#マーケティング #顧客理解 #価値提案
多くの人が 「仕方ない」 とあきらめている日常の不満の中には、ビジネスチャンスが眠っています。
言葉にできない心理的な負担や罪悪感をどう解きほぐすか――。この視点が、商品開発やマーケティングに示唆を与えてくれます。
今回は、食事の宅配サービス 「つくりおき.jp」 の事例から、消費者心理にグサッと刺さる商品開発とマーケティングを学びます。
食事の宅配サービス 「つくりおき.jp」
出典: つくりおき.jp
サービス概要
「つくりおき.jp」 は、管理栄養士が監修した手作りのおかずを、毎週 1 回、家庭に冷蔵で届けてくれる食事宅配サービスです。
注文は友だち登録をした LINE から行います。料金プランは週 3 食プラン (9,990 円) と週 5 食プラン (15,960 円) の 2 種類です。どちらも税・送料込みで、1 食あたり 798 円から 832 円という価格になります。
運営するのは株式会社 Antway です。2020 年 2 月にサービスを開始し、わずか 5 年で累計提供食数は 2,000 万食を突破。現在では沖縄県を除く 46 都道府県に配送エリアを拡大しています。
人気の理由
つくりおき.jp が消費者の支持を広げている理由の 1 つ目は、時短につながる冷蔵配送です。
多くの宅食サービスが冷凍であるのに対し、つくりおき.jp は冷蔵にこだわります。
冷蔵なら、野菜のシャキシャキ感や肉・魚の柔らかさなど、素材本来の食感を維持した料理を食べることができます。冷凍食品特有の水っぽさや食感の劣化がないため、レンジで温めるだけで出来立てのような美味しさが楽しめます。
冷蔵なので解凍の手間がかかりません。おひたしなどの冷菜は受け取ってすぐに食べられ、温める必要のある主菜も 3 ~ 4 分程度で準備完了します。夕食が 5 分くらいで用意でき、作りたてのような料理が食卓に並びます。
2 つ目の人気の要因は、料理メニューを考える負担から解放する 「おまかせ献立」 です。
利用者がメニューを選ぶのではなく、栄養バランスが考慮された献立が届きます。冷蔵庫から食べたいメニューを選ぶので、「今日の夕食は何をつくろう?」 という、日々の精神的負担から解放されます。
そして 3 つ目が料理の品質です。
つくりおき.jp は工場での大量生産ではなく、手作業で調理したメニューを用意しています。化学調味料や保存料の使用を極力控え、出汁やスパイスを活かした味付けが中心です。
管理栄養士が監修し、プロの料理人が手作りした惣菜は、実家の母親や料理上手な友人が作ってくれたおすそ分けのような温かみを演出します。
サービス開発の背景
つくりおき.jp の原点は、Antway 代表の前島恵 (まえじま けい) 氏の幼少期の体験にありました。
前島さんは、小学生時代に経験した不登校と、転校による環境の変化を通して 「人は変わらなくても、置かれた環境によって人生が大きく変わる」 という気づきを得たと言います (参考情報) 。
父親がうつ病で働けなくなった際、母親が家計・家事・育児のすべてをひとりで背負う姿を目の当たりにしたのです。この経験から、特に女性や母親に偏りがちな家庭内の負担がいかに大きいかを痛感したとのことです。
こうした原体験が、「あらゆる家庭から義務をなくす」 というミッションへと昇華します。
消費者調査を重ねる中で、家事の中でも特に 「料理」 が時間的にも精神的にも最大の負担となっていることを突き止め、問題を解決すべく 「つくりおき.jp」 を立ち上げました。
家庭での食事づくりの実態
つくりおき.jp が着目した問題点は、各種調査データによって、多くの家庭に共通することがわかります。
データが語る家庭での 「見えない重労働」
共働き世帯は今や当たり前になりましたが、家事の負担は依然として女性に偏っているのが現状です。
Antway の調査では、妻の家事分担比率は 81% にのぼり、夫の 19% を大きく上回ります。
特に料理の準備に費やす時間は、1年で 32 日と 13 時間 15 分、生涯に換算すると 5 年と 9 ヶ月以上という膨大な時間になります。
時間の多さだけではなく、精神的な負担も生じています。クラシルの調査によれば、家事の中で最も負担を感じる項目として料理が挙がりました。
別のリンナイの調査からは、最も負担に感じる家事の 1 位は、献立を考えることでした。調理や片付けといった目に見える作業以上に、女性の 57% が 「献立を考えること」 が最も負担だと感じていたのです。
食事づくりの消費者インサイト
調査結果が示す実態の裏には、消費者の口に出されない本音、すなわち 「消費者インサイト」 が隠されています。
調査結果から読み取れるのは、食事づくりが作業時間が多いだけにとどまらず、見えにくい思考・計画・精神的な負荷を伴う重労働であるという実態です。
多くの家庭では、いまだに 「母親の愛情 = 手料理」 という無意識の価値観が根強く残っています。これが一種の "呪縛" となり、多くの母親たちを縛り付けているのではないでしょうか。
食事づくりの負担は、時間の問題ではありません。献立を考えることの精神的な負担、キッチンで料理をする肉体的な負荷、そして 「ちゃんとできなかった」 という罪悪感を抱く人もいるでしょう。
多くの消費者は、これらの負担を 「母親なら当たり前」 「仕方がないこと」 とあきらめ、言葉にして訴えることはしません。無意識に受け入れてしまっているという根深い問題が浮かび上がってきます。
つくりおき.jp は、当たり前とされてきた見えない負担こそが、解決すべき本質的な問題だと捉えました。
ここから得た事業への洞察は、「忙しい母親は、ただ調理時間を短縮したいだけではなく、献立を考える負担や、手作りではない料理を用意する罪悪感からも解放されて、「母親としての役割を果たしている」 という安心感を得ながら、心にゆとりを持ってほしい、というものです。
マーケティングへの学び
今回の事例は、マーケティングへの汎用的な学びが得られます。
消費者インサイトに刺さる価値提案
つくりおき.jp の価値提案は、消費者インサイトに的確に応えるように設計されています。
それは課題設定の転換から始まりました。「調理の時短」 ではなく 「献立を考える認知負荷と罪悪感の解消」 を本当の課題として設定しました。これは表面的な問題解決ではなく、本質的な精神的負担に着目したアプローチです。
つくりおき.jp が売っているのは惣菜ですが、そこにとどまらず 「献立の悩みから解放された、心と時間のゆとり」 を提供しています。
惣菜をお店で買ってきたり、宅配サービスを利用する際の心理的ハードルとなる 「罪悪感」 を取り除く仕掛けも入れています。
管理栄養士監修というお墨付きは、「手抜き」 を 「プロに栄養管理を任せる」 というポジティブな行為に変えます。「自分が作る料理より栄養バランスが良いかもしれない」 という、利用を正当化する理由にもなるでしょう。
つくりおき.jp の冷蔵での手作り感のある惣菜は、冷凍弁当が持つ工業製品っぽさはなく、「実家の母親や料理上手な友人が作ってくれたおすそ分け」 のような温かみをもたらします。
これらが、「母親としての責任を果たしている」 という安心感を与え、心にゆとりを持てる仕組みとして機能します。
学びの汎用化
つくりおき.jp の事例は、業界を問わずビジネスにおける商品開発とマーケティングのあり方について、普遍的な学びを与えてくれます。
人気の商品やサービスは機能が優れているだけではありません。消費者やお客さん自身も明確には言語化できていない深層心理である顧客インサイトを捉え、インサイトという心の琴線にグサッと刺さる存在です。
人は 「もっと時短にできるといい」 と言葉にするかもしれませんが、その言葉の裏には 「献立を考えたくない」 「罪悪感を持ちたくない」 という本音が隠されているかもしれません。
大事なのは、消費者や顧客の言葉の背後にある感情や文脈を深く理解し、また、人があきらめ、仕方なく当たり前として受け入れている不満や不都合を発見することです。多くの人が半ばあきらめていることの中に、ビジネスチャンスは眠っています。
つくりおき.jp は、注力顧客を誰よりもしっかりと理解し、本人さえも気づいていないインサイトや課題感に寄り添い、価値をつくることこそがビジネスにおいて重要であることを示しています。
まとめ
今回は、食事の宅配サービス 「つくりおき.jp」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 多くの人が 「仕方ない」 と受け入れている日常の不満や負担を発見し、あきらめている不に光を当てることが新しい価値創出につながる
- 表面的なニーズだけではなく、その奥にある心理的負担や罪悪感、言葉にできない本当の望みといった消費者インサイトを発掘し、インサイトに刺さる価値をつくることが重要
- 例えば 「手抜き」 や 「代替」 などのネガティブな心理要素をポジティブに言い換え、買ったり使うことを正当化できる理由を提供するといい
- お客さん自身も気づいていない無意識の不満や感情を言語化し、顧客文脈に沿って提示することで共感と支持を得られる
