#マーケティング #定番商品と新商品 #両利きの経営

売上の大部分を支える 「定番商品」 。定番商品が強すぎるがゆえに、新しい挑戦が後回しになっていないでしょうか?

今回は、創業から 300 年続く老舗日本酒メーカー 「大関」 の事例を取り上げます。

大関の日本酒 「ワンカップ大関」 をケーススタディにして、定番商品を育てながら同時に新商品を生み出す秘訣を、「両利きの経営」 という切り口で紐解きます。

ワンカップ大関

出典: 大関

ワンカップ大関は、1964 年 10 月 10 日、東京オリンピックの開会式という記念すべき日に発売されました。

それまでの日本酒といえば、家やお店で一升瓶から徳利 (とっくり) に移して飲むのが当たり前でした。

そんな時代に、キャップを開ければいつでもどこでも直接飲めるというワンカップ大関は画期的でした。青地に白抜きで 「ONE CUP」 と記されたモダンなデザインも、従来の日本酒のイメージを覆すものでした。

ただ、当初はなかなか売れませんでしたが、駅の売店 「キヨスク」 での販売をきっかけに、旅行や出張のお供として人気が爆発。1993 年には年間約 1 億 3,000 万本を売り上げるメガヒット商品へと成長します。

しかし、その栄光の裏で、時代は変わり始めていました。

人々のライフスタイルは多様化し、チューハイやハイボールなど選択肢が増え、若者のお酒離れも進む中、1993 年をピークにワンカップ大関の売上は減少傾向を見せました。

大関は会社の売上の多くを占めていたワンカップ大関という柱が揺らぎ始めたことで、大関は大きな岐路に立たされました。300 年以上の歴史を持つ大関にとって、ワンカップ大関という絶対的な定番商品は大きな成功であると同時に、未来を脅かすほどの課題にもなっていたのです。

* * *

では、大関の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

大関の取り組みには、定番商品と新商品のふたつをどう全体で整合性をとり、それぞれに役割を持たせ、事業全体でビジネスを成長させていくかに示唆があります。

今回は 「両利きの経営」 という視点で、大関の事例から学べることを紐解いていきます。

両利きの経営

両利きの経営は、経営学のイノベーション理論のひとつです。

深化と探索

両利きの経営では 「深化」 と 「探索」 の両方をやっていき、あたかも右手と左手の両方の手をうまく使うように経営をするアプローチです。

深化とは、既存事業の改善と効率化を進め、既存顧客に対して安定した価値を提供する活動です。

探索は、新たな事業領域に挑戦し、試行錯誤を重ねる活動です。環境の変化に適応し、未来の成長の柱を築くための活動です。

一般的には、深化 (既存の強化) と探索 (新規の開発) では前者の深化に偏りがちになります。今までやってきたことの延長なので続けやすいからです。一方、新しい取り組みである探索は、うまくいくかわからず、成果が出にくいので、どうしても後回しになります。

しかし、企業は深化だけでは生き残っていけません。外部環境の変化に適応し変わっていくためには、深化だけではなく探索が大事なのです。

両利きの経営は、深化と探索のどちらか一方だけでなく、あえて二兎を追う経営です。

大関に当てはめる両利きの経営

両利きの経営を、大関の取り組みに当てはめてみましょう。

[深化] 定番商品の磨き込み

大関は 「深化」 として、60 年の歴史を持つワンカップ大関という定番商品を今なお磨き続けています。

品質の維持はもちろん、時代に合わせた改良も怠りません。

具体的には、大関の創業から 300 年の歴史で培った醸造技術で 「いつでもどこでも同じ美味しい味」 を守り抜く品質管理です。生産や物流のプロセスを効率化して収益性を高めることにも注力しています。

また、ラベル裏面のデザインに新進気鋭のイラストレーターを起用したり、競馬ブームに乗った競走馬ラベルやインフルエンサーとのコラボなど、長年のファンを飽きさせないための新しい試みも、この深化に含まれます。

これらは既存の商品価値を高め、既存顧客との関係を深める深化の取り組みです。ワンカップ大関は今も会社の売上を支える重要な柱として、役割を果たし続けているのです。

[探索] 未来を創る新商品

同時に大関は、従来の日本酒の枠を超えたユニークな商品開発にも積極的に取り組んでいます。

出典: 大関

例えば、マイナス 15 度で冷やすと日本酒の液体がシャーベット状になる 「凍らせ冷酒」 です。アルコール度数は日本酒に比べて低めに抑え、冷たいシャーベットをデザート感覚で楽しめます。

出典: 大関

他には、「Frozzee (フロージー) 」 シリーズは、日本酒ベースのフローズンカクテルです。ファジーネーブルやピニャ・コラーダといった若者に人気のフレーバーを、アルコール度数 5% という飲みやすさで提供しています。

出典: 大関

ユニークな名前の 「#J (ハッシュタグジェイ) 有機米使用純米酒」 は、業界初の有機 JAS 認証を取得し、SDGs への取り組みを商品化したお酒です。ハッシュタグを名前に入れるという SNS 世代を意識した商品です。

出典: 大関

女性向けを意識した 「花泡香 (はなあわか)」 は、アルコール度数 7% のスパークリング日本酒です。シュワシュワとした泡立ちと甘酸っぱい味わいで、日本酒に馴染みのない人や女性層を捉えます。

これらは新しい顧客層を開拓し、日本酒の新しい価値を創造する探索の取り組みです。

両利きの経営を成功させるポイント

では、両利きの経営を実践するためには、どうすればいいのでしょうか?

両利きの経営を成功させるポイントは次の 5 つです。

  1. 深化と探索に明確な目的と戦略がある
  2. 経営層からの特に探索事業 (新規) への理解と支援がある
  3. 探索には既存事業の資産を活かす
  4. 深化と探索で緩やかな連携を図る
  5. 共通のアイデンティティを持たせる (ビジョンや価値基準などの企業文化) 

では、この 5 つのポイントを大関の事例に当てはめながら、成功の秘訣を紐解いていきましょう。

深化と探索に明確な目的と戦略がある

成功の第一歩は、ふたつの活動の役割分担をはっきりさせることです。

深化においては、ワンカップ大関を 「金のなる木 (キャッシュカウ) 」 と位置づけ、安定的な収益確保と既存顧客の満足度向上を目指しています。生産効率の向上、品質の維持、限定デザインによるブランドロイヤリティの強化など、既存事業を磨き上げる活動を継続的に行っています。

一方、探索 (新商品開発) の目的は 「新たな顧客層の獲得と未来の収益の柱の創造」 です。

アルコール度数を 7 ~ 10% 程度に抑えた入門商品の開発、デザート感覚やアウトドアシーンなど新しい飲用機会の創出、SDGs 対応による社会的価値の提供など、従来の日本酒の概念を超えた挑戦を続けています。

経営層からの特に探索事業 (新規) への理解と支援がある

探索活動は短期的な成果が出にくく、失敗がつきものです。

大関では、長部訓子 (おさべ くにこ) 社長のリーダーシップのもと、ESG・SDGs への取り組みを経営戦略の中核に位置づけ、新商品開発に積極的な投資を行っています。

たとえ新商品が計画通りに売れなくても、そこから得られた学びを正当に評価するという経営層の理解と支援は、挑戦的な商品開発を可能にします。

探索事業は 「短期的な利益ではなく、未来への投資」 であるという明確なメッセージが組織全体に浸透することを目指しています。

探索には既存事業の資産を活かす

両利きの経営での 「探索」 はゼロから始める必要はありません。むしろ、既存事業が持つ資産を最大限に活用することによって、成功の確率をぐっと高めることができます。

大関の探索活動の特徴は、300 年以上の歴史で培った資産を最大限に活用していることです。

技術面では、例えば、リンゴのようなフルーティーな香りを生み出す大関独自の 「白銀酵母」 は、フルーティーな新商品の開発に活かすことができます。

ブランド面では、「あの大関が出した新しいお酒」 という信頼性が、消費者が新商品を手に取るきっかけになっています。大関が長年かけて築き上げた信頼は、新商品が市場に出る際の大きなアドバンテージです。

全国のスーパーやコンビニとの強固な販売網も、新商品を迅速に市場投入する上での大きな武器となります。有機 JAS 認証取得のノウハウも、他の商品開発に横展開できる貴重な資産です。

深化と探索で緩やかな連携を図る

大関が 2023 年に復活させた 「商品企画委員会」 は、深化と探索の緩やかな連携を実現する象徴的な仕組みです (参考情報) 。

商品企画委員会では部署横断で新しい価値を探る場をつくり、探索的な活動を既存事業に橋渡しをする役割を果たします。

各部門から営業、製造、研究といった多様なメンバーが集まり、ゼロベースで議論を重ねることで、日常の現場感覚や消費者目線と、技術知見を融合させる場です。

こうした商品企画委員会では、今までにはない新しい商品が生まれやすい土壌ができます。

例えば、「日本酒のラーメンのスープ割り」 のような日本酒にラーメンのスープを混ぜて飲むという全く新しい飲み方のアイデアにも、大関は積極的に取り組んでいます。

深化と探索を完全に切り離すのではなく、商品企画委員会という緩やかな接点を設けることにより、既存資産を活かしながら新しい市場機会をつかむことを狙ってのことです。

共通のアイデンティティを持たせる

深化と探索を分けても、会社がバラバラになってはいけません。

そこで重要になるのが、両方のチームが共有できる上位の目的、つまり会社のビジョンです。

大関には 「楽しい暮らしの大関」 という企業理念と、「魁 (さきがけ) の精神」 という DNA があります。こうした共通のアイデンティティがあるからこそ、深化の取り組みも探索の活動も、同じ山を異なるルートから登る仲間として一体感を持てるわけです。

アプローチは違えど、目指す頂は同じ。大関の全体に一本の軸となって通るアイデンティティが、組織の一体感を保ち、両利きの経営を成功へと導きます。

まとめ

今回は、老舗日本酒メーカーの大関の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にまとめとして、両利きの経営を実践するためのポイントです。

  1. 深化と探索に明確な目的と戦略がある
  2. 経営層からの特に探索事業 (新規) への理解と支援がある
  3. 探索には既存事業の資産を活かす
  4. 深化と探索で緩やかな連携を図る
  5. 共通のアイデンティティを持たせる (ビジョンや価値基準などの企業文化)