#マーケティング #新規顧客 #顧客文脈
世界ではゲーミング PC のシェアトップを誇るレノボですが、日本のゲーミング PC 市場で苦戦していました。
レノボはどのようにして、日本での新規顧客の獲得に舵を切ったのでしょうか?
この事例は、既存の優良顧客を大切にしながらも市場の裾野を広げる戦略として、マーケティングにも学びのある話です。
ゲーミング PC 市場
かつて、ゲーミング PC は一部の愛好家だけのものでした。しかし、市場の成熟とともに、その常識は静かに、しかし確実に変わり始めています。
ヘビーユーザー偏重の限界
ゲーミング PC 市場は長らく、スペック比較やカスタマイズ性を重視するコアゲーマーによって支えられてきました。彼らは製品への理解が深く、高い単価で購入してくれる理想的な顧客です。
しかし、ヘビーユーザーだけに注力する戦略には構造的な限界があります。
第一に、市場規模の天井が見えています。コアゲーマーの人数の母数は限られており、競合とのパイの奪い合いになりがちです。劇的な市場拡大は望めません。
第二に、どれほどロイヤルティの高い顧客でも必ず一定数の離反が起きます。加齢やライフスタイルの変化により、ゲームから引退する人は出てきます。流出ゼロはあり得ないのです。
だからこそ、ビジネスを継続させるには常に新規のユーザーへの新しい入口を作り続ける必要があります。新規顧客の継続的な獲得は必須なのです。
市場に起きていた静かな変化
レノボが勝機を見出したのは、既存の競争環境の外側で起きていたパソコンゲームのユーザー行動の変化でした。
大きくはふたつです。
ひとつめは、スマホゲームから PC への移行が加速していました。「原神」 や 「崩壊:スターレイル」 といったマルチプラットフォームタイトルのゲームのヒットにより、より良い体験を求めて PC へ入ってくる若年層が増えていました。彼らは PC に精通した玄人ではありません。
もうひとつは、ゲームへの向き合い方の変化です。対戦ゲームで勝つことよりも世界観に没入することを重視するプレイヤーが増加しました。「ELDEN RING」 のようなひとりでのソロプレイのゲームタイトルが人気を集めるようになったのです。
数字も変化を裏付けていました。日本の PC ゲーマー人口は 10 年で 1445 万人へ拡大し、31.4% 増えました。増加分の多くは従来のコアゲーマーではなく、ライト層が占めていました。
レノボが気づいたのは、市場拡大の源泉は、ヘビーユーザーの深堀りよりも、こうした新しい層の取り込みが大事であるということです。
レノボの打ち手
市場の地殻変動を捉えたレノボは、3 つの大胆な転換を実行しました。
顧客カテゴリーを再定義し、注力顧客層を変更
ひとつめの転換は注力顧客のシフトです。
もともとレノボは世界的にゲーマーを 4 つのカテゴリーに分類していました (参考情報) 。
- High Rollers: 高額な投資を惜しまないハイエンド志向
- Competitive: 対戦型ゲームが好きで、対戦やスコアを重視
- Immersed: 長時間プレーし、ゲームの世界観や没入体験を求める
- Aspirational: ゲーマーへの憧れを持ち、これから入ってくる層
今後伸びるのは Immersed と Aspirational の 2 つの層だと見出し、この判断に基づき、レノボは経営資源の配分を変えました。
ここで重要なのは、既存顧客であった High Rollers や Competitive のユーザーを切り捨てたわけではないという点です。ヘビーユーザーは依然として大切な顧客であり、手厚くケアし続けます。
ただし成長の源泉を新規顧客に求め、そこに適切な投資を振り向けたのです。
ブランド構造の整理
レノボが次に手をつけたのは、ブランド構造の整理でした。
従来、ライト層向けには汎用ブランドであった 「IdeaPad Gaming」 を展開していました。しかし実は、これが逆効果でした。一般の PC にも使われるブランド名の 「IdeaPad」 では、初心者にとってゲーミング PC というイメージにつながらなかったわけです。
2023 年 3 月、レノボは 「Lenovo LOQ (ロック) 」 という新ブランドを立ち上げました。
出典: Lenovo
もともとレノボにあったゲーミング PC ブランドの 「Lenovo Legion (レギオン) 」 と 「Lenovo LOQ」 で、ポジショニングを分けた形です。
Legion はゲームユーザーやクリエイターといったハイエンド市場を狙ったブランドで、LOQ は新たに追加されたエントリークラスユーザー向けのブランドです。
重要なのは、LOQ を上位ブランド Legion の廉価版として見せなかったことです。上位ブランド Legion で既存のゲームコア層を維持しつつ、新ブランドの LOQ で成長余地の大きい新規層を取り込むという戦略です。
スペックではなく安心を売る価値転換
ライトユーザーにとって、CPU の型番やクロック数などの情報は購入の決め手になりません。彼らの最大の関心事は 「失敗したくない」 「安心して遊びたい」 という消費者心理です。
レノボは、この心理に徹底的に応えました。
例えば、24 時間 365 日のゲーミング専用サポートを日本独自で導入しました。
家庭用ゲーム機に慣れた日本のユーザーにとって、PC のトラブルには恐怖の気持ちが伴います。海外のレノボ本社からは 「なぜそこまで投資するのか」 と疑問視されましたが、日本の文化的背景を繰り返し説明し、サポートの必要性を本社に伝えました。ライトユーザーへの安心という付加価値が大事であることを訴えたのです。
また機能面でも強化し、最新の Legion や LOQ には 「Lenovo AI Engine+」 という独自の AI チップを搭載しているモデルがあります。AI による設定の最適化機能です。
初心者が迷ってしまうパフォーマンス設定を AI が自動で最適化する機能です。これも 「使いこなせるか不安」 という新規のライトユーザーの心理的なハードルを下げる施策です。
さらに、インフルエンサーやゲーム実況をするライブストリーマーを活用したコミュニティ施策にも日本のレノボは注力しました。
ライト層はスペック比較表ではなく 「好きな配信者が使っている」 「友達と一緒に遊びたい」 という動機で動きます。製品体験会や SNS での交流を通じて、機能ではなく仲間とのつながりを訴求しました。
マーケティングへの学び
レノボの事例は、ヘビーユーザーの偏重に陥らず、常に新規のユーザーを獲得するための示唆を与えてくれます。
ヘビーユーザーばかりでは先細り
今回の事例が示す第一の教訓は、ヘビーユーザーだけに依存する危険性です。
既存の優良顧客は確かに大切です。しかし、彼らの声だけを聞き、彼らの要望にだけ応えていると、自社製品やサービスの顧客基盤の裾野は徐々に狭まっていきます。ハイスペック化やさらなるカスタマイズ性の追求は、コアユーザー層には喜ばれますが、新規ユーザーにとっては買ったり使おうと思うハードルを上げてしまうのです。
どれだけロイヤルな顧客でも、必ず一定数の離反は起こります。ロイヤル顧客の自然減を前提としたとき、新規顧客の継続的な獲得は、ビジネスを持続させるための必須条件です。
市場を観察し 「変化する文脈」 を捉える
レノボの事例で注目したいのは、ゲーミング PC 市場の変化を敏感に捉えたことにあります。
スマホゲームからの流入、ソロプレイの増加、初心者層の拡大。これらの変化は既存の競争軸であるスペック競争の外側で起きていたことです。従来のヘビーユーザーの動向や声を聞いているだけでは、この変化には気づけなかったことでしょう。
まだ顧客になっていない未顧客層の行動や文脈の変化にこそ、次の成長機会が潜んでいます。市場を観察し、変化する文脈を捉えることが新しい価値創造の起点となるのです。
新規顧客の不安や躊躇を取り除く
往々にして、初心者が購入を躊躇する理由は、製品の性能が不足しているからではありません。「分からない」 「失敗したくない」 「難しそう」 という心理的な不安が大きな障壁なのです。
レノボは LOQ というブランドの新設、本社からの疑問視を説得しての 24 時間 365 日のサポート体制、コミュニティを通じた共感の醸成に注力しました。これらはすべて初心者の心理的なハードルを下げるための施策です。
この製品を 「買っても大丈夫」 と思える環境を整えること。これが新規顧客の獲得では重要です。
ブランドは 「モノ」 だけでなく、「信頼」 であり 「体験の総合パッケージ」
レノボの戦略が示すのは、マーケティングの本質への回帰です。
すなわち、いかに自社製品・サービスがお客さんから選んでもらえるかという、「選ばれる理由」 をつくることの重要性です。
製品単体で勝負するのではなく、サポート、コミュニティまでを含めたエコシステム全体を提供する。これにより、レノボはスペック競争から脱却し、独自の選ばれる理由を構築しました。
ブランドとは、製品そのものだけではありません。ブランドは信頼と約束の証であり、安心であり、顧客体験の総合パッケージなのです。
マーケティングとは、お客さんが選ぶ理由をつくる全般的な活動です。
レノボは、変化する顧客文脈を捉え、新しい顧客層が抱える不安や躊躇を徹底的に取り除き、選びたくなる理由をつくり上げました。
大切な既存顧客を維持しながら、新しい顧客を継続的に獲得するというバランスが、持続的な成長のカギを握ります。
まとめ
今回は、レノボのゲーミング PC の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- どんなにロイヤルな顧客層でも自然減は避けられないという現実がある。ヘビーユーザー偏重は市場のタコツボ化を招くため、常に新規顧客獲得の入り口を確保する必要がある
- 市場の変化の兆しは、既存の競争軸の外側や、まだ顧客になっていない層の行動変容 (文脈) に現れる。既存顧客の声だけでなく、まだ顧客になっていない未顧客層の行動変化や文脈の変化を観察し、そこに次の成長機会を見出す
- そこで、顧客カテゴリーを再定義し、成長領域を見極めてリソースを配分することが事業成長のドライバーとなる
- 新規顧客の参入障壁は製品スペックよりも心理的な購入や使用への不安であることを理解し、ブランド構造やサポート体制などの安心感を提供する
- ブランドを単なる製品名やモノだけではなく、信頼と安心の証であり、サポートやコミュニティを含めた 「顧客体験の総合パッケージ」 として設計する
