#マーケティング #商品開発 #志と顧客目線
今回は、自動車メーカーのスズキの事例です。
一見すると突飛な挑戦に思える取り組みの裏には、必然のヒットを生み出すための戦略が隠されていました。
そこには、日々の業務で見過ごしているかもしれない、価値創造のヒントがありました。
自動車メーカーのスズキが商品化したインドレトルトカレー
出典: スズキ
2025 年 6 月、スズキが予想だにしなかった商品を発売しました。社員食堂で提供していたインドカレーをレトルト化した 「スズキ食堂」 です。
ベジタリアンでも食べられる野菜と豆類のみを使った本格インドカレーの 4 種類です。
パッケージには HAYABUSA、V-STROM、SWIFT、Jimny といったスズキの車両イラストが描かれています。4 つ並べると側面に 1 枚の絵が完成する遊び心のあるデザインです。
発売からわずか 2 日で 5000 個が売れ、株主総会で社長自らが言及するほどの話題になったほどです。
では、そもそもなぜ自動車メーカーのスズキがカレーなのか。その背景には、スズキならではの理由がありました。
スズキの売上の約 74% は海外が占め、特にインド市場は最重要拠点です。
日本で働くインド出身従業員のために、スズキは本場の味を社員食堂で提供する取り組みを進めていました。しかし当初は日本人向けの味付けで満足度は低いという状況でした。
そこでスズキは、地元浜松市でレストランやブライダル事業を展開している 「鳥善」 と協力し、4 か月の試行錯誤を経て本格的なインドのカレーの味を実現。インド出身従業員が 「これぞ故郷の味」 と太鼓判を押すレベルまで到達しました。
社内食堂のこのカレーをレトルトにして商品にしたのが 「スズキ食堂」 なのです。
* * *
では、スズキのレトルトカレーの商品化の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
奇抜に見えて、実は戦略的だった商品開発
スズキのインドベジタリアンレトルトカレーは、一見すると奇をてらったような商品開発に見えます。しかし、実際は戦略設計がありました。
従業員体験 (EX) を起点に育まれた事業能力
レトルトカレーの商品化は唐突に決まったのではありません。
まずスズキの社内で価値を持続提供できる状態をつくりました。
外国人従業員の満足度向上を真剣に捉え、スズキの社員食堂での改善は、本場の味の再現性と大量提供を可能にする調理運用を磨く期間でもありました。
味の信頼性、生産移管のしやすさ、品質安定というレトルト化の前提条件が社内に蓄積されていたのです。また、インドカレーの本格再現、調理プロセスの仕組み化、品質維持というフード事業に必要な運用能力が副次的に醸成されました。
福利厚生の域を超え、商品化・量産化に転用可能な事業能力の形成です。社内の従業員体験 (EX (Employ Experimence) ) を磨くことが、そのまま事業価値に変換される土台ができていたわけです。
「ふたつの故郷」 を結ぶ志と理念がプロダクトの芯をつくる
スズキにとって浜松は 1909 年以来の創業の地です。そしてインドは最大級の重要市場、いわば第二の故郷です。
ふたつの故郷を結ぶという志が、本場の味を尊重するレシピづくり、インド文化の色や文脈を大切にする姿勢、地元企業との協業による地域貢献といった意思決定に根ざしていったことでしょう。
理念が仕様に落ち、仕様が体験に昇華する。ここにストーリーの整合性と、生活者に伝わる熱量が生まれます。
ただ単にビジネス上の重要市場というだけでなく、インドの食文化を大切にし、日本に紹介したいという思いが商品化の原動力となったわけです。
社長の鈴木俊宏氏が株主総会でレトルトカレー 「スズキ食堂」 について言及したことも、この商品に対する会社としての本気度を物語ります。地元の 「インドはままつフェスティバル」 への協賛や、浜松市の 「街食堂」 プロジェクトへの参画も、この志の表れです。
志 × 事業能力 × 顧客価値
これら全ての要素が響き合っています。
良い話で終わらず、実際にスズキ食堂のインドレトルトカレーが売れたのは、「志」 「事業能力」 「顧客価値」 の三つが、互いに共鳴するような関係にあったからにほかなりません。
- 志: ふたつの故郷をつなぎたい、という文化への敬意と紹介の意志
- 事業能力: 社員食堂で磨き上げた、本場の味を安定供給できる実現力
- 顧客価値: 本格的なのに手軽で、4 箱で一枚の絵が完成する見て楽しいパッケージ。そして、ブランドの物語が味に深みを与える体験
志と理念、事業能力、顧客価値。この三位一体がヒットを生んだのです。
志を高く、視野を広く、目線は低く
スズキの事例は、ビジネスや仕事において大切にしたいと私が思う姿勢として、「志を高く、視野を広く、目線は低く」 を体現しています。
[志を高く] ふたつの故郷を結ぶ物語を掲げる
まず 「志を高く」 。
スズキのインドベジタリアンレトルトカレー商品化の起点は、「売れるからやる」 ではありませんでした。文化を正しく伝え、敬意を払う、という高い志から始まっています。
スズキは単に自社の利益だけを考えるのではなく、インドと日本の文化交流や、多文化共生社会への貢献を目指しています。浜松とインド、ふたつの故郷を持つ企業として、両国の橋渡しをするという崇高な理念が、このプロジェクトを支える原動力となりました。
スズキの志は、レシピの選定からパッケージデザインの細部に至るまで隅々にまで宿っています。
4 種類を並べるとパッケージ側面に 1 枚の絵ができる (出典: KURU KURA)
自分や自社のことだけを考えるのではなく、お客様や世の中のために何ができるかを問い続ける。この姿勢が話題作りではない、本質的な価値を生み出します。
[視野を広く] 自動車の外へ、食の領域へ - 異分野への越境
次に 「視野を広く」 です。
スズキは自動車メーカーでありながら、食という全く異なる事業領域に学び、地元パートナーと組むことで、社内にない専門性を補完しました。
スズキは売上の 7 割以上を海外が占めるグローバル企業です。
常に世界に目を向けていたからこそ、インドという国の重要性、そしてインドに根付く食文化の価値に着目できたことでしょう。日本国内の市場だけを見ていては、インドのベジタリアンカレーというアイデアにはたどり着きにくかったかもしれません。
グローバル視点のインドとローカル視点の浜松。この二重の視点によって、商品と物語の厚みが増しました。自動車メーカーという枠にとらわれず、食品という異分野に挑戦する。違う業界や他国のトレンドからヒントを得る。視野を広く持つことの重要性を示してくれます。
[目線を低く] 生活者・顧客・従業員の 「日常」 から始める
そして最後にくるのが 「目線を低く」 です。
スズキがレトルトカレーの出発点は経営会議室の難しい議論の場ではなく、社員食堂というスズキの従業員の人たちにとって身近な日常の一コマであったという事実が示唆に富みます。
そもそもの始まりは、スズキのインド出身従業員の 「故郷の味の料理を社員食堂で食べたい」 という声からでした。トップダウンの号令ではなく、共に働く仲間の満足度を上げたいという身近で地に足のついた課題認識です。スズキはこうした状況を真摯に受け止め、本場の味を再現するという課題に真正面から取り組みました。
スズキが協力を依頼した鳥善のスタッフが、スズキ社内のインド出身従業員を何度も訪ね、「これぞ故郷の味」 という太鼓判をもらうまで改良を重ねたエピソードも、現場の声や顧客の立場を大切にする 「目線の低さ」 を示しています。
常にお客様や生活者の立場に立ち、現場の声に耳を傾け、共感する。たとえどんなに高い志や広い視野があっても、この低い目線がなければ、人の心に響く商品は生まれません。ここに目線を低くすることの真価があるのです。
マーケティングへの示唆
スズキの今回の事例は、私たちマーケターにさらにふたつの重要な教訓を与えてくれます。
「Why から始める」 の実践
ビジネスの世界でよく言われる 「Why から始めよ」 という言葉。ただし、目的や志、存在意義となる Why をいかにして見出し、事業として実現させるか。その具体的な実践方法に、少なくない企業が頭を悩ませています。
スズキの今回の事例は、この問いに対するひとつの答えを示します。
スズキのインドベジタリアンレトルトカレーの 「Why」 は、机上の空論から生まれたものではありませんでした。「共に働く仲間 (従業員) の役に立ちたい」 「愛するふたつめの故郷を尊重したい」 という、人間的な内発的動機です。
純粋な想いが、社員食堂の改善という具体的な行動 (How) を生み、結果として本格的なカレーという、人の心を動かす商品 (What) へと結実しました。
パーパスなどの存在意義は、綺麗なスローガンを掲げることではありません。目の前の誰かのための具体的な行動から始まるのだと、スズキの事例は教えてくれます。理想論でなく実践論として学ぶことができる生きた教科書です。
「時間軸」 を味方につける、重層的なブランドストーリー
そしてもうひとつ、スズキの事例が教えてくれるのは、強いブランドストーリーが持つべき 「時間の重層性」 です。
優れたブランドは、過去・現在・未来という時間軸を味方につけています。今回の場合は、
- 過去 (Past) : 浜松での創業から続く歴史の重みと、インド市場との長年にわたる関係性の積み重ね。物語の揺るぎない土台となった
- 現在 (Present) : 目の前の従業員の課題に真摯に向き合う今の行動。ブランドへの信頼やリアルさを生み出す
- 未来 (Future) : 浜松とインドのふたつの故郷を結ぶという、未来に向けた志。人を惹きつけるブランドの求心力となる
これら過去・現在・未来のストーリーが一本の線としてつながったとき、ブランドは、他者が簡単には模倣できない正当性と奥行きを持つ存在になります。
自社のブランド資産をこの時間軸で棚卸しし、ひとつの物語として紡ぎ直してみるという視点は、示唆を与えてくれます。
まとめ
今回は、スズキのインドベジタリアンレトルトカレー 「スズキ食堂」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントのまとめです。
- 「高い志 (Why) 」 が人を動かす。事業を推進する原動力は利益追求だけでなく、社会や文化への貢献といった高い志
- 業界の枠を超える 「広い視野」 を持つ。自社の常識や業界の垣根を越え、異分野から学ぶ広い視野が新たな挑戦を呼び込む
- 起点は身近な日常にある。新しい価値は、顧客や従業員の日常にある課題や満たされない想いに 「目線を低く」 して向き合うことから生まれる。現場のリアルな声がビジネスの起点になる
- 内なる想いを価値へと昇華させる。誰かの役に立ちたいという純粋な想い (Why) を、具体的な行動 (How) によって事業能力へと転換し、最終的にお客さんを魅了する価値 (What) へと結実させる

