#マーケティング #顧客インサイト #価値提供

謎を解かないと買えない T シャツ。買うための 9000 円のチケットが数時間で完売し、客単価は 2 万 5000 円。

ビジネスモデルの裏には、99% の人が気づかない深い顧客理解と価値提案がありました。

謎解き Tシャツ

出典: デイリーポータル Z

隠された謎を解かないと、その服を買うことすらできない。そんな挑戦的なアパレルブランドが 「TOKIQIL (トキキル) 」 です。

T シャツに出題される謎

TOKOQIL の謎解き T シャツの仕組みはこうです。

T シャツやパーカーのデザインに謎を隠し、制限時間の 1 時間以内に謎を解いた人だけが購入できる。たとえ気に入ったデザインがあっても、謎を解けなければ購入できません。

例えば、以下の T シャツのロゴには、ある謎が隠されています。謎を解きたい方はここで止め、少し考えてみてください。

中央のロゴマークに謎が隠されている (出典: 日経クロストレンド

この T シャツに隠された謎の答えは、「heart」 です。

ロゴをよく見ると、縦に 5 分割される球体の周りを矢印が反時計まわりで 1 周していることが分かります。この球体が地球を表していることに気が付き、5 分割できる表記を考えると、英単語の 「earth」 が頭に浮かびます。

さらに矢印は一番右端の 5 番目からスタートし、左から 4 番目の位置で止まっています。つまり、earth を右端の h から順に並び替えると 「heart」 になるというわけです。

TOKIQIL の謎解き T シャツの難易度は、衣服のサイズ表記に見立て、難度が簡単なものから順にそれぞれ S, M, L, XL と分かれます。ちなみに、先ほどの 「heart」 の謎は、もっとも簡単な S レベルだそうです。

客単価は 2 万 5000 円

TOKIQIL に常設店はなく、東京都の渋谷区や世田谷区などでポップアップストアを期間限定のイベントのように展開しています。

チケット代は 9000 円で、うち 1000 円が入場料、残り 8000 円を衣服の購入に充てることができます。例えば 1 万円の謎解き T シャツを買いたければ、2000 円を追加し 1 万円に、謎を時間内に解けば手に入るというわけです。参加者 1 人当たり平均で 2.5 枚を購入するようで、客単価は 2 万 5000 円前後になるとのことです。

アパレルの常識からすると、奇抜なビジネスに見えるかもしれません。しかし、9000 円のチケットが即完売し、客単価が 2 万 5000 円を超えるという数字を成り立たせる、深くて切実な理由がありました。

その成功の背景には、99% の人が見落としていた顧客インサイトの発見と、それに対する鮮やかな価値提案があったのです。

誰も気づいていなかった顧客インサイト

TOKIQIL の謎解き T シャツについて、多くの人は 「謎解きイベントやクイズ的なものが楽しいから人気なのだろう」 と考えるかもしれません。

しかし、TOKIQIL が深く理解していた真の顧客心理は、全く別の軸にありました。

謎を解くより、誰かに語りたいという欲求

謎解きが好きな人たちの心理において、謎解きの体験を共有したい欲求は強いことでしょう。

しかし、従来の謎解きイベントには鉄の掟がありました。それは 「ネタバレ禁止」 というルールです。

商業施設やイベント会場での謎解きは、これから体験する人のために答えやプロセスを明かすことが固く禁じられています。SNS で興奮を語ることもできず、仲間に話そうにも 「まだやってないから聞きたくない」 と言われてしまう。「語れない縛り」 が常に存在していたのです。

TOKIQIL 代表の長島くるみ氏は、かつて自身も謎解きサークルに所属し、この気持ちを肌で感じていました。「謎を解いている時間は楽しい。でも、その体験を誰かに話そうとすると壮大なネタバレになるため話しにくい」 。

ネタバレのルールを守らない人も一定数いましたが、大半は受け入れつつ、心の中にモヤモヤを抱えた状態でした。謎解きファンには長年、体験共有の欠乏感が蓄積していたわけです。

楽しかった体験ほど、誰かに伝えたくなるもの。でもそれができない。この矛盾こそが、謎解きファンが抱える本質的な課題でした。

謎解き好きであることを可視化する手段がない

もう 1 つの隠れたインサイトが、「仲間を見つけるための記号」 の不在でした。

例えばアニメやアイドルの推し活であれば、バッグに缶バッジを付けたり、特定の色の服を着たりすることで、言葉を交わさずとも 「私はファンです」 と表明できます。それによって、同じ趣味を持つ仲間と自然につながれます。

しかし、謎解きにはそうした目印となる象徴的な 「記号」 が存在しませんでした。

その結果、仲間がどこにいるのか分からず、日常生活の中で孤独を感じやすくなります。また、謎解きという趣味を唐突に切り出すと 「変に思われるかもしれない」 という不安や恐れの気持ちもあり、自分の趣味を自然な形で伝えられないというストレスを抱えていました。

マニアック度が高く、つながりが生まれにくい孤独

謎解きは、アニメほどファンや関与人口の母数が大きくなく、推し活グッズほど一般に普及していません。必然的にファン同士の共通言語を持つ機会が限られます。

謎解きのことを 「好き」 と気軽に言い出しづらく、結果として趣味の世界で孤立しやすい状況にあります。「謎解きファンであることを友人に言い出せなかった」 「そもそも所持したいと思うようなグッズがあまり無かった」 。そんな声にならない孤独を、謎解き好きの人たちは抱えていました。

まとめると、TOKIQIL が知っていた 「99% が知らない顧客の真実」 は 3 つでした。

  • 謎解きファンは、謎を解くことに加え 「語る自由」 を求めていた
  • 趣味を自然に表明できる 「隠れコミュニティ記号」 を欲していた
  • 謎解きが好きなもの同士でつながりたいが、つながれない

周囲は謎解きを単なる遊びとしか見ていませんでしたが、TOKIQIL はここに 「語りたいが語れない」 「つながりたいがつながれない」 という深いペインポイント (痛み) 、未充足ニーズを発見していたのです。

顧客インサイトに対する価値提案

こうした顧客インサイトに対し、TOKIQIL はインサイトにグサッと刺さるような価値を提案しました。

語る自由

TOKIQIL は、謎解き界隈におけるネタバレのタブーをなくし、語ることを公式的に許可したブランドです。

購入した衣服を着て、友人や家族といったクローズドな関係内であれば、その謎について出題・解説することを認めています。オープンな SNS でも、謎そのものの解説は控えてほしい気持ちはあるものの、特別な制限はかけていません。

この 「語っていいよ」 という自由があることで、謎解きを日常に持ち帰れる。何度でも語れ、他者に出題できる。そして、思い出として積み重なるという、謎解き体験の延命価値が生まれました。

体験はその場で終わらない。むしろ、体験後こそが本当の楽しみの始まりです。

仲間が見つかる場

TOKIQIL は謎をデザインに埋め込んだ Tシャツによって、謎解きファンの孤独を解消するソーシャル機能を実現しました。

着ているだけで 「参加した仲間」 が分かり、自然な形でコミュニティが形成され、推し活グッズのように趣味を自分らしく表現ができます。このコミュニケーション価値が、謎解きファンの心に深く響いたことでしょう。

服がコミュニティの入口になるわけです。

体験が終わらない新しい謎解き体験

一般的に従来の謎解きイベントは、その場で完結し、終わったら消え、持ち帰れるモノとしての価値がないという側面がありました。

TOKIQIL は体験の中心に 「持ち帰れるプロダクト」 を置くことにより、謎解き体験がその後も残り、同じ TOKIQIL の服の人と話が弾み、SNS にあげる理由が生まれ、ギフトに贈ることもできるという体験の持続性を提供しました。

体験からモノへ、そしてコミュニティへという循環をつくったのです。限定イベントは終わっても、体験は終わらない。Tシャツを着るたびに、謎解きの興奮や余韻が残る仕組みです。

買うために解くという逆転の体験

通常のアパレルビジネスは、デザインが気に入り、値段が妥当だと思えばお客さんに買ってもらえるという仕組みです。それに対して TOKIQIL は、謎を解かなければ買えないという設計にしました。

この構造によって、解けた瞬間に服が 「自分で勝ち取った成果物」 になり、服への愛着が高まります。

服を買うために謎を解き明かし、アパレルを自己成長や自己効力の向上体験に変えるというのが TOKIQIL ならではの価値です。

短時間で没入できる体験

謎解きイベントに行く人には、その時間に没入感を求めているものです。

TOKIQIL は T シャツ 1 枚で即没入できる謎を用意し、その場で体験が始まり、コミュニケーションが生まれ、その場で感情がピークに達するという、短時間での高い密度での顧客体験を実現しました。

TOKIQIL の価値提案の本質

価値提案の全体を総括すると、TOKIQIL の価値提案は、「謎解きファンの未充足ニーズである "語りたい" "仲間が欲しい" という欲求を、服という日常のアイテムに統合して解放したこと」 にあります。

より端的に表現するなら、謎解きを 「語れる・残る・つながる体験」 に変えたブランドだと言えるでしょう。これは他のアパレルブランドが提供できていなかった 「体験のアフター価値」 をつくったことを意味します。

参加者 1 人当たり平均 2.5 枚を購入し、客単価が 2 万 5000 円前後にもなるという数字は、この価値提案が謎解き好きの人たちに刺さっている証拠です。特に 20 ~ 30 代のリピーターが続出している事実は、TOKIQIL が単なる一過性のネタ的なアイテムではなく、真の顧客価値をつくり出していることを示しています。

TOKIQIL の成功は、表面的なニーズではなく 「99% が気づかない顧客の真実」 である本当のインサイトを発見し、インサイトに対して的確な価値提案を行った好例です。

まとめ

今回は、TOKIQIL の 「謎解き T シャツ」 事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客インサイトは、表面的な事象や満足の裏側に隠れた不満や制約、心理的な葛藤の中にある。顧客の置かれた状況と未充足ニーズに着目することで、新しい価値提案の可能性が見えてくる
  • 業界や自社の 「当たり前」 や 「タブー」 が実は顧客のペインポイントを生じさせている原因となっているなら、あえて破ることで新しい価値をつくり出せる
  • 真の顧客理解は、顧客自身も言語化できていない欲求を発見すること。99% が気づかない顧客の真実に気づき、見出した顧客インサイトに刺さる価値提案が、お客さんから選ばれる状況をつくる