース自動販売機です。

世界で 30 ヵ国以上に進出し、日本では 2023 年に本格展開を開始しました。わずか 1 年足らずで 200 台以上が設置され、その勢いは止まりません。

IJOOZ はジュース一杯あたり 4 個のオレンジを使い、約 45 秒で砂糖や水を一切加えない 100% オレンジジュースを提供します。ガラス張りのマシンの中で、オレンジが自動で運ばれ、カットされ、搾られる様子をライブで見られます。

人気の自販機では 1 日 350 ~ 400 杯も売れるようで、月間売上 400 万円に達する高稼働の自販機もあるというから驚きです (参考情報) 。

* * *

では、IJOOZ の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

ビジネスモデルを紐解くことで IJOOZ の儲けの仕組みが見えてきます。

ビジネスモデルの要素分解

ビジネスを分析する上で、ビジネスモデルを解像度高く捉えることは有効です。

今回は、以下の 5 つの要素で見ていきます。

  • 注力顧客
  • 競合
  • 顧客価値
  • 事業能力 (事業を遂行する専門性やリソース, 仕組み) 
  • 収益モデル

順番に補足をすると、まずはターゲットとなる注力顧客です。

顧客は誰かという事業の根幹となる問いです。自分たちは一体、誰のために価値を提供するのか。注力する顧客を明確に定義することが、あらゆるビジネスの出発点となります。

次に競合です。注力顧客が持つ選択肢は何かですが、それは必ずしも同じカテゴリーの製品やサービスとは限りません。お客さんが何かを解決したいと思ったその瞬間に、頭に思い浮かぶ全ての選択肢が競合となり得ます。

注力顧客と競合のあとに顧客価値が来ます。注力顧客に対して、他にはないどのような独自の価値を提供できるのか。お客さんがあなたの会社や商品を選ぶ理由そのものです。

事業能力は、その独自の価値をどうやって安定的に提供し続ける源です。実現のために必要な、自社が持つべき資源 (リソース) と、それを実行する仕組み (オペレーション) の両方が含まれます。

そして収益モデルです。提供した価値を、どのようにして事業の利益に変えるのか。事業を継続させ、成長させていくための財務的な設計図になります。

IJOOZ のビジネスモデル

それでは、このフレームワークに沿って IJOOZ のビジネスモデルを具体的に見ていきましょう。

[注力顧客] 顧客は誰か?

IJOOZ は、特定の年齢層や性別を狙うというよりも、お客さんの 「状況」 や 「心理」 に焦点を当てています。

■ メインターゲットは健康や素材の質を重視する人

IJOOZ のメインターゲットは、健康や素材の質を重視する層です。

添加物を避けたい、子どもに安全なものを飲ませたい、本物の味を求めている。そんな人たちが中心です。ショッピングモールで子どもと一緒に楽しむ親子の姿をよく見かけます。

オレンジ果汁 100% 、砂糖も保存料も香料も一切なし。安心感は、健康志向の強い人にとって魅力です。

■ サブターゲットは特定の状況下で 「ちょっと良いもの」 を求める人

サブターゲットは、特定の状況下で 「ちょっと良いもの」 を求める人。駅やオフィスビルで、移動の合間や仕事の休憩中に立ち寄る人たちです。

普通の自販機のジュースよりは少し贅沢だけど、カフェに入るほど時間はかけたくない。そんなニーズを抱えている 20 ~ 50 代のビジネスパーソンや買い物客です。

興味深いのは IJOOZ の設置場所の選び方です。例えば、東京の大井町、六本木、上野、池袋といった主要駅や、イトーヨーカドーなどの商業施設です。

健康志向はあるけれど忙しい、でも新しい体験には興味がある。そんな人たちが集まる場所を IJOOZ は押さえています。

[競合] お客さんは何を天秤にかける?

直接的な競合は、同じ生搾りジュース自販機の Feed ME Orange (約 500 円) や、駅ナカのジューススタンド (700 ~ 1,000 円) 、スターバックスなどカフェのフレッシュジュース (500 ~ 700 円) です。

これらは IJOOZ のオレンジジュースと品質が近いですが、価格帯は IJOOZ よりも高い傾向にあります。

でも実は、IJOOZ にとって本当の競合は間接的な選択肢かもしれません。広義に捉えると、消費者が 「喉が渇いたな、何か飲みたいな」 と思った瞬間に、頭に浮かぶ選択肢はすべて競合になります。

コンビニのプレミアム価格のジュースやスムージー (200 ~ 400 円) やスムージー専門店 (600 ~ 800 円) 、自動販売機の野菜ジュース (150 ~ 200 円) 。さらには、スーパーの紙パックジュースなどです。

IJOOZ は、消費者にとって無数の選択肢がある中で、「コンビニのジュースよりは高いけど、カフェのフレッシュジュースよりは安いし早い」 というポジションにいます。

[顧客価値] なぜお客さんは選ぶのか?

数ある競合の中から、お客さんが IJOOZ を選ぶ理由、IJOOZ が提供する顧客価値は、大きく 3 つあります。

IJOOZ の大きな魅力は、何と言っても目の前で搾られ新鮮でおいしいオレンジジュースという点です。作り置きではない搾りたてフレッシュさ、添加物ゼロという安心感もあります。工場で作られたパッケージ飲料では決して提供できない価値です。

2 つ目の IJOOZ の魅力はエンタメ性です。

オレンジ 4 つが転がり、カットされ、搾られていく 45 秒間は、待ち時間ではなく楽しい体験の時間。特に子どもにとってはアトラクションのようなもので、「また買いたい」 という気持ちにつながります。「今、自分のために搾られている」 という特別感が得られます。

ここに手頃な価格と利便性という IJOOZ の 3 つ目の魅力がかけ合わさります。

IJOOZ は本格的な生搾りオレンジジュースを一杯 350 円という 「ちょっとした贅沢」 として手の届く価格と、自動販売機でその場で気軽に買いやすいという利便性を両立させています。

[事業能力] 顧客価値をどう実現しているか?

優れた顧客価値をもたらし続けるには、価値実現を支える事業能力が必要です。

IJOOZ の強さの秘密は、この部分にあります。

■ IoT と AI による効率的なオペレーション能力

IJOOZ の特徴は、IoT と AI を駆使した超がつくほどの効率的なオペレーション能力です。

すべての自販機に SIM カードが搭載され、常にインターネットに接続され、本部がリアルタイムで全マシンの稼働状況を把握しています。

AI が各マシンの販売動向を分析し、いつ、どのマシンでオレンジやカップが切れそうかを正確に予測。自販機の補充スタッフには、最も効率的な巡回ルートと、各マシンに補充すべき正確なオレンジの個数が指示されます。

その結果、わずか 10 名のスタッフで IJOOZ の自販機 500 台以上の運営可能になります。

効率的なオペレーション能力により、移動時間、ガソリン代、人件費といった運営コストを削減。さらに予知保全システムが故障の兆候を事前に察知し、自販機のトラブルを未然に防ぐことで、修理コストと停止時間を最小化しています。

■ スケールメリットを活かした調達能力

IJOOZ の事業能力のもうひとつの柱は、世界規模のスケールメリットを活かしたオレンジの調達能力です。

IJOOZ は世界 30 カ国以上で事業を展開する、この分野における世界最大のプレイヤーです。アメリカやオーストラリアの大規模農家と直接契約を結んでいます。

商社などの中間業者を介さないことにより中間マージンをカットし、高品質なオレンジを安価で安定的に仕入れる能力を保有します。

また、IJOOZ はオレンジの調達先を世界中に分散させ、特定地域の天候不順や病害のリスクを回避しています。

世界的な不作でオレンジ価格が高騰しても、IJOOZ はスケールメリットを活かした調達能力によって影響を最小限に抑えているんです。

[収益モデル] いかに儲けるか?

ここまで見てきたビジネスモデルの 4 つ要素によって、IJOOZ がどのように利益につなげているかの 「収益モデル」 を見ていきましょう。

IJOOZ の収益源は、一杯 350 円のジュースの売上というシンプルなものです。

ただし、IJOOZ の収益モデルの真髄は売上を増やすこと以上に、コストをいかに下げるかという点にあります。

利益の計算式は 「利益 = 売上 - コスト」 で、IJOOZ はコストの部分を、先ほど見てきた事業能力やリソースによって徹底的に圧縮しています。

変動費の圧縮では、オレンジやカップ代といった変動費は、グローバルな調達能力によって市場価格よりも安く抑えます。

運営費の圧縮については、人件費や物流費といった運営費は、自販機の IoT と AI によるオペレーション能力によって徹底的に削減されています。

こうしたコスト削減により、IJOOZ は通常の店舗型のジューススタンドに比べ、高い利益率を実現しているはずです。

IJOOZ のビジネスモデルは成長サイクルを生み出します。設置台数が増えれば増えるほど仕入れコストが下がり、利益率が向上する。その利益を再投資してさらに設置台数を増やすという、拡大すればするほど競争力が高まる 「勝ち続ける仕組み」 が構築できるわけです。

IJOOZ が自らを 「飲料会社」 ではなく 「IoT テクノロジー企業」 と定義しているのも納得です。

将来的には、オレンジジュース以外の領域でもビジネスモデルを横展開する可能性を秘めています。蓄積された購買データの活用、ヘビーユーザー向けのサブスクリプション、他の生鮮食品自販機への技術提供など、収益拡大の道筋はいくつも見えています。

たかがオレンジジュースの自販機。でも IJOOZ のビジネスの本質は、他にはない顧客価値、テクノロジーとグローバルな調達網、そして徹底的な効率化によって構築された強靭なビジネスモデルにあります。

まとめ

今回は、生搾りオレンジジュース自動販売機 「IJOOZ」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントとして、ビジネスモデルを分解した 5 つの要素のまとめです。

  • 注力顧客: 顧客は誰か?注力顧客の設定がビジネスの出発点となる
  • 競合: 注力顧客が想定する選択肢 (自社以外の候補) 。必ずしも同じカテゴリーとは限らない。その状況での心理的モードにおいて解決策となりえる候補が競合
  • 顧客価値: ターゲット顧客にどのような独自の価値を提供するか。競合よりも相対的に優位な強み
  • 事業能力: 顧客価値をどのようにして提供するか?必要な内部資源 (リソース) とプロセス (オペレーション) を包含する
  • 収益モデル: 生み出した顧客価値をどのように利益として獲得するか?収益モデルは持続可能性を確保する財務的な論理